第十二話 とにかく、これで今後はこの異世界も変わっていくだろ。手紙は渡しておく。自分で選んだこの異世界で、がんばれよ、ケンジ
「さて、俺たちも行くか。こっちを見てる今なら、俺にも辿れるからな」
「はい! 準備はおーけーですぅ!」
この異世界に残ることを選択したケンジと別れて、異世界案内人のカイトとエリカが言葉を交わす。
ケンジは、第4196z世界 zsdc星、ストラ大陸セレナ神国の港町の、倉庫の最奥へ突っ込んでいった。
ケンジを見送った二人の姿も消える。
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「そう、そこです。汚れた男など粉砕するのです!」
空間に浮かぶ映像を眺めながら、ブツブツと呟く女性がいた。
床も壁もない純白の空間に、ただ一つ円形の映像が流れている。
「なぜ止まるのですか! 甘い、甘すぎる!」
白い布をまとった女性は、映像を見てご立腹だ。
ぶんぶん腕を振って、もっと攻めたてろとむくれている。
映像の中では、ケンジと戦う護衛の女が手を止めていた。
話し合っているようだが音は届かない。
「もう! こうなったらセレナが直接、あの男に神罰を——」
映像を見ながら女性が手を組む。
なにやらブツブツ呟く。
純白の空間に風が渦巻き、魔力とは違う、神力が満ちて、現世に影響を及ぼしかねないレベルまで高まった、ところで。
女性のほかに誰も存在できないはずの空間から、声がした。
「わわっ! スカートがめくれちゃいますぅ!」
「それどころじゃないだろエリカ。〈神力移転〉」
なんだか慌てた女の子の声と、神の力をどうにかしようと無謀な挑戦を試みる男の声が。
神罰のために女性が創造した力が抜ける。
続けて、人間の女性を模した擬体から中身が移動させられる。
「え……? な、なんですかこれは! 誰ですかあなたたちは!」
言葉を発したのは、魂が抜けたかのように動きを止めた女性、ではない。
ふよふよと浮かぶ光の球である。
光の球は女性の周囲を漂っている。
「『なんですか』か。エネルギーを転移させたのと、存在を切り離したんだ」
「カイトくん、『誰ですか』って聞かれてますよ。私はエリカ、異世界案内人です!」
「そ、そんな、神力を、そんなこと不可能で、きゃっ! 神界に男が! 汚らわしいっ!」
「不可能って言われてもできてるわけで。ほんとなんなんだろうなあこの能力」
「はいっ! 私、『神は性別を超越する』って教わりました!」
「エリカ、『力ある神は性別を超越する』な。こちらの方は女性であることに囚われてるようだし。世界の運営に支障をきたすほど」
「なっ!? 何を生意気な! 男のクセにっ!」
動きを止めた女性の近くで、光の球がピカピカと輝く。
女性は無表情のままじっと動かない。
カイトいわく「神」の本体は、光の球らしい。
「男、女って、雌雄がないと生物は繁殖できないと思うんだけどなあ」
「どっちにもなれる生き物だっていますよ、カイトくん!」
「いやまあそうだけど、一般的にね」
「何を暢気に! 興味ないフリしてアナタだって不埒なこと考えてるんでしょう! 消滅しなさい! えいっ!」
「不埒な……って、どういうことでしょうか?」
「あとでヨウコさんに教えてもらうといい。〈次元反射〉」
「きゃあっ! いたっ!」
光球から放たれた光が反射して、無表情な女性の腹部に当たる。
体をくの字に歪めて女性が吹き飛ぶ。
光球は慌てたように動きを早めて飛びまわる。
「カイトくん、女性にひどいと思います!」
「エリカ、あれは擬体だ。女性の形をしているだけで、中身のない人形だぞ」
「えっ? じゃあいいんです……かね……? けど、痛いって」
「擬体を攻撃して本体が痛いわけないだろ。いまは繋がりもないはずだ」
「う、うーん。ならOKでしょうか……?」
「ちょっとなんなのアナタたち! セレナを無視して!」
光球がカイトとエリカの前に移動してビカビカと輝く。
光の球の後ろでは、無表情な女性がすっくと立ち上がった。
「『なんなの』か。なんなんだろうなあ。とりあえず、貴女とは『次元が違う』存在かなあ」
「ほら、やる気出してくださいカイトくん! これも仕事ですよ!」
「はあ、じゃあやりますか。この世界で『ホストをする』って決めた、ケンジのために」
三白眼で睨みつけ、カイトが光の球に指を突きつける。
