お姫様、逃げる
さて、今回はいよいよ異世界へ帰る最後のカギの登場です。
「まーたいっぱい女の子連れて帰っちゃってー」
私たちがアキの待つアパートに帰還すると、開口一番アキがそんなことをリュウジに言ってニヤニヤしました。外はすっかり日が暮れています。
「仕方ないだろ、非常事態なんだから」
「別に責めてないんだけど、この羨ましいやつめ!お持ち帰り症候群って呼ぶぞ!」
「誤解を生む呼称はやめろ!」
いつものやり取りが始まると、私の隣にいたレーネが話しかけてきました。
「……お姉ちゃんこの人たち芸人?」
「いいえ、私の命の恩人です」
「うそぉ…」
「ほんとです。とてもいい方たちです」
「ていうか、お姫様って誰に対しても敬語だよな。妹に対しても」
リュウジが口を挟んできました。
「なんというか……癖で……」
「小さい頃はそんなことなかったんすけど、いつからかなぁ…」
とカスミ。
「んー、まあいいわみんな上がって!レーネちゃんにカスミちゃんね?よろしく!私はサクラ・アキっていうの!こいつ、リュウジの姉よ!」
とアキが持ち前の明るさで私たちを誘導し、さらっと自己紹介まで済ませてしまいました。
アキの部屋は、私たちが全員入るとやはり少し手狭でしたが、寝るのでなければ十分過ごせる大きさでした。……少し散らかっていましたが。
「しっかし美少女4人に男1人とかリュウちゃんハーレムね!ヒューヒュー!」
「いや、姉貴を美少女だと表現するのはだいぶ保留したいところだぞ!」
「うるさいわね!だからモテないのよ!」
アキはリュウジを散々バシバシと叩いてから、私の方を向くと…
「帰ってきたところ悪いんだけど、私今日1日イセバケをプレイして、すごいことに気づいちゃったの!」
とアキ。リュウジは「へー、どうせフブキちゃんがかわいいとか言い始めるんだろ?」とあまり興味のなさそうな様子でしたが…
「馬鹿ねー!そんなのはもう分かりきってることだから!……今日はもっと別のことよ」
「ふーん」
「ちょっとコレ見て!アイリちゃんも」
アキはディスプレイの電源を入れました。すると、既に起動していたゲームの画面が映ります。
「へーっ、これがゲームね!」
とレーネも興味津々の様子でディスプレイを覗き込みました。
アキがコントローラーをカチャカチャと少し操作すると、画面に文字列やら数字やらが並んだ難しい画面が映し出されました。
「これがこのゲームのヒロイン、ヒカリちゃんのステータス画面です!」
「ほう?」
と興味を示し始めたリュウジ。しかし私にはなんの事やらさっぱりわかりません。
「異世界から来たみんなのために説明すると、これはステータス画面といって、ゲームのキャラクターの体力や攻撃力なんかの数値や、覚えている技の名前が見れるのよ」
「あっ、これ……!」
レーネが画面の文字列を指さしながらいいました。
「そうそう、これがヒカリちゃんの覚えている魔法なんだけど……」
私もディスプレイを注視してその文字列を追います。するとなんということでしょう!〝サンダーボール〟〝ライトニングアロー〟〝テンペストボルト〟など、見覚えのある文字列が並んでいるではありませんか!
