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第十四話 電話を切りたくないから

 どなたか……


 櫻葉くんの連絡先を知りませんか?


 夏休みの二日目に突入しました。実は今日、私の家の近くで小さな夏祭りが催されるのです。

 ……えと、それに櫻葉くんを誘おうと思って……。


 ち、違いますよ!?……日ごろ感謝というか、櫻葉くんと出会ってこの三カ月間、私は櫻葉くんにこれといったお礼が出来ていませんでした。


 こんな私なんかとお祭りなんて、辛気臭くて断られるかもしれませんが……。


 実は新しい浴衣も買いました。とっても可愛い朝顔が描かれています。髪留めもお小遣いで買っちゃいました。最近は毎日頑張ってお化粧も練習してます。……顔を隠してる眼鏡も、お祭りには取っていきたいです。そ、それと前髪も上げて……!

 

 綿菓子を二人で分けたりしてみたいです。かき氷を『美味しいね』って言いながら食べたいです。金魚すくいでどっちが多く取れるか、なんてこともしてみたいです。


 色々思い浮かびます。


 そして意を決して昨夜電話しようと思いました。

 その時に気付いたのです。


『私……櫻葉くんの連絡先知らない……。』


 困りました。連絡先の交換なんて滅多にしません。

 登録されているのはお父さんとお母さんと家……あと二人いるのですが、これは今は紹介する必要は無いです。多分向こうは私の連絡先を消しています。


 菜月さんと市山くんのも知りません。……どうしましょう。

 

 そうです。放課後に櫻葉くんや皆と一緒に行った事のある場所に行ってみましょう。もしかしたら誰かに会えるかもしれません。


 私は部屋にある鏡に全体像を映します。短パンにTシャツ。いつもならこれで外に出るのですが。

 ……ちゃんと着替えましょう。櫻葉くんに嫌われ……いえ、外に出るのなら着替えるのは普通なのです。


 白いワンピースに着替えて、麦わら帽子を被ります。肩掛けのカバンを用意して、お財布とスマートフォンを入れます。完璧です。どなたか褒めてください。



 家を出てまず最初に着いたのは、櫻葉くんが何度か連れてきてくれる学校近くの喫茶店です。

 《オレンジ》という喫茶店で、中の構造がとてもオシャレです。樽を利用した傘置き場や、表紙を見せるように置かれている木製の本棚。


 ここのウィンナーコーヒーは絶品でした。そういえば私は最初ウィンナーコーヒーにはウィンナーが入ってるものかと思ってました。櫻葉くんには笑われてしまいましたが、ちょっと失礼です。

 《オレンジ》の中を覗きますが……ダメです。いません。


 次。菜月さん行きつけの駄菓子屋さんです。

 優しいおじいちゃんとおばあちゃんが二人で経営しています。菜月さんとは菜月さんが小さい頃からの知り合いらしいです。

 中を見てみますが、いません。


 すると、レジに立っていた女性が話しかけてきました。


「おやおや、陣子ちゃんのお友達じゃないかい?いらっしゃい」

「あ、えと……こんにちは」

「ふふ……なにか探してるようだけどどうしたんだい?」

「さ、櫻葉くんを……今日は来てませんか?」

「櫻葉……あぁ!あのいつも陣子ちゃんと市山くんにイジられてる」


 凄い覚えられ方です。事実なのが悲しい。


「申し訳ないけど、今日は来てないねぇ……」

「そ、そうですか……ありがとうございます」

「ふふ、青春だねぇ」

「え?」

「いや、なんでもないよ」


 私は駄菓子屋さんを後にしました。

 駄菓子屋さんで買った棒付きのアイスをペロペロと舐めながら次の場所に向かいます。


 次に着いた場所は、市山くんに聞いた《大ノ宮神社》です。

 ここには中学時代の学校帰りによく櫻葉くんと一休みしていたそうです。


 蝉の音がとってもうるさくて、辺りは木々に囲まれているとても自然豊かな場所です。

 神社の中まで入りますが、櫻葉くんの姿は見当たりませんでした。

 ……疲れました。私はベンチに腰を掛けます。



 最近……毎日がとても楽しいです。

 

 櫻葉くんと出会って、市山くんと出会って、菜月さんとも出会って。三人ともとっても優しくて、私を受け入れてくれました。


 それがホントに嬉しくて……温かくて……。


 心の底から笑えている気がします。


 櫻葉くんの、元カノさんの綾小路さんともぶつかりました。とても怖くて……その場から逃げ出したくもなりました。

 けれど、他の三人を馬鹿にされるのがどうしても許せなかったんです。


 三人のお陰で、クラスの女の子とも少しだけ話せるようになりました。

 『櫻葉くんと付き合ってるの?』なんて聞かれた時は顔から火が出るかと思いましたが、決して悪い気はしませんでした。


 櫻葉くんは私の隣に居てくれます。私に手をさし伸ばしてくれます。私を笑わせてくれます。私の頭を撫でてくれます。


 それが嬉しくて、櫻葉くんに褒められないかな?って思ってしまいます。えへへ……なんか犬みたいですね。恥ずかしいです。





「あっれ〜?春咲さん?」





 ほえ?


