第十三話 気に食わない
夏休み編開始です!
俺、《四ノ宮伊月》は同じクラスの櫻葉栄太郎が気に食わない。
先に言っておこう。俺は決して奴に嫉妬という醜い感情を向けている訳では無い。『先を越された』という描写が正しいのだろうか。
まぁ簡単に言うと……俺も春咲さんに話しかけたかった。
春咲さんが小村とかいう女子生徒達からいじめられていたことは知っていた。このままではいけないと思ってはいたのだが、やはり行動に移すとなると難しいものだ。
小村達はクラスでもスクールカースト上位陣。奴らに逆らえばどんな仕打ちが待っているか想像しただけで失禁ものだ。
そんな事を思っていた六月の上旬。朝のホームルーム前に事は起きた。
『拓!いちご牛乳飲まね!?』
そんな櫻葉の声がクラス中の生徒の耳に届いた。
見ると、あの櫻葉が春咲さんの隣で彼女を庇おうとしていたのだ。
結果、櫻葉、市山、春咲さんの三人は遅刻してしまったが……そこから全てが変わった!!
美術の一件の時は菜月さんとかいうちょっと、いやかなり怖い人を味方に付けて小村グループを圧倒してたし、そこからさらにあの二人の仲は良好になっている気がする。
しかしなぜだ?櫻葉は春咲さんの隣の席だったにも関わらず、いちご牛乳の件以前は春咲さんに関わりはして無かった。それなのになぜ突然……?
七月の下旬。夏休みが始まり一日目。俺は自宅に幼馴染でありクラスメイトの《大槻穂波》を招いてこんな話をした。
穂波はポテトチップスをコーラで流し込み、それを飲み込んだ。
「まぁ伊月が言いたいことは分かるけど〜、それは櫻葉くんより早く行動しなかった伊月が悪いんじゃないのかな〜?」
「行動をしなかったんじゃない。タイミングを見計らってたと言え」
「『理屈と膏薬はどこにでも付く』って言葉あったよね〜」
「古い言葉だ。俺はそんなものに流されん」
こんなくだらない言い争いをするのはいつもの事だ。特に穂波との会話に労力を要することはない。
穂波は少しだけふくよかではあるが、その方が健康的に見えて俺は好きだ。細いモデルなどを見ているとどうしても心配になってしまう。
うなじ辺りまであるポニーテールを穂波はいじる。再びポテトチップスを口に放り込んだ。
俺も乱暴に五枚程同時に口に入れる。
「つ・ま・り〜、伊月は櫻葉くんが嫌いってこと〜?」
「違う。嫌いなわけじゃない、気に食わんのだ。俺の方が先に話しかけようと思ってたのに」
「じゃあ春咲さんが好きなの〜?」
「む……」
穂波の口調は穏やかだ。だがあまりにこいつの話し方を聞いていると、微睡みに襲われることもしばしばある。
俺は取り敢えず穂波の最後の質問を無視して、口を開いた。
「穂波。考えてもみろ。噂で聞くと、櫻葉と春咲さんは二人きりで帰宅する事もあるらしいぞ?加えて、学校の近場の喫茶店に二人で居たという噂もある」
「うんうん」
「そんな事を続けていれば、二人は今以上に仲良くなるのは間違いないよな?」
「うん……う〜ん?」
「そんな時、もし二人のどちらかが行動に出たとしたら?断る理由なんてないじゃないか!……っうわあああ!!」
「伊月うるさい」
「すまん」
怒られてしまった。
「櫻葉くんと春咲さんがお互いを好きだっていう証拠はないでしょ?櫻葉くんって春咲さんと一緒にいることはあるけど、菜月さんや市山くんといる時もあるよ?」
まぁ一理ある。
春咲さんが誰かと一緒にいる時は基本的に櫻葉なので、そう思ってしまったのかもしれない。
俺は櫻葉とあまり関わったことはないのだ。
「穂波。櫻葉と話したことは?」
「うーん。何回かくらいだね〜、でも櫻葉くん、最近女の子達の間で話題になってるんだよ」
「なに?」
「ほら、美術の時さ、櫻葉くん春咲さんを庇ったでしょ?その時に小村さん達に苦手意識を持ってた女の子達がね、ちょっとカッコイイって言ってた」
なにぃ?
