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尖んがりジプシーの航路  作者: 下市にまな
第四章 ニューエイジ襲来編
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崩落

 常設展開する心斎橋店・アプリオ店舗内・道玄坂店の3店舗の売上低迷はワールドアートの拡大計画において最大限に危惧すべき重大事項であったが、不思議な事に此処数ヶ月間の売上進捗で著しい成長を遂げているのが心斎橋店である。


心斎橋店の新店長に抜擢された棚橋チーム出身の藤原は、前店長の新滝から受け継いだメンバーをそのまま引き継いでの店舗運営であったが、見る見るうちに業績を急上昇させて存在感を増していた。

 又、東海地区のアプリオ常設店舗にも、同じく棚橋チーム出身の安口が店長に抜擢され、これも業績上昇の兆しを見せ始めているのである。

取り残された形となる東京道玄坂店の苦戦は相変わらずで、東京統括責任者の咲澤とその補佐役と言える長川は存在感を失くしてゆく事となり、同じく低迷を続ける九州責任者の井川同様に、会議の席ではお荷物扱い同様の辛辣な叱責を受ける事が状態化してしまっていた。


ワールドアートでは期間を定めてのコンテストと呼ばれる対抗戦があり、チーム表彰・個人表彰・エリア表彰と部門を分けての表彰式が行われるが、これにも心斎橋・アプリオのメンバーが多数ノミネートされる程の快進撃となっていたのである。


《このままでは次のコンテストは引っくり返されるぞ・・・》

 辛うじてチーム首位を勝ち取った森田チームであったが、最後の最後まで気の抜けない僅差での勝利であった。

営業マン個人の部では、市田・伊上・鎌谷が表彰台に登ったが、首位のポジションは心斎橋常設店舗のメンバーに奪われてしまっていたのだ。

《この状態が続けば、村下の鮮度が落ちてしまう・・・早く課長に昇格させてやらないと・・・》

 櫂は課長としての資質を充分に得た村下が、このまま低迷して存在感を無くしてしまう事を恐れていた。

どんなに力のある営業マンでも、一旦下り坂を転がり始めると、それを制止するのは容易な事では無い。

ましてや市田や伊上と比較すると村下には若干の心の揺らぎや、か細さが有るのも確かである。


『森田君、ちょっと時間ある?』

  表彰式会場の外で思案する櫂に声を掛けてきたのは林葉であった。

『なんや?・・えらい萎れた表情で・・』

いつもの颯爽としたイメージの林葉からは程遠い、消え入りそうな声量に櫂は疑問を感じた

『うん・・・・私、自分の居場所を見失いそうやわ・・・』

櫂の言葉を否定もせずに林葉は俯いたまま言葉を漏らす

『どういう意味や?』

櫂は問い返したが、林葉の心情は察っする事が出来る・・・

個人ではコンテストで負け知らずを誇った林葉が、自分のチームから誰一人の入賞者を出す事も叶わなかったのである。

おそらくプライドはズタズタに引き裂かれていると考えられる


『うん・・恥ずかしいけど・・・流石に私も自信を無くしてる・・・』

予想通りの林葉の言葉ではあるが、櫂の鼓動は速度を上げた

『おいおい、死んでも負けを認めんジャイ子には似合わんセリフやで・・』

  櫂は平静を装って明るく言うが、次の林葉の言葉を心の中で身構えて待つ。

『負けたとは思ってないよ・・・・どうせ常設店舗の数字は後で落ちるだけやし・・』

林葉が言う、後で落ちるの意味は櫂も理解出来ている、目に余る既存契約者への重ね売りで積み重ねた売上げは、当然ながら信販会社の与信枠で振り落とされる事も多く、この表彰式ではそんな事は考慮されてはいない・・あくまでも見てくれの数字だけを評価した、現実から逃避した評価であるのだから。