「これ私たちの世界の魔法です!」
「うん、そうなの。そしてこれなんだけど…」
アキが示した文字列の最後にあった単語……それは〝シャインゲート〟
「さっき覚えた魔法なんだけど、ちょっとシャインゲートの説明を読んでみるわね?えっと……『異世界に転移する魔法。使えるものはごくわずか』だって。つまり……」
「シャインゲートはただの転移魔法じゃない!?」
と驚きの声を上げるレーネ。
「イセバケによるとね。シャインゲートは主人公が日本と異世界を往復する時だけにヒカリちゃんが使える魔法なの。他の用途はなし」
「現世界での通常の転移……瞬間移動には最初から対応していなかったということか…」
とリュウジ。
「でも、アイリ姫様はシャインゲートを転移魔法だって教わったんすよね?」
と私に尋ねるカスミ。
「はい、私の師であるシモンは『強力な転移魔法だ』といってシャインゲートを教えてくれました」
「強力な……なんて漠然とした説明なの…」
レーネが眉をひそめます。
「確かに転移魔法っちゃ転移魔法だが……異世界転移限定の超上級魔法じゃないか……見ろよこの消費MPを…」
リュウジが画面を指さしながら呆れたような声を上げます。
「まあ普通の戦闘場面とかでは唱えられないような消費MPに設定されてはいるんだけど、魔王を倒してヒカリちゃんのレベルを上げてあげれば、最後に主人公を異世界に帰してあげるシーンで唱えられるそうよ」
「で、でもどうしてこの世界のゲームの魔法が私たちの世界の魔法と同じなのよ?どの魔法も基本的に性能は私たちの世界のものと同じ……説明も完璧。しかも超上級魔法のシャインゲートの効果までしっかりと説明されているなんて、ただ事じゃないわ。私でも全属性の魔法の効果を正確に把握するなんて無理なのに……」
アキからコントローラーを借りて弄っていたレーネが困惑した様子で言います。魔法において自分より詳しいものがいるということがよほどショックなようでした。
「そこで、アキちゃんお得意の仮説コーナー!……いくつか仮説はあるんだけど、考えられる中でいちばん有力なのが、アイリちゃん達の他にも、既に異世界からこの世界にやってきた人がいて、その人がこのゲームの世界観を作ったってことかな……?」
「し、しかしこれほど正確な魔法の情報を把握しているのは、レーネの言うとおり相当魔法に精通していないと……あっ」
「……あっ」
私とレーネは同時にあることに気づいて顔を見合わせました。
「「シモン!!」」
恐らく突如として行方不明になってしまったシモンこそが、この世界に転移してこの「異世界バケーション」なるゲームを制作した張本人なのでしょう。
そうとしか考えられません!
「なるほど、お姫様の師匠の作ったゲームだからやたらとヒカリちゃんがお姫様に似ていたのか!」
「どういうことですか?」
「だから、このヒカリちゃんのモデルはお姫様本人なんだよ!」
「えぇっ!?」
私は驚きの叫び声を上げました。まさかそんなことが……
「確かにそうかも、このホムラっていう錬金術師は髪色とかは変えてあるけど私にそっくりだし、フブキはクリスにそっくりだし、このシノビのフウって子はカスミがモデルじゃないかな?」
レーネはカシャカシャとコントローラーを操りながら言います。もう完全にゲームの操作に慣れてしまったようです。
「そう言われるとそのような気が……なんか恥ずかしいっすね」
とカスミが頭を掻きながら言います。
「他の子はどう?」
アキがレーネに尋ねると、レーネは少し考えてから
「うーん、他のは分からないかな。まあ師匠もずっと諸国を旅してたって話だし、別の国で出会った人達がモデルになってるのかも?」
「なるほどな。ってことはやっぱりこのゲームを作ったのはお姫様とレーネの師匠ってことでいいんだな?」
「はい」
「状況証拠としてそれしか考えられないと思う」
リュウジの問に私とレーネが答えると、リュウジはスマホを操作しながら
「イセバケの原作が発表されたのが今から2年ほど前だ。その時から制作に関わっていたとすると…」
「……物語の制作時間とか考えると、だいたい師匠の失踪した時期と一致するわ」
「うん、ほぼ確定だな。で、その師匠はお姫様に詳しい用途を明かさないままシャインゲートを伝授した」
「はい。そうなりますね」
「ということは……」
「お師匠様がアイリちゃんをこの世界に呼び出したんだよ!」
リュウジを遮ってアキが言います。
「……でもなんのために?」
カスミの問に一同考え込んでしまいました。
とその時…
「それは聞きに行けばいいでしょう!」
という声とともに、アキの部屋の入口がバーン!と盛大に開きました。
「な、なにごと!?」
突然の乱入者に慌てる一同。
「ごめんなさい、話は聞かせてもらったワ!」
部屋に入ってきたのはやたらと露出度の高い女性と…
「姫様!ご無事でしたか!!」
「クリス!?」
親衛隊のクリストファー・アドラーでした。
読んでいただいた方ありがとうございました。
あと1.5万字ほどでひとまず完結となります。長かった(といっても現実世界においては数日ですが)お姫様の大冒険もそろそろ終盤。
ここからはバトルや感動重視で最後まで駆け抜けたいと思います。




