第十一話 手紙は確実に渡しておく。自分で選んだこの異世界で、がんばれよ、ショウ
「さて、じゃあ俺たちも行くか」
「はい! 準備はおーけーですぅ!」
この異世界に残ることを選択したショウと別れて、異世界案内人のカイトとエリカが言葉を交わす。
ショウはダンジョン50階層——ダンジョンボスが待つ、最下層の扉の先に消えた。
ショウを見送った二人の姿も消える。
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「ふんっ、しょせんはゴーレム、木偶か。使えんヤツめ」
空間に浮かぶ映像を眺めながら、ブツブツと呟く男がいた。
上下左右、男の周囲にはぐるりと、無数の映像が流れている。
モニターはなく、ただ二次元となった映像だけが浮かんでいる。
カイトが見たら、近未来か科学が進んだ世界のモニタールームみたいだな、などと言うことだろう。
大小様々な映像の中で、男が注視しているのは、目の前の一画面だ。
そこには、試練のダンジョン50階層の「ボスの間」で、ショウたちが漆黒の全身甲冑を倒したところが映っていた。
「わかる者などいるはずもあるまいが、あの地を確保されるのは面倒だ。かくなるうえは——」
男が映像に指を伸ばす。
なにやらブツブツ呟く。
膨大な、漆黒の全身甲冑やチートスキルを身につけたショウとは桁違いの魔力が渦巻く。
新たなダンジョンボスを生み出して、人知れずショウたちを排除しようとしたところで。
己のほかに誰もいないはずの空間から、声がした。
「近未来か科学が進んだ世界のモニタールームみたいだな」
「もうカイトくん、いまそれどころじゃないです! 〈マナドレイン〉!」
暢気な声と、男が聞いたこともない魔法を唱える声が。
男が練った魔力が抜ける。
「バカな、なんだその魔法は! そもそもいかなる存在であれここに来られるはずが、空間を切り離しているのだぞ!」
「『空間を切り離した』程度で侵入を阻めるんなら、俺はこんなに苦労しなくてすんだんだよなあ」
「切り離した? 『試練のダンジョン』50階層に、魔力の残滓がありましたよ?」
「なくてもたどり着けたけどな」
「くっ、ふざけたヤツらめ。よかろう、我が直々に滅殺してくれる! 踏破気分で浮かれておる阿呆どももな!」
「滅殺、滅殺ね。なあダンジョンマスターさん、正規の方法でダンジョンを踏破したんなら、マスターは認めるものじゃないのか?」
「ふん、そのような規則はとうの昔に超越しておる! 我はすでに神となったのだ!」
「神、ですか?」
「聞き返すなエリカ、かわいそうだろ。百歩譲っても神じゃなくて邪神だしな」
「ああああああああ! 塵も残さず消滅せよ! 〈デリート〉!」
敵意を見せられてものんびり話す二人に、激昂した男が魔法を放った。
白い衝撃波がカイトとエリカに飛んでいき——
消えた。
何事もなく、二人が何かをした様子もなく、あっさりと。
「なっ、いま何をしたのだ!? くそっ、〈デリート〉! 〈デリート〉!」
「何度放ったところで、魔法は俺たちには届かないぞ、邪神。次元が違うからな」
ショウを案内していた時と、カイトの声音が違う。
そういえば着ている服も、「剣と魔法のファンタジー世界風」から、異世界案内所にいた時のスーツ姿に戻っている。
「やっぱり、ここは各地のダンジョン最下層に繋がってます! ダンジョンからモンスターがあふれ出す暴走状態を世界中に起こす気だったみたいです」
「世界を滅ぼすにはずいぶん迂遠な手段だな。ダンジョンマスターだけに、ダンジョンから離れられなかったのか?」
「そこまで知っているとは、我をダンジョンに閉じ込めた神の眷属だな! よかろう、貴様らを倒して我はさらなる高みへ——」
「切り離したはずの空間に俺たちが現れた時点で、実力差を感じてくれればラクだったのになあ」
「ダメですよ、カイトくん! それじゃ私たちのお仕事は終わりません。ほらほら!」
「はあ、じゃあやりますか。この異世界で暮らすって決めた、ショウの未来のために」
三白眼で睨みつけ、カイトが男に指を突きつける。
連続で放たれる魔法は、カイトとエリカに効いている様子はない。届いている様子さえない。
魔法を無視して、両手を広げた。
男——ダンジョンマスターにしてカイトいわく邪神——に問う。
「さあ、選択の時だ。異世界に隔離されるか、この異世界から消滅するか。心して選べ、邪神」
「は? 貴様は馬鹿か? 我がそのような選択をするはずが、そもそも選択肢になっていないではないか!」
「もっともですぅ」
「おいエリカ、そっちの味方になってどうする。これけっこう恥ずかしいんだぞ」
邪神の発言に頷くエリカを見て気が緩んだのか、カイトはあっさり両手を下ろした。
あいかわらず邪神の魔法は二人に届かない。
「ふん、ならば、先に世界から滅ぼしてくれるわ! 予定より早いが問題あるまい、さあ、ダンジョンから溢れ出すモンスターどもがヒトを蹂躙する様を特等席で見てるがよい!」
「えっと、カイトくん? これは」
「攻撃が効かないけど、自分に攻撃は届かないと思ってるんだろ。能力の差を見極められない新神が陥りやすいから気をつけろって、ヨウコさんのトモダチに注意されたなあ」
「むっ? 我の指示が届かない、だと? なんだこれは、何がどうなって」
「だから『次元が違う』んだって。もう説明する気もないけど」
「カイトくんが標的に冷たいですぅ」
「それが仕事だからな」
「そうか、貴様らの仕業だな!」
ようやく、男が焦りの色を顔に浮かべる。
人間臭い反応は、まだ神成りして日が浅いのだろう。
言葉を聞くことなく、カイトがふたたび男に指を突きつけた。
「滅べ、邪神よ。〈次元消滅〉」
ぼそっと呟く。
男が使った魔法のように白い衝撃波があるわけではない。
ただ。
男——ダンジョンマスターにしてカイトいわく邪神——が消えた。
抵抗さえ許されずに、最期の言葉さえなく、消滅した。
「残滓は見当たりません! さすがですカイトくん!」
「まあ、せっかくショウを案内してきたんだ、『邪神が消えて滅ばなかった異世界』で、楽しく過ごしてもらわないとな。異世界案内人として」
エリカに称賛されても、カイトは表情を変えなかった。
空間に残された、ひときわ大きな映像に目を向ける。
ちょうど、ショウと三人の女性が「試練のダンジョン」から出ていくところが映っていた。
「手紙は確実に渡しておく。自分で選んだこの異世界で、がんばれよ、ショウ」
「ショウくんはきっと大丈夫です! 仲間だってできたんですから!」
二人の言葉が交わされて。
ダンジョンから切り離された、『本当のダンジョン最下層』から、異世界案内人の姿が消えた。
この異世界からも。





