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第十九話 夜空に咲く七色の花

「お〜い!エータロー!」


 俺と綾小路が大ノ宮神社を少し進んだ先にある高台近くの議員専用の花火観覧席に入ると、少し離れた所から拓が手を振っているのが見えた。俺も手を振り返し、隣にいる綾小路に『行こう』と手で示した。

 頭上に貼られた糸からは提灯が垂れ、大ノ宮市を一望出来る塔も近くに立っている。

 紫色の布がかけられた四人用のベンチが二台並べられており、右手には十文字、井出、真宮。左手には拓、菜月、春咲さんが既に腰をかけていた。綾小路は十文字達の方へ、俺は丁度空いていた拓と春咲さんの間に腰をかける。


「わりぃわりぃ、間に合ったよな?」

「ギリギリセーフだ。ったく、もっと余裕持ってこいよ」

「はは……」

「……?」


「由奈っち、櫻葉っちと何話してたんだよ〜!!」

「なんでもないよ、ただ二人で談笑してただけ」

「これ、ワンチャン復縁あんじゃね?」

「……ふふ」


 ふん。と鼻を鳴らし、俺はこれから花火で照らされるであろう夜空を見上げた。星がポツリポツリと輝いて見えた。大ノ宮市がいくら都心では無いとはいえ、星が見えるのは珍しい。


「櫻葉くん、間に合ってよかったです」

「ん?あぁ、ほら言ったろ?花火までには戻って来るってさ。俺は約束を守る男だからな」

「ふふ……。あの、一体なんの話をしてたんですか?」




 ****




 無神経にも、そんな事を聞いてしまいました。

 櫻葉くんは夜空から視線を私に変えて、ニコッと笑います。


「なんでもねぇよ」

「……そうですか」


 でも、それなら。


 どうして、そんなに辛そうに笑ってるんですか?


 私は、櫻葉くんのそんな顔、見たくないです。




 ****




「お〜!!花火が上がったぞ!!」


 誰かがそんな声を発した。俺は直ぐに視線を夜空へと移し、雲一つない夜空へと舞い上がっていく一筋の光を眺める。

 

 ドン!という音が、花火が散る音に遅れて聞こえてくる。

 黄色い花火が夜空に花を咲かせ、儚く消えていく。


「おぉ〜!!」


 という歓声が辺りから聞こえる。隣を見ると、うちわで自分の事を扇ぐ拓、両手を自分の腰を置いている位置より少し後ろに置いて、体を斜めにさせながら花火を見る菜月の姿が写った。

 彼らの顔は花火の色に照らされ、ほんの一瞬だけ顔に影が作られる。

 夜空は花を咲かせ続ける。青色、赤色、紫、緑、様々な色の花火が散り、止まることを知らない。

 時折流れてくるそよ風が、火薬の匂いを運んでくる。

 花火は菊型のものだけではない。ススキの様な花火が下から夜空へと伸び、大きく花火が垂れ下がっているよう見えた。

 合計で三百発近く花火が打たれるらしいが、一体どれだか予算がかかってしまうのだろうか。そんな事を考えている俺は、やはりロマンティックという言葉からは掛け離れた人間なのかもしれない。


 一呼吸置くように、打ち上げられる花火の勢いが止まった。最後に打ち上げられた花火の美しい煌めきが完全に消滅すると、今まで見上げていた夜空がより一層暗く見える。

 そして再び花火が上がる。連続して何発も打ち上げられ、夜空を覆い尽くした。

 手を伸ばせば届きそうだった。思わず夜空に手をかざしてしまうが、花火には触れられない。勿論触れてしまえば大火傷では済まないだろう。

 美しい薔薇には棘があるとは少し違うが、手が届かないから綺麗で、そして儚い。そしてそれに触れることは決して不可能だ。

 どんなに手を伸ばしたとしても、届かないものに届かない。

 花火が視野を覆い尽くし、俺はそれを無意識に眺める。

 ふと、隣から声が聞こえた。


「私、花火好きなんです」

「うん。俺もだ」

「ふふ、おんなじですね。こんなに広くて、何もない夜空に綺麗な花を咲かせて、沢山の人を優しい気持ちにさせられる。そしてその花が夜空に溶けてしまった時には、切ない気持ちになります。でもその切なさは、ただ悲しいだけじゃないんです」


