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第三話 リア充グループ

 春咲さんを助けてから、一日の時間が経過した。


 大ノ宮高校。普通棟三階。廊下。


 俺は横を歩く拓に向かって、淡々と口を開く。


「俺達の中には遥か昔から植え付けられた固定概念というものが存在する。その概念から外れて物事をみろと言われても、それは中々できることじゃあない。…と俺は思っちゃいない。」


 拓は俺の話など聞かずに後ろをチラチラと確認しているが、俺はその方向へと視線をずらさない。

 俺は拓を横目で見たあとに、脚を進ませる方向へと視線をずらした。

 一度唇を舐め、俺は自論を続けた。


「物事の見方を一点に絞ってしまうといのも愚かだと言えるだろう。十人十色に千差万別。古来の人間が残した言葉を未来へ繋ぐために、俺達はもっと視野を広く持つべきだと思うのだが、どうだろう?」


 ちなみに十人十色と千差万別の意味合いは多分今俺が思っているものとは違う。多分。恐らく。きっと。

 拓は俺に視線をずらし、口を開いた。


「おめぇが何言ってるか分からないけどよー。」


 俺達は同時に後ろを振り向く。


「なーんで、春咲さんは少し離れた所からお前に付いてきてんだ…。」

「さぁ…。」


 俺達が振り向くと同時に春咲さんはビクッと体を震わし、足を止める。

 春咲さんは俺と拓の視線から外れようとあたりをキョロキョロと見回すが、廊下の真ん中で足を止めたので隠れる場所がない。


「こりゃなつかれたなお前。」

「そんなんじゃないだろ。もっと視野を広く持て。俺達と春咲さんの向かう場所が同じなだけだよ。次は移動教室なんだし。」

「いやお前…さっき言ったろ?お前がトイレに行く時、春咲さんフラフラしながらお前に付いて行ったんだよ。おれが止めなきゃあの子男子トイレに直行だったぜ?どこに男子トイレに向かう変態女子生徒がいるんだよ。おれは大歓迎だけど。」

「よく止める理性があったな。」

「てめぇおれをなんだと思ってる。一応清く正しい男子高生だぞ。」


 俺達は再び春咲さんの方に視線をずらす。春咲さんはその場でピタッと止まり、スっと俺達から視線をずらした。まるで最初から何も見ていなかったように、凛々しい顔で廊下の窓の外を眺めている。それがまた可愛らしくも面白い…が…。

 春咲さん…だるまさんがころんだをやってる訳じゃないんだよ。


 なんだ…春咲さんモジモジして。

 あっ、こっちチラッて見た。んでまた視線ずらされた。

 見た感じ、なんか話しかけたそうにしてるんだよなぁ。


「拓、先に行っててくれ。」

「お、行くのか?」

「あぁ。」


 俺は拓に移動教室の教科書を預けると、春咲さんに近づいた。俺より10センチほど背丈の低い春咲さんは、一度ビクッと身体を震わせ、恐る恐る俺に尋ねる。


「あの、なんでしょう。」


 いやこっちのセリフなんだけど…。


「えっと、春咲さん、どうしたの?」

「あ、あの…これ。昨日昼休みに櫻葉くんが落として行きましたから。」


 春咲さんがポケットから取り出したのは、俺のハンカチだった。黒と白の縞模様のハンカチで、綺麗に折りたたまれている。

 落としてたのか。


「ありがとう春咲さん!なんだよ、それならもっとはやく言ってくれればいいのに。」

「あ、ごめんなさい。ウザイですよね…。」


 春咲さんの表情が一段と曇る。や、やべっ。


「いや!ウザくない!!ウザくないから!!」

「ほ、ほんとですか?…よかった…です。櫻葉くんに嫌われなくて…。」


 え。何最後の…ちょっとやめてよ。

 清純な男子高生にそんな事言わないでよ。本気かどうかは知らないけど、そういう軽い一言が無数の男子を勘違いさせた挙句死地へと追い込むんだよ?


 それにしても。

 

 春咲さんは自分のズレた丸眼鏡を両手で直していた。

 この子、人の顔色伺ってんなぁ…。気持ちは分からないでもないけど、あんまり伺いすぎてもいいことはないぞ?

