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第二十四話 拓と陣子と口喧嘩

『今夜は寝かさないぜ☆エータローくん!!』


 俺、市山拓は部屋に備え付けられているコップを壁にかざし、隣の部屋の様子を音で想像する。いやはや全く、酔った春咲さんに困惑するエータローのアホヅラを見れないのは残念だが、あの場に俺が残るのも野暮だろう。しかしエータローの事だ、九割九部春咲さんに手を出すなんてことはしないだろうな。イエス美少女ノータッチ。

 そんなことを思いながら俺は壁からコップをはずし、一度宙に放り投げ横殴りでキャッチする。それを机の上に置いた。

 部屋を見渡せば、俺と同じようにこちら側の部屋に避難した陣子が布団の片方側に仰向けで倒れ込んでいた。酔っ払った春咲さんを温泉街からここまで運んだのだから、無理もないが。さすがにコップを壁に当てていない状態では向こうの部屋の話し声は聞こえず、布団に寝転がる陣子と俺は言葉を交わさない。夜の旅館に相応しい、静寂が部屋を包んだ。

 俺も陣子の隣に寝転んでもいいが、あれは本来春咲さんの布団だしな……どうしたもんか……。すると陣子がおもむろに、言葉を放った。


「安心しろ童貞。そっちはあたしの布団だ。今あたしが寝転んでる方が、ひなったんの布団」

「驚いた。お前がそこまで気を回せる奴だったとは」

「今更気づいたのか?もう十年以上の付き合いだってのにな」


 陣子が鼻で笑ったので、俺も軽く笑った。『ああ〜!』と呻き声を漏らしながら、陣子が寝転んでいる布団の隣の布団に身を預ける。商店街の福引の金賞だったもんだから、やはり部屋の布団も質がいい。枕に顔の半分が沈み込む。

 両手を頭の後ろに回し、朧気に光る電気を眺める。そして、言った。


「なあ陣子。一つだけ質問いいか?」


 すると、いつもの陣子の皮肉な笑いを含んだ声が帰ってくる。


「どうした、改まって。スリーサイズと体重以外なら教えてやるよ」

「……。B79、W57、H……」

「おい待てなんで知ってる」

「なんでだろうな」

「出所を吐かないとお前をここで殺すぞ」

「……あれから、秋人さんから連絡はあったか?」


 茶番は出来るだけ早く済ませたかったので、俺は早めに本題へと入った。

 聞くと、陣子の声が少しだけ無粋なものになる。


「“アイツ”からか?来てないよ。もしかしたらこの間の訳わかんない電話も、あたしの聞き間違いだったのかもしれない」

「アイツ……ね。酷い言い方だ。実の兄貴に」

「実の兄貴だとしても、今はもう他人だ。なんせ、縁を切ったんだからな」

「ホントにそうなのか?」

「なんだって?」


 陣子はいつの間にか上半身だけを布団から起き上がらせ、俺をギロリと睨んだ。俺も陣子の目を見据え、続ける。


「俺にはどうも、そうは見えない。なあ陣子。俺はお前が秋人さんをどれだけ慕っていたか、どれだけ自分の兄貴を大事にしてたか、誰よりも知っているんだよ。この前連絡が一度だけあったと俺に報告してきた時のお前は、どこか嬉しそうだった……。三年も前に縁を切って音信不通になった実の兄貴からの電話に、お前は喜んでたんだ。この意味、分かるだろ?」

「お前にあたしの何が分かる……」

「分かるさ。十年以上の付き合いだ」

「そうだな。けど、だからなんだ?お前の家族に、勘当した奴はいるのか?いないだろ。アイツは……秋人は自分から家族の縁を切った。その時のあたしの気持ちは……アンタには分からない……!!」


 陣子のいい加減な言い方に、何故か俺は少しだけ腹がたった。

 俺も布団から上半身を起き上がらせ、少しだけ声を大にしながら抗議する。


「お前の考えてることくらい分かるんだよ、陣子!!お前が秋人さんを今も心配してる事も、連絡があって内心すげー喜んでることも、全部わかる……!なあ、陣子。お前はまだ秋人さんのことを……」

「なんでも分かったフリすんなつってんだよ!!!」


 陣子の激昴が俺の耳に響いた。隣の布団に再び寝転がった陣子は俺に背を向け、こちらに目を向けようとはしない。

 そして自嘲気味に笑いながら、陣子は言った。


「なんだ?随分と人の事気にする余裕があるな。そうだよな、お前は不自由なんて一切してない。櫻葉の件だって、ひなったんの件だって、お前は隣でそれらしい言葉を並べてるだけだもんな」

「なんだと?」

「……楓ちゃんに告白されて振ったらしいじゃん」

「突然どういうつもりだ。今は関係ないだろ」

「関係なくないさ、お前の話だ」

「昔の話だ」

「あー、そうだな。昔の話だ。昔の話なのに、あたしはそんな事一言も聞いてないぞ」

「言う必要も無かった」

「なら、あたしもお前に何か言う必要はない」


 陣子の口からそんな言葉が発せられた瞬間に、俺の拳に痛みが走った。それと同時に大きな音。俺はいつの間にか畳に自分の拳を叩きつけていた。

 陣子の体がビクッと震え、恐る恐るこちらを振り向く。


「それとこれとじゃ話の規模が違ぇだろ!!もうガキじゃないんだ、ムキになってんじゃねぇよ!!」


 言うと、陣子も再び声を上げた。睨み付けるように俺を捉えるその瞳には、涙が混じっている事に、俺は気付かなかった。


「だったらお前も……、あたしに全部言えよ!!自分は何も話さなかった癖に……!!自分じゃ何も出来ない癖に……!!あたしがいつ、お前に話を聞いてくれてなんて言った!!?三年前に兄貴がいなくなった時、お前があたしに何が出来たんだよ!!あたしは……!!ああ、クソ!!」


 陣子の瞳から零れ落ちた涙が布団に染み込む。陣子は何度も涙を拭うが決してその涙が止まることはなかった。

 俺は陣子に、そっと手を伸ばす。



 『三年前に兄貴がいなくなった時、お前があたしに何が出来たんだよ!!』



 俺は……なにも出来なかったのか……?

 三年前に秋人さんがいなくなった時、俺はコイツに何をした?分からない。

 今だって、陣子の涙を止める為に何をしていいのか分からない。たった一人の幼馴染の女の子を励ます事も、慰めることも出来ず、ただ怒鳴っただけじゃないか。


 俺は今まで……何をしてきた……?

 エータローに言った言葉も、春咲さんにかけた言葉も……全部口からの出任せなのかもしれない。ただ隣で善人面して、なにもしちゃいない。

 俺はただ、いい格好したかっただけなのか?誰も俺の事なんて、見ちゃいないのに。


「おい、どうした……?」


 ドアのノックされる音と同時に、エータローの声が聞こえた。

 俺と陣子は一度顔を見合わせるが視線そらし、俺はできるだけ平常心で答える。


「なんでもない。じゃれあってただけだ。春咲さんは大丈夫か?」

「あ、ああ……、もう寝てる。ほんとに大丈夫か?拓と……菜月も」

「大丈夫だよ。早く寝ろ、櫻葉」


 陣子はそう答えると、俺に背を向け再び布団の中に潜った。

 エータローが俺達の部屋の前で立ち尽くす気配が無くならないまま、俺も布団の中に入り、そっと目を閉じた。

心理描写が難しいです……。


2人が喧嘩している間に栄太郎と日向がナニをしていたかは番外編で書ければと思っています。



次回から新章【菜月兄妹編】です。




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