 俺は不意に、花火から春咲さんに視線をずらした。

 春咲さんの顔は、花火によって様々な色に照らされる。彼女と花火を見比べ、思わずどちらを見ていいものかと頭を悩ませてしまう。


「切ないだけじゃなくて、なんだか勇気づけられるんです。もしかしたら私も、花火みたいに誰かを照らせるんじゃないかなって。誰かの幸せになれるんじゃないかなって」


 春咲さんは一度俯き、再び花が散る夜空を見る。


「けれど、やっぱり最後は消えちゃうんですね……誰かの幸せとか、希望って。ずっと一緒に居たい。ずっと隣にいて欲しい。そんな独り善がりな願いは、きっといつまでも続かないんです」


 笛を鳴らす様な音と共に、一つだけ、今までとは雰囲気の違う花火が上がる。『なんだ?』そんな拓の声と共に、俺は視線を夜空に移した。

 その花火が散ると、一際デカい菊型の打ち上げ花火が、七色を帯びて夜空に咲いた。

 歓声が巻き起こり、拓や菜月も興奮した声を出す。

 そしてその花火も、春咲さんの言う通り、夜空へと溶け姿を消した。


「櫻葉くんは……」

「ん?」


 春咲さんを見ると、どこか頬を赤らめているのがわかった。いくら花火に照らされているとはいえ、こんな暗所でも分かるくらいに。

 俺達は互いの目を見つめ合い、互いの瞳に映る自分の姿を眺める。


 そして、先程と同じ、七色の花火が夜空に咲く瞬間……


 春咲さんは、言ったのだ。




「櫻葉くんは……ずっと私の隣にいてくれますか?」




 俺は、この時になんと答えたのだろうか。覚えてはいない。

 ただ、春咲さんは俺にそう言ったあと、再び花火を見た。


「花火、綺麗ですね」




「あぁ……綺麗だ」





 ****






「じゃあ俺は、春咲さん送ってくから」

「おう。じゃあなエータロー。春咲さん」

「また四人で遊ぼうなー、櫻葉、ひなったん」


 菜月は先に帰宅している十文字達の後ろ姿を見て、俺に詰め寄り。


「よ・に・ん・で!!」

「分かったよ。分かった」

「分かったならよーし!じゃな、しーゆー」

「はいはい。またな」

「バイバイです。市山くん、菜月さん」


 拓と菜月は二人並びながら歩いていく。その後ろ姿を見つめ、俺は春咲さんに視線をずらした。


「行こうぜ」

「はい」


 夜の十時。俺と春咲さんは人気の少ない住宅街を歩く。

 夏の虫の声が聞こえて、吹く風も涼しい。ちょうどいい気温だった。

 

「今日は楽しかったな。春咲さん」

「はい、とっても……あの、櫻葉くん。さっきの事なんですけど……」

「さっき?」




 ────『櫻葉くんは、ずっと私の隣にいてくれますか?』




「……あ、あぁ!あれね、うんうん」

「あの……へ、変な意味で言ったんじゃないんです。その、なんて言うか……い、嫌ですよね、あんなこと言われて、すみません」

「い、嫌じゃねぇって。べ、別に普通だろ。誰かに一緒にいて欲しいって思うのは、普通だよ」

「いえ……私のは、多分違います」

「……?」

「櫻葉くん達と出会ってから、一人が怖いんです(、、、、、、、、)。このまま一人になるんじゃないかって、もう櫻葉くん達は私に話しかけてこないんじゃないかって……」

「な、なに言ってんだよ。そんなわけない」

「分かってます。櫻葉くんも、市山くんも菜月さんも、とても心が優しいです。私が頑張ったら『ナイスファイト』って褒めてくれます。私が落ち込んでたら『大丈夫だよ』って励ましてくれます。気持ちのいい人達です」