連続で放たれる攻撃——神威を込めた魔法——は、オートで反射されて擬体にぶつかる。カイトとエリカに効いている様子はない。
カイトは魔法を無視して、両手を広げた。
光球——カイトいわく神——に問う。
「さあ、選択の時だ。異世界にエロを認めるか、この異世界から消滅するか、選べ駄女神!」
「選択肢がひどいですぅ」
「はい? なんですかそれは! 子作りは認めています、なんの問題もありません!」
エリカにジト目で見られて気が緩んだのか、カイトはあっさり両手を下ろした。
「嫌がる女性に無理やりは言語道断だ。だけど、男がエロい妄想して何が悪い!」
「ええ……? 堂々と言うことでしょうか……」
「なんて汚らわしい。はっ! そうです、セレナの世界では、肉体的に接触しなくとも子供ができるようにしましょう! ええ、いい考えです。最初からそうすればよかったのです」
「うう……こっちはこっちで極端ですぅ……」
「世界を作り替えましょう! いっそ女性しかいない世界へ! 神界を侵した汚らわしい男よ、きっかけをもたらしたアナタが特等席で見ていなさい!」
「はあ。これはさすがに、なあ。神がこじらせるとここまでになるのか」
「えっ? 神であるセレナの創造が届かない? なんですかこれは、何がどうなって」
「だから『次元が違う』んだって。はあ、これどうしようかなあ」
「消滅させるのはあんまりだと思います。きっと、この神はわかってくれるはずです!」
「……エリカの直感を信じることにしよう。エロトラブル体質の新神と、エロ拒絶型女神か。足して割れないかな」
「くっ、ならば! そこの男から消滅させましょう!」
光の球がまぶしいほどにビカビカ輝く。
同時に、無数の魔法がカイトに飛んでくる。
やる気の抜けた顔のまま、カイトが手のひらを向けた。
手の前に半透明の壁が形成される。
「とりあえず。〈次元反射〉」
無数の魔法がはね返される。
次々に女性——の形をした中身のない擬体——に当たる。
悲鳴はない。
表情も変わらない。
ただ強風にもてあそばれる洗濯物のように、前後左右に揺れるだけだ。
「きゃっ! いたっ! んぐっ!」
「ええ……? 女性にあんなことを、ひどすぎますカイトくん……」
「んん? 繋がりは絶たれてるから痛みは感じないはずなんだが」
「きゃあっ! 服、セレナの服が!」
「わあ……衝撃で布が破れて……ダメですカイトくん!」
「物質じゃないんだ、不壊なはずなんだけど」
「ううっ、何をする気ですかこのケダモノ! 神にこんなことするなんて! セレナもうお嫁に行けません!」
「あの、神はお嫁に行かないと思います!」
「エリカの世界ではな。場所によってはいろいろある」
はね返された攻撃で、擬体の服が破れる。
女性の形をしただけの存在だが、形は女性だ。
それでも表情を変えないカイトの前で、エリカがわたわた隠そうとする。
神本体であるはずの光の球は、興奮したようにぶんぶん飛びまわる。
「あっ、あっセレナにこんな! こんな、なぜセレナは感、あっ、ふしだらな!」
「やりづらい。……これ、後始末は他神に任せるか」
「それがいいと思います! これ以上えっちなことはダメです!」
「そんなこと言って! あっ、エロいことを、ふうっ、続けるつもりなんでしょう! 口にするのもおぞましいふしだらなことをもっと、もっと、してほし——」
「はあ……〈次元隔離〉」
言葉の途中で光の球が消えた。
カイトは疲れたようにがっくりと肩を落としている。
「えっと、この神界に残滓は見当たりません。さすがカイトくん?」
「なんで疑問形なんだ。まあ気持ちはわかるけども」
エリカが首を傾げ、カイトは頭を抱える。
気を取り直して、空間に残された映像に目を向ける。
ちょうど、ケンジが護衛と、やけに色っぽい女性と和解したところだった。
「とにかく、これで今後はこの異世界も変わっていくだろ。手紙は渡しておく。自分で選んだこの異世界で、がんばれよ、ケンジ」
「ケンジくんはきっと大丈夫です! みんなに認められて、コーハイさんだってできたんですから!」
二人の言葉が交わされて。
第4196z世界zsdc星、ストラ大陸セレナ神国の港町の、とある倉庫を見張っていた『女神の神界』から、異世界案内人の姿が消えた。
この異世界からも。
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