第四話 私とお友達になってくれませんか?
「おぉー!!めっちゃいいところジャーン!!」
昼休み。昨日春咲さんが食べていた屋上の用具入れの後ろに、今日は拓を呼んだ。
用具入れの後ろに隠れているスペースは屋上のどの位置からも死角になっているにもかかわらず、時間によっては日差しがよく当たり気持ちがよい。
たしかにいいところだ。俺は学校に秘密基地ができた気分になった。
しかしここは本来は春咲さんのいわばプライベートスペース。簡単に立ち寄っていいものなのか…。
俺は聞いてみることにした。
「でも、いいのか春咲さん。俺達までここ使って。」
春咲さんは遠慮気味にそっと呟いた。
「うん。二人は優しいですから…。それに…『お弁当一緒に食べる?』って聞いてきてくれた時、嬉しかったんです。えへへ…。」
春咲さんの可愛らしい笑顔に、俺と拓の頬も緩む。俺と拓が互いの頬を引っ張り合いだらしない口元を直したところで、俺は言った。
「そっか。んじゃ、食おうぜ二人共。」
「よし来た!!」
俺たち三人は向かい合うように地べたに座り、弁当箱を開いた。
「おい、エータロー!卵焼きくれ!!」
「断る!!これは我が妹楓の愛情が含まれているのだ!」
「うっわー、聞いてくれよ春咲さん!こいつシスコンなんだ…ぜ…。」
「おい、変な事を教えるのはやめろ。俺はシスコンじゃねぇ、ただ妹が好きなだけ…さ…。」
俺と拓が同時に春咲さんを見る。…なんで?
彼女の瞳からは一筋の涙が流れていたのだ。
俺と拓の顔はふざけた顔から一瞬にして焦りの顔に変わる。
「春咲さん!!?どうしたんだ春咲さァァァァァァん!!!」
俺はほぼ叫び声のように春咲さんの名を呼んだ。
「エータロー!!てめぇがシスコンだから春咲さんが泣いちゃっただろ!!」
「シスコンだと泣かれるの!?」
「ち、違うんです!」
「「え?」」
俺と拓は同時に情けない声を出す。春咲さんは瞳から零れ落ちる涙を拭きながら答えた。
目は軽く腫れており、『ひっく、ひっく』と涙混じりの嗚咽も聞こえる。
「櫻葉くんがシスコンだから泣いているんじゃないんです。…ぐす…」
「え?じゃあエータローの何が気に入らなかったんだ?」
「おい。なぜ俺に原因がある言い方をする。」
いや、それに仮に俺がシスコンで泣かれたら俺はこれからどうやって生きていけばいいんだよ…。
「私…うぅ…誰かと一緒にお昼ご飯食べるの、ホントに久しぶりで…。ひっく。」
「私…こんな性格ですから…高校も誰とも馴染めなくて…いっつも変にいじられて…っ!優しくしてくれる人がいても…自分がいい様に利用されてるだけなんだって気付いて…!!その度に心が痛くなって、私に心から優しくしてくれる人なんて…今までいなくて…!!私なんていない方がいいのかなって…何度も、何度も思って…!!」
その涙と春咲さんの気持ちを聞き、俺は悟った。
────あぁ…そうか。
似てたんだ。俺と春咲さんは。
過程は違えど…。いや、俺なんかより春咲さんの方が辛いのかもしれないが…この子は、寂しかったんだ。
大切にしてた人から突然別れを告げられて、それで心の穴を埋めようとしても上手くいなくて…、自分が嫌になって…。
────ずっと…寂しかったんだ。
だから俺はこの子を助けようと思ったんだ。
この子に腹割って話そうと思ったんだ。自分と似た境遇の女の子がすぐそばに居たから、俺は手を伸ばしたのだ。
「それでも、二人はこんな私を助けてくれて…。偽りのない笑顔で話しかけてくれて、手をさし伸ばしてくれて…!!本当に…本当に…」
「本当に、ありがとうございました!!」
春咲さんは眼鏡を外して涙を制服の袖でゴシゴシ拭いた。
泣いている女の子かが可愛いと思ってしまうのは、男の悲しい習性なのだろうか…。
拓は『おぉ』と声を出す。
「おい、春咲さん眼鏡外すと可愛いな。」
「…」
「エータロー?」
「…え、なに!?」
「おい、お前…まさか。」
春咲さんは立ち上がった。
俺達を数秒見つめたあと、手を出しながら頭を下げる。
「私と…お友達になってくれませんか?」
…いや…。
俺と拓は顔を見合わせ、笑った。
春咲さんはなぜ笑っているのか理解出来ない様子だった。
俺達は春咲さんに習って立ち上がり、春咲さんの手を俺が握ると、その上から拓も手を握る。
俺はより一層強く春咲さんの手を握りながら言った。
「友達は頼んでなるものじゃないぜ?今みたいにさ、腹割って話せるのが、友達なんだよ」
拓は続けた。
「そうだそうだ。同じ場所で飯を食えば、それはもう友達だ」
春咲さんは顔を上げ、俺たちを見つめた。
俺達が握った手の上に更に自分の手を置いて、今まで見せたことのないような笑顔を向けた。
「はい!お友達です!」
春咲さんの笑顔を見て、俺は顔が熱くなったような気がした。多分この熱は春咲さんが泣いたことに焦ったせいだと思う。
俺は視線を感じたので拓に顔を向ける。
ゲス顔でニヤついた拓の視線が俺のニヤケ顔を捉えていた。
「いやぁ!!アオハルかよぉぉ!!」
「なんだよそれ!」
「え?どういう意味ですか?市山くん。」
「そんな事はいいって、お前ら飯食おうぜ。」
俺達は再び座り、春咲さんは昼飯を口に放り込んだ。
「なんだかご飯がしょっぱいです。」
春咲さんは白飯をモキュモキュと頬張りながら言う。
「いや…涙拭けよ春咲さん。いやぁそれにしても、春咲さんが学校で泣くとは思わなかったぜ。な、エータロー?」
「お、おう。」
「櫻葉くんも昨日泣いてました。」
「マジで!?詳しく聞こうか。」
「やめろ!!」
この関係が、いつまで続くかは分からない。
高校で終わってしまうかもしれないし、それ以降も続くのかもしれない。
こんな時間は…いつまでも続かないない。この二人とも、別れの時は来るだろう。
初めての彼女に振られて出来上がったこの関係。しかし…
俺はこの馬鹿みたいに笑い合える関係を、後悔することは無いはずだ。