穂波は両手を指を絡ませてくっ付け、それを頬の横に置いた。そしてちょっとだけテンションの高い声で
「『私も春咲さんみたいに守られた〜い!!』だって。女の子はみんなお姫様なんだね〜」
「ふん。吊り橋効果だ。プラッシーボ効果だ。バーナム効果だ」
「ちょっと違う気もするけど……」
なんとも。櫻葉の奴は春咲さんだけに留まらず他の女子生徒からも好感を受けているとは……ますます気に入らん。
穂波は俺をジッと見つめ、柔らかな口調で進める。
「それに、別に今からでも遅くないでしょ?」
「どういう意味だ?」
「友達は一人じゃない。今からでも春咲さんに話しかければいいじゃない」
「……櫻葉に負けた気がする」
「強情だねぇ。向こうはなんとも思ってないと思うよ〜」
「それがさらにムカつく!!」
穂波はケタケタ笑いながらポテトチップスの袋に手を突っ込んだ。再び手が出された時には、その手の中にポテトチップスは入っていない。
穂波は名残惜しそうに呟く。
「ポテチ……無くなった。伊月、買いに行こ」
「……食いすぎだ」
「もう太ってるからいい」
「年頃の乙女がそんな自虐を言うな」
まぁいいだろう。近場のコンビニに行くことにした。俺もベビーカステラが食べたくなったので、仕方なく重い腰を上げる。
セミの声が騒がしい夏の昼間。コンビニは歩いて五分程度ではあるが、そこまで行くのにも汗が吹き出て仕方ない。
穂波がいつ来てもいいようにポテトチップスは買い貯めてこう。そう決心しながらコンビニへの道を歩く。これはあれだ、なにかの苦行だ。
コンビニが見えてきた。穂波の歩くスピードが早くなるので、それに追いつこうと懸命に俺も足を動かす。
「ゴール!」
「あ〜、涼しい」
コンビニに入ると冷たい風が俺達を冷やしてくれた。
ポテトチップスを数袋持ってレジに並び、購入してコンビニの外に出る。
穂波が俺の袖をクイクイ引っ張る。なんだ?
「噂をすればなんとやらだね〜、伊月」
……むむ。あれは!?
先程は気づかなかったが、コンビニの中に見えたのは二人。アイス売り場の前で『あーでもないこーでもない』と言い争いをする姿。
櫻葉栄太郎と市山拓だ。
「いんや、エータロー!ここはバリバリ君だ!譲れん!!」
「ばっかお前!折角なんだからもっと高いの選べよ!俺はこの……ハーケンタッツにするぜ。ついでにお前の分も奢ってやらない事もやぶさかではない」
「おまっ、エータロォォォォォォオ!!お前そんなもん買ったらこの夏休みどうやって生き延びるつもりだ!?」
「ふふ……今年の夏は親父の実家に帰るからなぁ。そこで小遣いを貰えるのさ!」
「チクショォォォォオ!!じゃあおれの分は抹茶味で頼むぅぅ!!」
なんて下らない会話なんだ……小学生か。金の心配するならバイトしろバイト。いや楽しそうだけど。
二人はレジに並び高いアイスを購入。コンビニを出たところで、市山は櫻葉に別れを告げて走って行った。すると……
櫻葉と目が合った。
「む。四ノ宮と大槻さんじゃん」
「やっほー櫻葉くん」
穂波が挨拶を返す。俺の名前を知っていたのか。俺も挨拶がわりに片手を上げた。
「春咲さんとは一緒じゃないのか?」
そんな事を聞いてしまった。櫻葉は『ん?』と首をかしげたあとに、笑いながら返してくる。
「いんや。拓とはたまたま会っただけで、遊ぶ約束もしてなかったから春咲さんはいねーよ。」
「そ、そうか」
「よかったね〜、伊月」
「う、うるせぇ」
俺達の会話の意味を理解出来なかった様子の櫻葉は再び首をかしげた。
櫻葉はコンビニのレジ袋を肩にかけ、俺達に聞いてきた。
「二人共、俺らと春咲さんが一緒にいるの知ってるんだな」
「うん?あぁ……まぁ、最近春咲さんが明るくなってたっつーか……。」
櫻葉は薄く微笑む。
「あぁ……えと……出来れば話しかけてやってくんねーかな?」
「はぁ?」
思わず素っ頓狂な声が出た。櫻葉は俺と穂波を交互に見つめ、軽く頷いた。
「春咲さんさ、四ノ宮の言う通り最近明るくなってんだ。夏休みは始まっちゃったけど、二学期が始まったら話しかけてみろよ。仲良くなれば結構面白いんだぜ」
櫻葉は『へへ』と最後に笑った。……そう言えば、こいつも変わったな。先程も言った通り、俺は櫻葉とあまり関わったことは無い。
しかし、少し根暗な生徒のイメージがあった。しかし今俺の目の前にいる櫻葉栄太郎に、その様なイメージは無い。こいつが変わった理由は……一体何なのだろうか。
……話しかけてみろ、か。
ふん、言われなくとも。だが、仲良くなるなら早い方がいいだろう。
俺は踵を返し、櫻葉に背を向けたまま言った。
「じゃあ次春咲さんと遊ぶ時に、俺と穂波も誘ってくれよ。」
穂波は『ふふ』と笑い、櫻葉は何も言わない。驚いた顔で俺の背中を見ているのだろうか。
「あぁ、じゃあ春咲さんに連絡しとく……よ……」
「どうした?」
思わず振り返ってしまう。踵を返したというの情けない。
櫻葉の顔色がどんどん色あせていく。なんだなんだ?
俺達の方を見て、自嘲気味に言った。
「そういや俺……春咲さんの連絡先知らねぇ……」
「「は?」」
「「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!?」」
俺と穂波の驚いた声が、夏の住宅街に響きわたった。
なんなんだこいつ……。なんで仲いい奴の連絡先を知らねぇんだよ。
『あはは……』と苦笑いする櫻葉を見て、俺達三人は笑った。
櫻葉栄太郎…やはりこいつは気に食わない。
まぁ……多分良い奴なのだろう。