第六話 本当の友達は誰だ?②
見事一時限目の美術の授業に遅刻をした俺達は、担当教師からの注意を受けたあと、席に座った。
今日の美術の時間の学習は、クロッキー帳に被写体になる生徒を描く授業だった。
基本的に名前順で美術のある日には該当する生徒が机の上に置かれた椅子に座ってモデルとなる。そういや、今日のモデルは…。
俺は恐る恐る隣を見る。
ガタガタガタガタガタ!!!
春咲さァァァん!!たけし!あの超有名フリーホラーゲームのたけしみたいになってるよ!!
「春咲さん。その調子で『お、おい。もう帰ろうぜ』って言って貰える?」
拓がふざけた事を言うので背中を蹴り飛ばした。
「なんだか寒いわ。」
その隣で菜月が言った。なんで再現してんだよ…。
「では、今日は春咲さん。上履き脱いで机の上に上がってくれる?」
「…っ!!…はい。」
先生の合図を受けた春咲はゆっくりと机の上に上がった。クラス中から注目されるなか、春咲さんはオドオドしながら机の上に配置されている椅子に座る。
「早く座れよ、日陰姫。」
…。
春咲さんを小馬鹿にするような声が聞こえたので不意に辺りを確認したが、誰が言っているかは確認できなかった。
いや、確認出来なくて良かったかもしれない。もし言った人間が分かったんなら、突っかかってたかもしれない。面倒事はゴメンだ。
俺喧嘩弱いし。仮に俺の右斜め前に座っているか厳つい体型の男子生徒に俺が喧嘩を売ったものなら、『すすすすすずびばぜんでした。』、と床を舐めながら土下座するまである。いやほんとに。
その後のスケッチは順調に進んだ…と思われた。
美術の先生の一言で、クラスの空気が一気に変わる。
くそ…マジかよ。
「皆さんごめんなさいね。私ちょっと職員室に行ってくるから、あと十分スケッチをお願いね!」
「うぃーっす!」
十文字グループの一人、井出がスケッチの筆を進めながら答えた。しかし、警戒するのはこのクラスの筆頭の十文字グループのメンバーではない。
十文字グループの中心人物十文字は人を貶めるような真似はしないし、それにくっついて行動してる奴らなら恐るに足らん。
やべぇのは…、十文字グループのように堂々と振る舞えないもっと陰湿な奴らだ。
「ちょっと日陰姫!動かないでくれる〜?」
一昨日春咲さんをパシリに使った、女子生徒二人組の一人だ。そしてその二人に加えて今回は三人追加。ちなみに今春咲さんは全くと言っていいほど動いていない。
クソ、変な言いがかり付けやがって。
こいつらも十文字グループ程ではないがかなりのスクールカースト上位陣。つまり…アイツらに口出しするのは誰であろうと難しい。
平和な学校生活のために、そして自分のために。
春咲さんは文句の声を聞くと、ビクッと体を震わせ恐る恐る答える。
「ほえ…え、えと…ごめんなさい。」
春咲さんは少し困惑した様子で同じ姿勢を取った。姿勢と言っても、ただ座っているだけだが…。
アイツら…変にいちゃもん付けやがって。
「あぁ〜あ!興ざめだわ!!」
五人のうちのショートカットの女が言った。こちらも一昨日俺と拓に買ってきたいちご牛乳を渡されたコンビの片割れだ。
スケッチブックを投げ出し、ヘラヘラ笑いながら春咲さんの方に視線をずらした。
スケッチブックが音を立てて床に落ち、その音に春咲さんは身体を震わせた。
クラスの連中がザワつく。
「日陰姫が動いちゃったせいでさ、スケッチ全部台無しなんだけど?」
「え…なんで…。」
「いや、なんでじゃないでしょ!あんたさぁ、被写体が動いちゃいけない事くらいわかんでしょ!?いっつもそこら辺の苔が生えた地蔵みたいに動かない癖に、こんくらいのことも出来ないのかなぁ!!」