 でも、多分それだけ春咲さんは人に嫌われるのが怖いんだよな。もしかしたらそういうのに敏感な子なのかもしれない。


 昨日の昼休み。

 俺は綾小路に振られた事を涙ながらに春咲さんに話した。あの時の俺は、春咲さんに心を許していたのかもしれない。


 一方春咲さんの方も、俺が泣き止むまで肩に手を置いて隣に座ってくれていた。

 あの時の俺はすげーダサかったけど、春咲さんはそんなの気にしないで俺を慰めてくれてたんだよな。


 こういう少し暗い子でも、根はやっぱりいい子なんだ。話してみないと分からないって言うし…それに…



『ごめん…なさい。櫻葉くん。』

『いや、こちらこそ。』



 押し倒されて春咲さんの眼鏡が外れた時…いや、こう言ったら面食いだとか言われそうだけど、めっちゃ可愛かったしなぁ。

 

「なぁ、春咲さんってコンタクトとかにしないの?」

「コンタクト…ですか?」

「そう、コンタク…」「栄太郎君。」


 背中に声が掛けられた。高校二年生にしては幼いこの声…俺は咄嗟に振り向く。

 クリクリした大きな瞳。フワッとしたショートカットに、ニコッと笑みを浮かべた低い背丈の女子生徒。


 《元カノ》、綾小路由奈が立っていた。


「綾小路…。」

「やだなぁ栄太郎くん。付き合ってた時みたいに由奈でいいよ。今更呼び名変えるのめんどくない?」

「そ、そうかな…。あはは。」

「由奈、どうしたの?」


 綾小路の後ろから彼女の名を呼ぶ声が聞こえた。

 おいおいマジかよ…。綾小路の後ろからゾロゾロとやって来くるのは、三人の男女。


 一人目。金髪に染められた髪は前髪が飴細工のように固めて上げられており、釣り上がった目尻は狐のように尖っている。


 名を《井出洋介(いでよすうすけ)》。


 二人目。この学校で最も綾小路と仲の良い女子生徒。髪は脱色さられておりウェーブがかけられている。こちらもやはり目付きが悪く、短いスカートにでかい胸。


 名を《真宮愛華(まみやまなか)


 三人目。大ノ宮高校二学年スクールカースト第一位。誰にでも人当たりがよく、男女共に人気が高い。

 拓以上の爽やかな顔付きで、文武両道、成績優秀、眉目秀麗。人間を褒め称える四字熟語全てが似合うと心の中で勝手に解釈しているこの男。


 名を《十文字昴(じゅうもんじすばる)



 そして今の三人に加え、綾小路由奈。



 我がクラス二年A組のトップ集団の《十文字グループ》がこちらに近寄って来たのだ。


 ひぇ〜、俺、綾小路以外のこいつら苦手なんだよなぁ。


 春咲さんは俺の両肩を掴みながら後ろにサッと隠れた。確かに春咲さんもこのグループ苦手そうだな。

 しぁねぇ…春咲さんも怯えてるっぽいし、さっさと終わらせて…


「あれ!?由奈っちの元カレ、櫻葉くんじゃ〜ん!」


 …っ!!


 井出の声が聞こえた。決して悪気があって言ったわけでは無いだろうが、一瞬だけ体が軋む。

 すると井出の隣にいた真宮がその言葉にいち早く反応し、井出をひと睨みした。


「井出マジそういうのやめろ。由奈が可哀想じゃん!」


 俺じゃねぇのかよ、クソビッチが。


 俺は十文字に視線をずらした。


 すると十文字も何故かこちらを見ていたようで、視線どうしがぶつかり合う。

 俺の視線に十文字は気づくと、奴は俺に微笑んだ。俺も苦笑で返す。

 なんで俺を見てんだ?

 いや、十文字が見てたのは俺じゃなくて…。


 俺は自分の背中にピタリとくっつく子を見た。


 この子(春咲さん)か?



「んで、なに?綾小路…。」


 俺は綾小路に向かって言った。向こうから話しかけてきた訳だし、用があるなら早く済ませて欲しい。


 綾小路だけなら全然構わない、って言うかむしろOKだが他の奴らは苦手なのだ。

 もうね。ちょっとジャンプしてみろなんて言われたら喜んで飛んじゃうよ?