『それなら尚更の事や、真の営業を貫いて胸を張れば良えやないか!』

 お前なら俺の言っている言葉の意味が分かるやろ!・・・櫂は言葉にそんな感情を込めた。

『うん・・・』

『何や?』

 林葉の歯切れの悪さに又もや鼓動が早まる

『知らんの・・森田君?  外杉店長と立矢さん・・・ワールドアートを出るんやで・・それに・・・牧野課長も辞職願いを出したんやで・・・もう来月からは皆んな居らんようになる・・誰かに頼るのはおかしいけど・・・何で真摯な人から居なくなるんやろ?・・しんどいわ!』

 膿を吐き出すかの如く、矢継ぎ早に言葉を吐き出した林葉は目を真っ赤にしていた


 言葉が浮かばなかった・・・櫂も頼りにする事が多かった人ばかりである

頼りにすると言っても相談したり教えを請う訳では無い・・・ただ言葉を交わさなくても通ずる感覚を持つ者として心を支えられていると感じていた。

林葉にしてみれば、櫂よりももっと直接的に頼りにしていた人達であったに違いない


『しんどいけど・・・・・まだ、俺が居るやろ!・・・諦めたら本当の負けや!』

『・・・・そんな事・・知ってるわ』

 林葉の語気には気持ちを引き締め直した感覚が混ざっているが、それは吹けば飛んでしまいそうな程に弱々しい覚悟と感じられた。


世の中ではマスコミが挙って絵画商法を問題視して取り上げ始めており。

多重債務による自己破産を招く既存契約者も散見され始め、消費者保護が声高に叫ばれるようにもなっていた。

それは同業他社も含めて、ワールドアートが引き金となったであろう社会問題であった。

そんな時代の到来を受けて、先頭に立つべき人材が次々と抜け落ちてゆく状況は、どう考えても明るい未来には繋がらないのだ。

外杉と立矢は独立したギャラリーを運営する事となり、それでも一部、ワールドアートの商材確保には関わるという事らしいが、中山がどの様な采配を振るおうが二度と意見を対立させる事は無いであろう。

牧野は創設期の中核メンバーであるが、ひっそりと退職した後には、牧野を知るメンバーも少なくなり、その功績を語る者は一掴みの人間だけとなった。

それだけではない、心斎橋店の店長であった新滝も辞職、一時は有力視されていた越口も課長職を解かれて営業指導係なる宙に浮いた存在となってしまっている。

極めつけは救済処置を後回しにしていた九州である・・・小倉が辞職して九州を離れ、人吉もそれを追う様に辞職の道を選んだと言うではないか・・数名の課長職を排出しているとは言え、九州は瀕死の状態に追い込まれている状況である。

只、荒堀だけは顧客来場率を上げる為に新設されたアポイント部隊の責任者としての地位を確保していた。

これは営業責任者として大成出来ない荒堀救済措置として、中山が用意したポジションなのであろう。


《社員を使い捨てにして、どんな未来を創れるんや? 社員だけやない・・・大切な顧客まで使い捨て同様の扱いやないか!》



人は苦しい時に本性が現れるものである 

櫂は幼少期からそんな人間を沢山見てきた・・・

どんなに周囲から人格者として持ち上げられていた人間でも、窮地には本性を曝け出す・・

最後まで筋を通す人間もいれば、自分の人格者としての威厳を保つ為に外道に足を踏み出す人間もいる。


《俺は靡かんぞ! 阿呆で構わん!》

  櫂はそう決意を固めながらも、自分のチームメンバーの未来を危惧した。

自分の意地は自分で納得出来るが、チームメンバーは櫂の歩む道を一緒に納得して歩めるだろうか?


多くの人間の血と汗で歴史を積み重ねてきたワールドアートは、同業他社も見上げる程の城を築き上げたが、それを支える柱が少しずつ抜け落ち、まさしく張りぼて状態になろうとしている。

時間を掛けて築いた城でも、崩落が始まれば一瞬で世の中の藻屑となるであろう。



『さあ! 新時代の到来や!  日本のアート業界の頂点は近いぞ!』

 表彰式を締めくくる中山の問いかけに対して、入賞者達の大きな返答が表彰式会場を揺らしていた・・・


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