 名前が呼ばれたので、その方へ視線を向けました。……この方は……。脱色されたウェーブのかかる髪の毛。ショートジーンズの上に切れ目が入った露出度の高い黒いTシャツを着ています……お胸を大きくて、なんというか、とてもせくしーな服装です。

 私は私を呼んだ方の名前を呼びます。


「えと……真宮……さん?」

「そうそう!知ってんだ!?」


 思わず体が震えてしまいます。十文字くんと一緒に居る方達は苦手です。


「んで、こんな所でなーしてんの?春咲さん」

「……い、いえ。なにも」


 真宮さんはお化粧をした綺麗な顔で私の顔を覗き込みます。私は眼鏡を掛け直し、顔を俯かせます。

 怖い。怖い怖い怖い怖い……!

 

「ねぇ、春咲さん」

「は、はい!!ごめんなさい……ごめんなさい……い、痛いのは……!」

「春咲さん…」


 真宮さんの声が聞こえます。……櫻葉くん、助け……



「あたし、春咲さんになんかしたっけ?」



「……え?」


 真宮さんは右手で頭を掻きながら答えます。


「いや、なんかさぁ。春咲さんあたしに凄いビビってない?……そりゃあこの格好とか見た目は傍から見れば怖いだろうけど、あたしだってオシャレでやってるんだから、怖がられるとこっちがショックって言うかさ……」

「…ふえ……あの、ごめんなさい」


 真宮さんはニヤリと笑います。


「分かればよろしい。隣座ってもいい?」

「……えっと、はい」

「うんしょ」


 真宮さんは私の隣に勢いよく座りました。ポケットからガムを取り出して口に放り込みます。『食べる?』と聞いてきたので、一つだけ貰いました。

 ……辛いです。ミントが強い。


「春咲さん、八月の初旬から中旬に掛けてここの神社でお祭りやるの知ってる?」

「え……そうなんですか?」

「そうそう。うちの親父市議会議員でさ、お祭りの手伝いに行けーってうるさいんだ。仕方なく来てやったけど、まだ準備始まってなかったし……ほんとムカつくわあのクソ親父」

「市議会議員……凄いですね……」

「だっしょー?井出とかに言っても、『ナニソレオイシイノ?』位しか帰ってこないからさ〜。春咲さん頭よくて助かるわ〜」


 真宮さんはこんな事を私に話しています。なんの意味もない、普通の会話です。

 今まで怖がっていた真宮さんとこうやって話すのは、なんだか不思議です。


 真宮さんは横目でチラチラとこちらを向きます……なんでしょう。

 真宮さんは空を眺め、蝉の鳴き声にかき消されてしまうほど小さな声で


「ごめん」


 と呟きました。

 真宮さんは続けます。


「春咲さんが小村達にイジめられてるってことは、最初の方から気付いてた。あいつらめんどくさいっしょ?人の顔色伺って、群れて強くなった気でいる。あたしらが一喝してやればイジメはその場で治まったと思うんだ……ごめん」


 悔しそうに真宮さんは俯きました。私はどうしていいか分かりません。


「あ、あの……謝らないで下さい。みんなそうしてました。仕方の無いことです」

「それが悔しいんだよ。みんながやってるから自分もそうする。人間ってそんなもんだけど、それがなんだか気に入らない」

「……優しいんですね、真宮さんは。そう思ってくれるだけで、私は嬉しいです」


 そう言うと、真宮さんはビックリした様子で私を眺めました。


「なんか、菜月が春咲さんを抱きしめたくなる気持ちが分かる気がする。めっちゃ素直で可愛い。ハグしていい?」

「だ、ダメです!!」

「とか言って〜!櫻葉とは毎日抱き合ってんだろ!?」

「なんで櫻葉くんが出てくるんですか!?」

「あれ?付き合ってないの?」

「つ、付き合ってません!」


 真宮さんは『なんだよ』とつまんなそうに元の位置に戻ります。

 再び真剣な顔で私を見つめます。


「由奈の件に関してもごめん。止められなかった」


 由奈。綾小路さんのことでしょう。多分真宮さんが言ってるのはファミレスでの事だと思います。


「い、いえ。ちょっぴりビックリしましたけど……」

「元々はあんな子じゃなかったんだ……由奈はあんな事する子じゃない」

「そうなんですか?」

「うん……由奈が変になり始めたのは、去年の十二月頃だよ。なにがあったのかは知らない……櫻葉と喧嘩をした訳でも無さそうだったし……」

「十二月……」


 一瞬の沈黙が流れます。

 ……日が落ちてきてしまいました。多分家の近くのお祭りは……もう始まっています。結局、櫻葉くんとは会えませんでした。


「そうだ。春咲さん。なんでここに居るかって聞いたっけ?」

「え?……えと、櫻葉くんを探してて……」

「櫻葉?連絡すればいいじゃん」

「連絡先を知らないんです」

「あぁ……ほら」


 真宮さんのスマホには、櫻葉栄太郎と表示された連絡先が現れました。


「これ、櫻葉の連絡先」

「……し、知ってるんですか!?」

「ん?あぁ、まぁ一応由奈と付き合ってた頃に聞いた。まぁ一回も連絡したことないけど」


 私は櫻葉くんのSNSのQRコードを真宮さんに貰うことが出来ました。登録するのは帰ってからにしましょう。

 見ると、真宮さんがニヤケ顔で立っています。な、なんでしょう?