 春咲さんは足を止めた。俯きながら、震えた声で続ける。


「でも、世の中はそんな人達だけじゃないんです。櫻葉くんみたいな人達は、ほんの少数です。みんな私を『鈍臭い』って言います。『グズ』って言います。『陰キャラ』って言います。怖いです。誰かに陰口を言われるのも、背中を突き飛ばされるのも、足をかけられるのも、教科書や文庫本を水入りバケツに捨てられるのも、小学生の時みたいに、誰かの物に間違えて触っちゃって菌扱いされるのも……全部怖くて、嫌なんです」

「そんなの誰だってそうだ。そんな事されて嬉しい奴なんて一人も居ないだろ。もう誰にもそんな事させないよ。俺だけじゃない。今の君には、拓や菜月もいる」

「分かってます。でも、本当に不安なんです。また一人になるのが、いじめられるのが、裏切られるのが……」


 一呼吸置いて、春咲さんは俺の袖を掴んだ。


「お願いします。言葉にしてください……櫻葉くん。私を、一人にしないで下さい」

「……」


 心の傷は、癒えることはない。

 それは俺が、身をもって知っている。春咲さんの過去は知らない。十文字絡みで何かがあったのは確かだろうが、俺にはその過去に深く干渉して、春咲さんを救う事は出来ないのかも知れない。

 『君を二度と一人にしない』、口だけで言うのは簡単だ。しかし、それを俺は守れるのか?二度とってなんだ?春咲さんが自立するまでの期間か?それとも死ぬまで?

 前者だろうが後者だろうが、俺は無責任な発言は出来ない。


 綾小路一人大切に出来なかった俺が、なんの成長もせずに、そんな事を言える訳もない。春咲さんが恋愛的な意味で言った訳では無いのは分かっている。あくまで一人の友人として、心の支えになって欲しいという意味だろう。

 今まで春咲さんを庇ってきた時はあった。美術の時は我ながら勇気を振り絞ったと思っている。しかし、ファミレスの時のように綾小路の嫌われるのが怖くて、結果的に俺が春咲さんに守られてしまった。

 俺に、誰かを守れる力は無い。


 でも……



『櫻葉くんは、頑張りました』

『胸を張ってください。櫻葉くんは、私のヒーローなんです』

『櫻葉くん』

『櫻葉くん!』

『櫻葉くん?』

『櫻葉くん!?』

『えへへ……櫻葉くん!』



「俺に……無責任な発言は出来ない」

「……はい」

「でも……さ。無責任でもいいなら、俺は君を守ってやれるのかもしれない」

「……」

「君を守るとはハッキリ言えない。でも……俺は君を守りたい。君が俺の事を《ヒーロー》って言ってくれた時さ、すげー嬉しかった。こんな俺でも、頼りにしてくれてるんだって。……けど、ヒーローなんて言葉は俺には見合わない。だから……だからさ、俺以外の奴も頼れ」

「え……?」

「拓や菜月も、楓だってそうさ。四ノ宮に大槻さん、真宮も井出も……十文字や綾小路だって、いつか君の事を守れる存在になるのかもしれない。だから、もしどん底にもう一度落ちたとしても、俺“達”に手を伸ばしてくれ……!!」


 俺は春咲さんが握っている袖を振りほどき、春咲さんの小さな暖かい手を掴んだ。



「何度だって引っ張りあげる。約束だ」



 春咲さんは俺に手を握られたまま、俯く。


「ホント……ですか?」

「あぁ」

「ホントのホントに、私を守ってくれますか?私のそばにいてくれますか?」

「あぁ……。約束したからな」


 俯いた春咲さんから、鼻水をすするような音と共に、震えた声が聞こえてきた。


「……うぅ……ひっく、ぐす……あり……ありがとうございます……」

「おいおい、こんな所で泣くなよ」

「だ、だって、ホントに嬉しくて……!」

「あはは……」


 春咲さんの手を握ったまま、思わず吹き出してしまった。春咲さんは笑い出す俺を見ながら、頭にクエスチョンマークを浮かべて、首をかしげた。

 そして、春咲さんも笑い、俺達は再び足を進ませた。




 ****




「そろそろ着くので、もう大丈夫ですよ」

「あぁ、そうか」


 十五分ほど歩いたところで、春咲さんはそう言った。そして……付け加えた。


「あの……手を……」

「手?」


 俺は無意識に自分の右手に視線をずらす。……なん、だと……!!


