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第十一話 私のヒーロー

 飛び出したファミレス近くの公園のベンチに座り込んだ俺は、自嘲気味に夜空を見上げた。

 星こそ見えないが、暗くなった夜空を眺めているとムシャクシャした気持ちが和らいでいく気がする。

 月が薄く見える。


 最低だ…俺。

 春咲さんが勇気を振り絞って庇ってくれたってのに、俺一人の感情でソレを台無しにしちまった。

 しかも春咲さんが大声が苦手な事を知ってたにも関わらず、怒鳴っちまった。


 春咲さんの怯えた顔が脳内にフラッシュバックする。あの顔は…俺に向けられたものだった。俺に怯えてた。


「クソっ!!」


 ベンチに手を叩きつける。何度も殴ろうと思い拳をもう一度振り上げるが、ジンジンと熱さのような痛みが俺の拳を襲い、振り上げた拳をゆっくりと降ろした。

 はは……なにビビってんだよ、だっせぇなぁ。

 

 …。


 春咲さんに…会いてぇなぁ。

 許してくれなくたっていい、失望してくれたって構わない。ただ、彼女の顔が見たい。

 

 結局、なにも変わっちゃあいなかった。

 拓や菜月は俺が春咲さんと出会ったことで変わったと言うが、俺にそんな自覚はない。

 綾小路への未練を捨てきれなかったこそ、俺は春咲さんが綾小路に詰め寄られているのを止めることが出来なかった。

 ただ綾小路に、嫌われたくなかった。


 綾小路へのくだらねぇ未練と、春咲さんを助けたいという気持ちを無意識に天秤にかけて、綾小路への想いが勝っていた。


「櫻葉…くん?」


 ベンチに腰掛け、俯いていた俺に不意に声がかけられる。俺はその方向へと顔を向けた。なんで…


 黒いセミロングの髪型、目にかかるか程長い前髪に、小さな顔に見合わない大きな丸眼鏡。黄色いリュックサックを背負った春咲さんが、夜空にある強まった月光に照らされて、俺の前に立っていた。

 俺は目を見開き、呟く。


「春咲さん…。」

「ここにいたんですね。よかったです。見つかって。」

「どうして…?」


 春咲さんは首を傾げ、口元に手を当てた。

 照れくさそうにふふっと笑い、続ける。


「えと、櫻葉くんが飛び出したあとですね、私達三人も一緒に櫻葉くんを追いかけたんです。手分けして探そうって事になって、私が最初に見つけました。一番です、うへへ。」

「…うへへ?」

「……隣、座ってもいいですか?」


 俺は黙って頷いた。肯定の証明だ。

 春咲さんはそれを察してくれたようで、俺の隣に腰掛けた。

 数秒の沈黙が訪れる。


「怒ってないのか?」

「どうして怒るんですか?」

「だって、春咲さんが庇ってくれたってのに…俺は春咲さんに怒鳴って…最低だよな、俺って。」


 春咲さんは何も言わない。ただ俺の溢れる言葉に耳を貸している。

 俺は頭を抱えて、酷く俯く。


 無人の夜の公園に、俺の嗚咽混じりの泣き言が響き渡る。


「怖いんだ。綾小路に嫌われるのが。もう振られて恋人同士でもないっつーのに、アイツが俺の前から居なくなるのが怖い。けどさ……そんな未練いつまでも心に残して生きてる自分も…俺は嫌いなんだ。ほんと…俺…!」


 春咲さんはベンチに座りながら、体の向きをこちらに向けた。躊躇いながらも、春咲さんの細腕が俺の頭を伸びる。


 春咲さんは、優しく俺の頭を撫でた。

 

「自分をそんなに責めないでください。櫻葉くんは…頑張りました。綾小路さんに振られちゃってからずっと辛かったんですよね?ずっと苦しかったんですよね?それなのに私を気遣ってくれて…本当に嬉しかったです。胸を張ってください、櫻葉くん…あなたは私の、ヒーローなんです。私はあなたに救われたんです。だから今回は私が助けようと思ったんですけど…なんか失敗しちゃって…えへへ。」

「ごめん…」 

「謝らないでください。」

「ごめん…むにゅ!」

 

 春咲さんは俺の頬を両手で挟んだ。いつもの逆だ。

 

「そんな簡単に謝っちゃ駄目なのです。言葉に想いを乗せれば伝わると教えてくれたのは…櫻葉くんじゃないですか。私達には伝わりましたよ?櫻葉くんの気持ちが。だから…」

「……ぐず…」

 

 あぁ…ちくしょう…。


 春咲さんはニコッと笑った。


 

「だから、もう泣かなくていいんです。」



 なんで…涙が止まらねぇんだよ…!!


「うぅ…ぐず…あぁ…ぐっ……!!」


 公園の入口から声が聞こえた。


「エータロー!!」


 見ると、拓と菜月が手を振りながらこちらに向かってくる。


「拓…菜月…。」

「ったく、心配したぜ?大丈夫か?」

「悪い…心配かけた。」


 菜月が俺の額を指でどつきながら言う。


「いいんだよ!あんなの綾小路が悪いんだから…それより、ひなったんにお礼言ったか?あんたを探すのに誰よりも早く店を出たんだぞ?」

「え…?」


 春咲さんは、さっき三人で一緒に出たって…。


「ちょっ…、菜月さん…!」

「ん?どしたの、ひなったん。」


 春咲さんは頬を染めながら抗議しようとするが、俺の顔をチラチラと確認する。


「い、いえ。なんでもないです…。」


 突如として両肩に腕が回された。拓が俺に肩を組んで来たのだ。


「おいおいエータロー!男なのに情けねぇ!!泣いてんじゃねぇよ。」

「うるせぇよクソ童貞死ね…ぐす」

「あれ!?泣いてるのにすごい辛辣!!!」

「櫻葉ぁ。お前も泣き虫だなぁ、おねーさんの胸で泣くか?」

「脂肪の塊だろ糞が…ぐす」

「てめぇ!!泣いてるからってあたしらが手ぇ出せないとでも思ったか!!?」


 俺は拓と菜月にその場に倒され、何度も踏みつけられた。

 ゲシゲシゲシゲシ!!!


「痛い!!痛い!!顔はやめて顔は…!!あ!今なんか変な音した、ちょっ、タンマタンマ!!」


 俺を蹴るのに満足した拓と菜月に起こされ、俺達は街の方向へ向かう。

 拓が声を張った。


「いよっしゃぁ!!飲み直しだぁ!!」

「飲むのか!?」

「ドリンクバーだコノヤロウ!!」


 菜月が言う。


「なんだそれ!?」


 春咲さんと目が合い、俺達は互いに笑い合った。

 俺は視線を前にやり、そっと呟いた。



「ほんとお前ら…お人好しの馬鹿野郎だよ。……ありがとよ。」



 俺の音にならない言葉が、三人に聞こえたかは知らない。




 ****




 ……栄太郎君。


 ねぇ栄太郎君、他の三人と一緒に居て楽しい?


 私はね…栄太郎君があの人達と一緒にいる所を見ると、腸が煮えくり返りそうで堪らないの。

 あなたが楽しそうに笑っている姿を見ると、嫌気が指すの。


 なんであなただけが…あんなに幸せそうな顔をしてるの?


 春咲日向。


 邪魔。

 

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