「いや…私…動いてない…です。」
未だに机の上の椅子に座っている春咲さんは胸元に手を当て、困惑気味に口を開いた。
震えた声は、今にも泣き出してしまいそうな程弱々しい。
横を見ると。拓と菜月も歯切れの悪い顔をしていた。
「いやいや、動いてたよ?ねぇ!?」
後ろの取り巻き達に相槌の弁を求める。取り巻きの四人は「動いてたよね?」、「うんうん」という声を出す。
なんだアイツら…イエスマンならもっとハッキリと口を動かせよ。
心の中でしか口出しが出来ない俺は、やはり小物なのだろう。自分の存在意義なんてものは心得ている。
『櫻葉?あぁ、そんな奴いたな。』 その程度に思われる様な学校生活を意識してきた。
学校なんてのはクソッタレな社会の縮図だ。力のない者が口を出したところで、何も出来やしない。
俺のような人間は、例えこんな状況だとしても、黙っていればいいだけなのだ。今までだって、そうして来た…。
けどさ、やっぱり悔しいんだよ。
目の前で泣きそうになってる女の子がいるのに、それを数人で寄ってたかっていじり倒して。
それが終わればまるで最初から何も無かった様に振る舞うのは…胃がキリキリして堪らないんだ。
小、中学の時もそうだった。
今の春咲さんみたいな子に声を掛けようにも、俺はそれが出来なかった。
笑って見ていた立場の分際で、どんな言葉もそれは偽善になる。
その度に後悔をしていた。たった一回…たった一回だけでも、自己満な偽善な気持ちだったとしても、いじめられている子を助けていれば良かった、と。
────そんなクソみたいな後悔は、もうしたくなんだ。
「謝れよ。日陰姫。」
「え…。どういう…。」
スケッチブックを投げ出した女子生徒が、机の上の椅子に座る春咲さんを見上げながら言った。
酷く歪んだ顔だった。春咲さんを陥れようとするその顔は、とても見ていて気持ちのいいものでは無い。
「土下座だよ!土下座してここで謝れよ!!あんたが動いたせいで描けなくなったクラスメイトの前で、謝りなさいよ!!」
「そうだよ、謝りなよ!」
「みんな迷惑してるんだよ?」
再びクラスがざわついた。隣にいる拓が俺に耳打ちをしてくる。
「おいエータロー、やばくねぇか?」
「…。」
「エータロー?」
「…っ」
声にならない声を漏らした春咲さんはさらに顔を俯かせる。机の上の椅子から立ち上がり、膝を机に付けた。
その場で少し春咲さんから躊躇いが見え、膝を付けた状態で制動。
そして、春咲さんが自分に従う姿をみて拍車がかかった女子生徒が、声を荒らげた。
「早くしろよ!!このクソ陰キャが!!」
あぁ…うぜぇ。耳障りだ。
────「人間相手にマウント取れて楽しいか?チンパンジーさん。」
「……は?」
春咲さんをいじめていた女子生徒の素っ頓狂な声が、俺の耳に響いた。
見ると、クラス全員の視線が向いていたのは春咲さんではなく、俺の方向だった。
拓も、菜月も、十文字グループも、春咲さんも、俺の方を向いている。
「さ、櫻葉くん?」
俺は俺の名前を呟いた春咲さんの方を見て、ニヤッと笑う。
多分、悪い顔だ。
「てめぇ…櫻葉…!!」
「春咲さん、無視しろよ。少しでも動いたら書けなくなって『キーキー』喚く猿共に気ぃ使う必要はねぇよ。…あぁもしかしたら猿の方が利口かもな?」
クラス中の空気が凍り付いたところで、俺は今無意識に出た言葉の失態に気づく。
…。
グッバイ。俺の平穏な高校生活。
でもまぁ、後悔するのはあの女子生徒を言い負かしてからにするか。