「櫻葉、好きなの?」

「ち、違いますよ!」

「え〜!もっと青春しようよ〜!」

「ちゃ茶化さないでください!!」


 なぜだか、真宮さんと仲良くなれた今日のこの頃。





 ****




 その夜。私は自分の部屋で早速櫻葉くんのSNSのQRコードを登録します。

 ピロリン、という機械音と共に私の名前に連絡先が追加されました。


 家

 お母さん

 お父さん

 〜〜〜くん

 櫻葉くん

 真宮さん

 〜〜〜さん


 ふ、二つも……。凄いです。成果です。


 ぷるるるる


「きゃっ!」


 突如携帯が鳴りました。見ると、《櫻葉くん》と書かれています。

 私は携帯を取りました。


「あの……もしもし?」

『え?まじ!?春咲さん!!?突然追加されたからもしかしてって思って電話したけど、どうやって俺の連絡先知ったの?』

「ええと、真宮さんから……QRコードを」

『え?真宮!?……QRコード……あのアマ!俺より早く春咲さんと連絡先交換したのか、許さん!!』


 ふふ。まだ夏休みは二日しか経ってないのに、なんだか櫻葉くんの声が懐かしく感じます。


 ……けれど、やっぱりお祭りに行けなかったのは悲しいです。家の近場だけあって、盆踊りの太鼓の音が微かに聞こえます。

 新しく買った浴衣も、髪留めも……無駄になってしまいました。


『いやぁ良かったよ春咲さん。俺もどうやって連絡先知ろうか考えててさぁ』

「そうなんですね」

『ん?テンション低いけど?』

「いえ」

『あぁ、それでさ春咲さん。もし空いてたらでいいんだけど、今度やる《大ノ宮神社》の祭り、一緒に行かね?拓と計画しててさ、あと菜月も誘って』

「え……!」

『いや……かな?』

「い、いえ!!行きます!!行きたいです!!」

『そうこなくっちゃ!じゃぁ後で拓と菜月の連絡先も渡しとくわ』

「はい」

『あ、そういや聞いてくれよ。昨日四ノ宮と大槻さんに会ってさ……』


 ふと時刻を見ると、もう十二時を回ろうとしていました。眠気が私を襲います。

 イヤホンをスマホに差し込んで、自分の耳に付けます。ベットに頭から突っ込んで、ゆっくりと掛け布団に入ります。

 こうしていると、櫻葉くんの声がよく聞こえます。優しくて、温かくて、落ち着く声が。


『そんな訳で、今度四ノ宮達も入れてみんなで遊ぼうぜ』

「い、いいですね。楽しみにしてます」

『んじゃ、もう遅いから切るぞ』

「……はい。おやすみなさい」


 『もっと話していたいです』、『もっと櫻葉くんの声が聞きたいです』。そんな言葉は私の喉に引っかかって、とても出せるものではありませんでした。


 櫻葉くんの声を聴けるのは、次はいつだろう。そんな事を考えてしまいます。


「『……』」


 櫻葉くんとの通話がまだ切れていませんでした。


『……切らないの?』

「電話してきた方が切るのが常識です」

『いや……まぁそうなんだろうけどさ……』


 私は掛け布団を頭まで被って、スマホの画面を眺めます。


「『あの……!』」

「『あ……』」


 声が被さりました。私は口を尖らせて、言います。


「櫻葉くんからどうぞ」

『俺はレディーファーストを重んじているのでね。春咲さんからいいぞ』

「櫻葉くんのそんな信条初めて聞きました」

『たった三ヶ月で俺という深い人間を知れると思うなよ……ふふ』

「……じゃあ、一緒に言うのはどうですか?」

『む……よし、じゃぁせーので行くぞ。』

「はい」

『せーのっ!』





 ────「『もっと話していたい(です)』」




 

 驚きました。そして何故だか、とても……嬉しいです。


 櫻葉くんも驚いているようで、控えめな声で言います。


『じゃあ……もうちょっと話そうぜ』

「……はい!」


 こうやって話している内に、もっと物足りなくなってしまいます。


 櫻葉くんに、会いたい。


 会って笑い合いたいです。会って頭を優しくて撫でて欲しいです。


 櫻葉くんと会える日が待ち遠してくて堪らなくて、そんな事を思って話している内に……


 ゆっくりと、朝日が顔を出し始めました。

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― 新着の感想 ―
[一言] おめーら、可愛すぎだろオォォォォ
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