 俺の右手と春咲さんの左手が繋がっているじゃないか。

 しかも指と指を交差させ絡ませた、所謂恋人繋ぎという代物だった。

 意識したせいか、春咲さんの手の温もりが俺の体に伝ってきた。


 離さなくてはならない。そんことを思うが、俺達はどちらともなく繋いだ手を離そうとはしない。

 俺達は住宅街の道の真ん中に立ち止まり、互いを見つめ合う。これ流石に照れくさいので視線を逸らした。だが……まぁ……

 俺は春咲さんの手を握る力を強めて、おもむろに言った。


「い、家の前まで送るよ……どうせここまで来たんだし」

「は、はい……!じゃあ、えっと、お願いします……」


 春咲さんも握る力を強めたのか、俺達の片手は力強く密着した。


 そして一、二分程歩き、春咲さんの家の前で立ち止まる。


 春咲さんの家は実に普通だった。赤い屋根の二階建ての家。ささやかに庭が備え付けられており、家の中は明るい。家族が居るのだろう。

 挨拶をするべきだろうか?

 いやなんの(白目になりながら)。


 そして俺達は互いに顔を見合わせ、ゆっくりと手を解く。

 吹いた風が、熱くなっていた右手を冷やした。春咲さんは名残惜しそうに自分の左手を見つめ、『ふへへ』と笑った。

 そんな姿を見て、かわいい、なんて思ってしまうのは、不思議なことだろうか。


「じゃあ、またな。春咲さん」

「……はい。バイバイ、櫻葉くん」


 俺は踵を返し、元来た道を歩いていく。


 すると、もう一度俺の背中に声が掛かった。


「バ、バイバイ……!……エータローくん……」


 ……っ!!


「バイバイ。日向」


 俺達は、どちらともなく笑い合った。


 さてと……綾小路の件も、早く決着を着けよう。


 自分の気持ちを整理して、先に進まなくてはならない。

 綾小路の事は、俺はまだ好きだ。綾小路も、多分俺の事がまだ……


 なにがあったのか調べなくてはならない。綾小路が俺に別れ話を切り出した原因は、一体なんだ?


 俺は日向の笑顔を見て、そして、手に残る日向の温もりを感じながら、そう心に誓ったのだった。





 ****






 ────大ノ宮市外。某所。




 僕はコーヒーを啜った。夏の暑い夜に飲むコーヒーも格別だ。


 二年前。あの子と夏祭りに行ったことを思い出す。あの時には十文字や、櫻宮さんも居たけど、正直僕と彼女だけで充分だった。


 春に咲く花、まるで桜の様に満開の笑みを浮かべ、何事にも一生懸命にやる、僕の想い人。


 あぁ、会える日が待ち遠しい。

 彼女を受け入れられるのは僕だけだ。彼女に『懐かれる』のは僕だけで充分なんだ。他には何も要らない。彼女だけが欲しい。


 今年の秋から冬にかけてのどこかで、僕は大ノ宮に戻る。

 両親の転勤先が再び大ノ宮に決まったのだ。


 もう誰にも邪魔はさせない。十文字にも、櫻宮さんにも……例え、この二人以外の人物が居たとしても。


「待っててね、春咲さん。僕が君を、守ってあげるよ」






 ────TO BE CONTINUED

 第二章はこれで終了です!


 まだまだ夏休み編は続きますが、栄太郎達の気持ちに一区切りが着いたので。


 いやぁ、栄太郎と日向が手を繋ぐところで作者ながら、『おい!お前ら早く付き合えよ!!栄太郎、お前綾小路の事はよ忘れろよ!』とか思っちゃったりしてました。

 知ってますか、読者さん?アイツら手ぇ繋いでる癖に付き合ってないんすよ!?

 こんな事許していいのか、嫌ダメだ。もうね……うん、ダメ。


 という訳でまぁ、シリアスなお話が続いていたので、最後でホッコリして頂けたら嬉しいです。

 まだまだ文化祭や、修学旅行、体育祭にクリスマスにお正月にバレンタイン。様々な行事が残っております……!


 第三章も、お楽しみに!

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