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尖んがりジプシーの航路  作者: 下市にまな
第四章 ニューエイジ襲来編
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決断

『それでね、ご主人が喜んでくれて・・・ああ~疲れた~』

  久しぶりに2人で外食に出ているが、優里は食事もそっちのけで楽しそうに教材販売営業の成果を話し続けた。

櫂も楽しそうな優里の表情を眺めながら、やはり嬉しい気持ちになっている。

優里が楽しければ自分も楽しい、悲しければ自分も悲しい・・・夫婦であれば当然の事であるが、自分はワールドアートの仕事を楽しく優里に話す事が出来るのだろうか?

優里が居た頃のワールドアートとは全く別物と化した現状は信じられないだろう・・・


『結果残せて良かったな・・・食べたら?』

 笑顔を浮かべつつも、食事が進まない優里を、櫂はそっと促した。

翌日にはワールド第4ビルに呼び出しを受けている・・・・河上からの電話連絡の様子では、今までに無い神妙な口調であった。


《いよいよ、チームを分かつ時期やな・・・村下チーム発足か?》

 櫂の脳裏に浮かび上がるのは、それ以外には無い

村下の補佐役期間はあまりに長く、櫂も村下チームの発足を望んでおり、この日の為にチームメンバーの育成に取り組んで来たのである。

《誰を引き抜いてくれてもいいぞ! 誰もが補佐役として機能するだけの力量がある!》

 櫂はチーム2分化に何の不安も持っていない・・・準備は万端であった。



『失礼します森田です・・・入ります』

 重厚な社長室ドアを押し広げて入室した櫂を迎え入れたのは、上機嫌な中山と真剣な表情の河上であった。

『森田、まあ座ってくれ!』 

 笑顔の中山からソファーに促されて櫂が着座すると同時に、河上が前屈みの姿勢で櫂の目を覗き込んだ。

河上がこの姿勢で発言する時は決まって重要事項を伝える時である

『櫂・・・重要な決断をして貰おうと思う・・・』

 勿体ぶった河上の口調に、ほら来たと心の中で苦笑する

『中山社長からの提案でな・・・儂も考えたんやが・・最後は納得した!』

『何でしょうか?』

 何時になく勿体ぶった時間が長い事に多少の違和感を感じる

『九州の井川部長を助けてやってくれんか?・・・いや、晋ちゃんだけやない・・・桝村も助けてやって欲しいんや・・』

 河上が放った言葉は余りにも意表を突く内容で、即座に理解し難い


更に河上は続けた

『儂はお前の成長を見てきた・・ホンマにしっかりしたもんや・・・今度はその力を最初の親である晋ちゃんに貸したってくれんか? 桝村も助けが必要な状況や・・・九州を助けてやって欲しいと頼めるのは、櫂・・・・お前しか居らんのや!・・・・』

 河上の目は真剣である・・・腹を割る時の無防備な真剣さである

『俺のチームはどうなるんです?』

 櫂も河上に礼を尽くして真剣さを増してゆく


『あいつも充分な力を蓄えたやろ~・・もうチャンスを与えてやらないとな~』

 櫂と河上の真剣さに水を差すかの如く上機嫌な中山が割って入る。

河上は中山に眉を顰めながらも櫂を見て続けた

『村下には今の森田チームをそのまま任せる・・・今のチームの力は崩す訳に行かんのや・・お前には九州の桝村と力を合わせて、新たな戦力育成に尽力して欲しいんや・・・出来るか?』

『一人で行けと・・・』

『決断は数日後で良い・・・真剣に悩んで答えを出してくれ』

 心苦しそうな表情で河上は締め括った。


『続く者にチャンスを与えてやるのも上司の務めやぞ・・・これは成長のチャンスや!』

中山はどうだと言わんばかりに最後の言葉を押し付けてきたが、櫂は既に見透かしている。

《意図的や・・・河上部長は上手く言い包めても・・・俺にはアンタのやらしさがプンプン匂ってくる・・》

櫂は頭を下げて退室する仕草の中で、直感的に中山の言葉をシャットアウトした。

気持ちは沈むのみであった・・・

血の繋がった翼と信じるメンバーを一気に引き千切られる事となり、今までの櫂の目的であった営業部隊構想は踏み躙られてしまったのだ。


【続く者にチャンスを与えてやるのも上司の務め・・】 シャットアウトした筈の中山の言葉が何故か脳裏に付き纏う・・・


『舐めやがって!』

 ワールド第4ビル正面玄関を出る櫂は、腹の底から言葉を吐き出したが、それは虚しくコンクリートの壁に響いてから必要以上の静寂を齎した。

正面玄関横の常設店舗跡はガランとした空間を強調するかの様に寂れて見える。

《何で一緒に闘ってくれんかったんや・・・》

 櫂は早足で外に飛び出した。


真っ直ぐ帰宅する事も出来ないまま櫂は歩き続けた。

優里もようやく教材販売営業に慣れてやり甲斐を見つけ始めたばかりである・・九州転勤に賛成する筈も無い。


《イライラするっ!》

 じっとりと汗ばんでいるが、何れ程歩き続けているのかも分からない・・・

目的もなく歩き続けたが、井川と桝村の顔が浮かんだかと思うと、即座に中山の吐き捨てた言葉が被さってくる。

どれだけこのループを繰り返しただろう?

櫂は足を止めて目に止まった公園のベンチに腰掛けた。

児童公園なのであろうが遊具は錆付いており、腰掛けるベンチの足元には酒の空き缶やタバコの吸殻が雑草の隙間に散乱している。


俺が行かなければどうなる?・・・村下はどうなるんや?

井川部長は何故・・・俺と林葉を残した? 

チャンスを掴めるステージを与えてくれてたのかも知れんな・・・

人吉さん、小倉ちゃんは俺や林葉に文句も言わずに耐え続けた・・

今の俺が有るのは桝村さんとの出会いが始まりや・・その桝村さんが助けを求めてる・・

チームは村下の元で存続する・・・信じてやれないのかアイツ達を?

井川部長・桝村次長と力を合わせれば、九州からの改革は可能じゃないのか?

俺が現状にしがみついているだけなのか?

待て!・・・・・優里の気持ちはどうなる?・・・俺の拠点は優里やろ・・・

どうする?・・・俺はどうしたら良いんや!

足元には大量の吸殻が増えていたが、最後の一本を踏み消すと櫂は立ち上がった。


《天職と信じて突き進んだ道や!・・・ どうしたら良いかより、俺がどうしたいんかって事やろ! 俺は筋を通し切って闘いたい! 世の中がワールドアートを淘汰するか・・・それとも俺の改革が早いか・・・いずれにせよ時間は残されてないわ・・》

 結論は決まっていたのだと自覚する・・・それでも櫂の足を重くするのは優里の存在であった。


《俺のわがままで重荷を背負わせてばかりや・・・背を向けたら一生悔いを引き摺ってしまう・・解って欲しい・・・俺の最終決戦は九州や!》

 走馬灯は止まっていた・・・馬鹿らしく稚拙な考え方である事は充分に理解している

上手く立ち回れない自分が嫌いでもある・・・だが!


《狡く生きたら後悔しか残らへん・・・優里に阿呆が嫌いと言われても・・・それがホンマの俺や!》


 決断は下された・・・


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