 それとリア充オーラプンプンだし。リア充死ね。


 綾小路は唇に手を当て、『んー』と言った。

 綾小路は俺の方を向き、ニッコリと笑った。一歩二歩と俺の前まで近づき、俺と春咲さんを交互に見る。

 綾小路口を開いた。


「なんで栄太郎君と春咲さんが一緒にいるのかなって。」


 …?


「なになに、由奈っち、嫉妬してんの!?」


 井出が綾小路を茶化すように言うと、綾小路は顔を真っ赤しにして大きくかぶりを振った。


「い、いや!!そんなんじゃないって…私から振ったのに、嫉妬とかって出来る立場じゃないけど…なんだか気になっちゃって…。」


 まじで?嫉妬してんの?

 いやいや、騙されるな俺。そんな訳ないだろ。

 拓にも言われてきただろ。俺は振られてんだ…。


「ねえ、どうなの栄太郎君?」

「え、ええと。」

「付き合ってないよ。」


 そう答えたのは、俺でも春咲さんでも無い。

 答えたのは一歩後ろで俺達の会話を聞いていた、このグループの中心人物、十文字だった。

 十文字は俺達のの近くに寄ってくる。


「櫻葉と春咲さんは付き合ってない。でしょ?櫻葉。」


 十文字は爽やかな笑顔を俺に向けてくる。

 俺は黙って冷や汗をかきながらコクリコクリと頷いた。なんでこいつが答えたのかは知らないけど、なんだ助かった気がする。俺は視線を直ぐに十文字から綾小路にずらした。

 綾小路は俺と目が合うと、視線をずらし、頬を赤らめながら言った。


「へぇ、そうなんだ…。付き合ってないんだ…。ふふ。」


 おいおい、なんだよその顔。もしかしてまだ…


 まだ…未練とか残ってたりすんのかな?


「じゃ、じゃぁ悪いけど…俺達行くわ。行こうぜ、春咲さん。」


 春咲さんは俺の制服をぎゅっと掴んだまま、コクリと頷いた。

 十文字グループの間を通り抜け、俺達は移動教室へと向かった。




 俺はもうその場に居なかったので、どんな会話が繰り広げられていたかは知らない。

 こんな会話が繰り広げられていたなど、知る由もなかった。


「ねぇ由奈。櫻葉の奴、まだあんたに未練残ってるっぽいけど?」


 真宮が綾小路の肩に手を置き笑いながら聞く。

 綾小路は俺と春咲さんの背中を見つめながら、こう答えた。


「……どうして?」


 綾小路の目に光は灯っていない。どこか黒く濁っており、『どうして?』という返答は、真宮が問いかけた質問の答えではなかった。


「え?…いやだから、アイツまだ未練が…?」

「……私のはずなのに…」


 より冷ややかな声が綾小路の口から発せられる。真宮はそっと綾小路の肩から手を外し、彼女の顔を覗き込んだ。

 恐る恐る真宮は尋ねる。


「由奈…なんか怖いよ?」


 ようやく真宮からの問い掛けに気付いたのか、綾小路の目は直ぐに光を取り戻し、視線に真宮を捉えた。

 ニコッといつもの可愛らしい笑顔を向け、顔の前で両手を合わせながら真宮に言う。


「…え?あぁ、ごめん!ちょっとボーッとしてた!」

「そ、そうだよね。なんか怒ってるのかと思った。」

「怒ってなんかないよー!」


 そんな会話が繰り広げられていた横で、井出が十文字に口を開く。


「ところで昴っち。なんで櫻葉くんと日陰姫が付き合ってないってわかったんだよ。」

「わかるでしょ雰囲気で。多分普通に友達同士だと思うよ。それと…」


 十文字の目は、先程の綾小路と同様に光を失った。

 まるで感情などどこかに捨てて来てしまったかのように、冷酷で、残酷な視線を井出に向けた。


「春咲さんのことを日陰姫って呼ぶのはやめろ。」


 井出は十文字の目に映った自分の驚いた表情をみて、無意識に一歩下がった。冷や汗をかきながら、十文字に聞く。


「す、昴っち…怒ってる?」

「あはは。いや、ただそういう悪意のあるアダ名はやめろってことさ。ゴメンな、強い言い方して。」

「あっ、いや俺が悪かったっつーか…。」


 そうだ…こんな会話があったなんて、俺は知らなかったんだ。

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