第三話 どうでしょうか。行方不明になる人ってけっこういるらしいです
「ふむ……やはり、魔素を繋げた先に飛んでおるようじゃな。見える範囲であれば可能かもしれぬが……」
「それでは世界を渡れまい。限られた家系に受け継がれる魔法やもしれん」
エルフの里で生活をはじめて、もう三ヶ月が経った。
剣と魔法のファンタジー世界らしいけど、安全で快適に暮らしてる。
日本に帰るために転移魔法の研究に協力して、元の世界の話を教えてこの世界の話を聞いて。
初日の『イビルプラント』以外はモンスターに遭遇することも見ることもない。
転移魔法はエリカや里長だけじゃなくて、いつの間にか多くのエルフが研究するようになっていた。
エルフが研究熱心なのか、もしくは長命種のエルフにとってはいい暇つぶしなのか。
わからないけど、研究が進むならありがたい。
ちなみに、エルフのみんなに言ってないことがある。
俺が転移魔法? とにかく、転移を発動させるには、でっかい感情が必要だってことだ。
この世界にやってきた時は、R18のサイトに初挑戦で興奮して。
エリカを助けた時は、何もできない自分に怒って。
そう気づいたら、短い距離の転移はできるようになった。
感情を昂ぶらせればいいからね、でもそれ言ったら「どうやって昂ぶらせているのか」って話になりそうで秘密にしてます!
いまは、初日にツタに捕らえられたエリカの姿を思い出して短距離転移した、なんてエリカの両親には絶対言えない。
「カイト殿の両親はどのような人なのだ? やはり転移魔法を使えるのだろうか?」
「母さんは普通ですし魔法が使えるなんて聞いたことないです。父親はわかりません。俺が生まれる前に行方不明になったらしくて」
「む? それはすまぬことを聞いた」
「いえ、もうなんとも思ってませんから」
「ひょっとして、カイト殿の父親は転移魔法の使い手だったのではないか? でなければ、カイト殿から聞いたような、情報網が張り巡らされた世界で行方不明など」
「……どうでしょうか。行方不明になる人ってけっこういるらしいです。自分から出て行ったならまず見つからないって」
「ふむ……」
父親のことはほとんど知らない。
子供の頃は母さんに何度か聞いたことがあるけど、中学に上がったあたりからその話をすることはなくなった。
母さんは「いつか帰ってくる」って期待を捨てられないみたいだけど、俺にとっては父親がいないことが普通になっていた。
カイトって名前がカタカナなのは、父親が残したメモにいろんな漢字が書きなぐってあって、どれに決めたかわからなかったかららしい。
さっきまで盛り上がってたエルフのみんながどこかぎこちない。
変に気を遣わなくていいんです、って言おうとして——
「た、たた、大変だーーー!!」
風魔法で、一人のエルフが言葉通り「飛んで」きた。
「どうした、そのように慌てて」
「このような時に転移魔法を使えれば便利であるな」
「なるほど! 離れた場所へ瞬時に情報を届けることが可能なのか!」
「落ち着けお主ら。まずは話を聞こうではないか」
「里の! 里の外に! 巨大魔妖花が!」
「なんじゃと!? それは真か!?」
「いかん、いかんぞ。よりによって巨大魔妖花とは。初動に失敗したら大変なことになりかねん」
報告を受けて、集まっていたエルフたちが騒ぎ出す。
どうやら近くにモンスターが現れたらしい。
「ラフレシア、ですか?」
「落ち人であるカイト殿は間違えても無理はないかの。ラブレシア、じゃ」
「はあ。……はあ? ラブ? は置いといて、その、まずい感じなんですか? 強くて里がピンチとか。だったら気持ちを作ってなんとか転移できないか試して」
「アレは強いというより、厄介なモンスターなのだ」
「うむ。魔法が効きづらいゆえ、囲んで少しずつ削っていくのじゃが……」
「巨大魔妖花の危険なところはの、いかなる種族の女性でも苗床にして爆発的に数を増やすのじゃ」
「しかも苗床の魔力量で強さが変わる。まかり間違って魔力の高いエルフが捕まれば……」
「里は壊滅。近隣諸国も滅ぶでしょうな」
里長をはじめとする長老たちが口々に言う。
まだ若いエルフは、それを聞いて顔色をいっそう青ざめさせた。
たぶん、俺も。
一人の女性エルフが、ここにいないのに気づいてるから。
「あの、すごく、嫌な予感がします」
「奇遇よのう、儂もじゃ」
「……エリカ! エリカはどこだ!!」
「いかん! 才は疑いようもないあの天然娘が捕まりでもしたら!」
「まずいまずいまずい、里一番の魔力量だぞ! 世界が滅びかねん!」
俺がここに来てから三ヶ月、ずっと落ち着いた感じだった里長や長老たちの慌てようがヒドい。
「それが、目視できる場所には転移できるようになったと、ふらふら里の外へ」
「もう転移魔法を習得するとは、あの子はやはり天才じゃったかっ!」
「落ち着いてください長老! いまそれどこじゃ!」
「どう考えても捕まってる。俺が帰るどころじゃなくなってきた。やばい。異世界がやばい」
混乱したまま、あるエルフは風魔法で飛び出し、あるエルフは地上を高速で駆けていく。
俺は焦る気持ちを体に押し込んで、遠くの樹の枝を見つめて——
「転移!」
ある程度コントロールできるようになった、転移魔法を発動した。
里の外まで、連続で。
「誰かー! みんなー! たすけ、助けてくださいー!」
たどり着いた先にあったのは、いつかと変わらない光景だった。
いや、モンスターのデカさが違う。
10メートルはありそうなツタの塊で、上には大輪の白い花が咲いている。
頭がクラクラするほどの甘い匂いが漂ってることも違う。
けど、エリカが植物系モンスターに捕まってるところは一緒だった。
「ですよねえ。予想してた。予想通りすぎた」
肩を落とす。
エリカは手足と胴体にツタが何本も巻きついて、本体や花に向かって放たれたエルフの魔法は効いてない。
「カイトさん! あの時みたいに助けられないでしょうか! 私、魔力を吸われてて魔法が使いづらくてせっかく転移魔法を覚えたのに逃げられなくて!」
俺と目が合ったエリカが助けを求めてくる。
でも——
「それが、さっきから転移魔法が発動しないんだ」
「くっ、転移魔法さえ効きづらいのか! なんとも厄介な!」
「まずい、このままではエリカは……」
「こうなれば男衆で突っ込むぞ! 何人犠牲になろうとも、エリカが苗床となるよりは!」
魔法は発動しない。
焦っても、もどかしい自分に怒りを覚えても、巨大魔妖花の溶解液でエリカの服だけ溶かされても、発動しない。
「感情がトリガーじゃない? くそ、なんか手はないのか、夢なのか異世界転移なんだろ!」
嘆いたところで何も起こらない。
エルフの男が「俺たちなら苗床にはならないから」と、突撃しようとした、その時。
「あら、これは……でも、間に合ったみたいね」
誰もいない、何もないはずの上空から、やけに艶っぽい声がした。