第六話 この前仲良くなった船員さんに、外国のワインを譲ってもらったんス! 飲んでみまスか?
「ご来店ありがとうございまッス! ケンジですぅー」
「またイントネーションがおかしい」
「こういうものらしいですよ? ケンジくんが言ってました!」
第4196z世界線 zsdc星、ストラ大陸セレナ神国の小さな港町にオープンした、この異世界で初めてのホストクラブ。
開店日こそお客さまがいなかったり、食堂や居酒屋と間違えたおっさんがふらっと入ってきたりしたが、何日かするとちらほらとお客さまの姿が見えるようになった。
「子供がすっかり元気になりました。今日はお礼を言いにきたんです」
「へへ、嬉しいッス。あ、飲み物はどうしまスか? いろいろあるんスよ!」
「そうね……元気が出るお酒はあるかしら?」
「もちろんッス! んじゃ、この前のクスリが入った特製カクテルをお出しするッス!」
「ねえ待ってだからそのクスリ大丈夫? 中毒になってない? だいたい子供に届けただけでお母さんは飲んでないはずだよね?」
「一般的な薬ですから問題ありませんよ、カイトくん。滋養強壮に効きますからね、お母さんは余った薬を飲んだんですきっと!」
最初にお客さまとなったのは、ホストクラブのオープン資金を稼ぐため働いたケンジが知り合った人たちである。
増えたのはお客さまだけではない。
「お待たせしました。こちら、当店特製スペシャルカクテルです」
「いつもすまないねえ。これはお代だよ」
「お代はお帰りの際にお願いします」
「ふふっ、新人さんもちゃんと働いてくれてるね!」
「まあ、俺が店に立つわけにはいかないからなあ。裏方ならやるけど」
ホストクラブは、その営業形態上、ホスト一人でまわせるものではない。
店内にはケンジのほかに二人の新人が働いていた。
カイトとエリカが街でスカウトしてきた少年である。
二人の新人は、ケンジからホストのなんたるかを教え込まれて、すぐにナンバーツー・ナンバースリーホストとなっていた。
そもそも三人しかいないので。
「あら、めずらしいお酒もあるのね」
「うッス! この前仲良くなった船員さんに、外国のワインを譲ってもらったんス! 飲んでみまスか?」
「じゃあその舶来品のワインをいただこうかしら」
「外国ワイン入りまぁす!」
「ありがとうございまぁす!」
「ありがとうございまぁす!」
「増えてる。変なイントネーションが増殖してる」
「なんだか活気がありますね! 初めてのお客さまも喜んでくれてるみたいです!」
「あれは喜んでる、のか?……化粧してる女性をこの街で見たのは初めてな気がする。麻の貫頭衣も着る人が着れば色っぽ——」
「カイトくん、どこ見てるんですか? ほら私たちもお仕事しますよ!」
口コミで広がったのか、ホストクラブにはケンジの知り合いではない女性も来るようになっていた。
接客もさることながら「清潔で楽しく、女性一人でも安心してお酒が飲める」ことがウリになっているらしい。
まあ、居酒屋に色をつけた程度の価格設定もよかったのだろう。
異世界案内人・カイトとエリカの協力もあって、『自分が必要とされて、夜のお仕事の理想を叶えられる世界』を求めたケンジの異世界体験は、うまくいっているようだった。
この時までは。
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「大変ッスケンジさん! お店、すぐお店に来てください!」
「ん? どうしたんスか?」
「増えてる、変な喋り方も増殖してる」
「もう、いまさらですよカイトくん! それよりどうしたんですか新人ホストさん? 何かあったんですか?」
「あっカイトさんもエリカさんも! 一緒に来てください大変なんです!」
この異世界、少なくともこの港町に、お酒の仲介業者はない。
お酒を仕入れるために市場に来ていたケンジとカイト、エリカは、慌てた様子のナンバーツーホストに声をかけられた。
ケンジの手を取って走り出すナンバーツー。
首を傾げながらケンジも、よくわからないままにカイトとエリカも走り出す。
急いでいるならカイトの転移能力もエリカの転移魔法もあるのだが、ナンバーツーホストはそのことを知らない。
ケンジの首元では、カイトから渡された転移石つきネックレスが揺れていた。
そして、市場から走ること5分。
「これは……」
「ひどいですぅ……」
到着したのは、ケンジがオーナーで店長でナンバーワンのホストクラブの前だ。
いや。
ホストクラブだったものの跡地だ。
入り口の木製の扉は壊されて、店内がわずかに見える。
デッキチェア風のイスは壊れて床にぶちまけられ、目隠しがわりの観葉植物も倒されている。
一部焦げ跡が残っているのは燃やそうとしたのか。
カウンターに並んだ酒類はすべて割られていた。
つん、とアルコールの臭いが流れてくる。
壁や床には、炭やゴミや泥をなすりつけられた跡があった。
店ごと壊そうとして、エリカの魔法の強固さに諦めて汚すことにしたのだろう。
汚れは店内だけでなく外壁にもつけられていた。
カイトとエリカは顔をしかめて荒らされたホストクラブを見つめる。
そして、ケンジは。
「大丈夫か!?」
店の前で倒れる、ナンバースリーホストに駆け寄った。
自分の夢であるホストクラブの惨状を見たのに、最初に、従業員であるホストに。
「ぐっ、ケンジさん、スか?……すんません、俺、いたのに、店、守れ、ッス」
「そんなんいいから喋るな! 救急車、くそっ、ここには来ねえか、どうしたら」
「エリカ、頼めるか?」
「はい、カイトくん。もちろんです!」
ナンバースリーホストはひどく殴られたらしい。
執拗に顔を狙われたのだろう、見てわかるほど鼻は曲がり、まぶたや頬が腫れて目が開いているのかも不明だ。
喋るたびに口からは血がこぼれ落ちた。
救急車も病院もないこの異世界では、治っても元の顔にはならなかっただろう。
この異世界の魔法も薬も、そこまでのレベルにない。
この異世界の魔法は。
倒れるナンバースリーの横にヒザをついてエリカが目を閉じる。
カイトいわく「天才」が、集中して、魔法を唱えた。
「癒やしを。フルヒール」
エリカの手があたたかな光に包まれる。
そっとナンバースリーホストに触れると、光はナンバースリーホストの顔に移った。
「す、すげえ……なんスかこの魔法……」
「うわっ!? こ、これ大丈夫なんスか!?」
「気持ちはわかる。初めて見ると驚くよなあ」
ナンバースリーホストの顔が変化していく。
映像を早戻しているかのように、傷ひとつない顔へ。
効果が強く、変化が早すぎて、ケンジやナンバーツーホストが驚くのも無理はないだろう。
「ふう。もう大丈夫です!」
「え? あれ? 痛くない……?」
「よかった、よかったッス! エリカちゃん、いやエリカさん、エリカ様! ありがとうございまぁす!」
「ありがとうございまぁす!」
「この状況で唱和するのか。プロ意識すごい」
この異世界出身ではないエリカの魔法は、ボコボコにされたナンバースリーホストを癒やしきった。
さすが、一人で世界間移動を果たした「魔法の天才」である。
「それで、何があったんだ? だいたい想像はつくけど」
「そうッス! 何があったんスか!?」
傷が治っても。
騒動は、終わらない。
港町の住人は、カイトたちを遠巻きに見守っていた。
かわいそうに、とばかりに。