お姫様、カップメンを食す
今回は連載の長編に挑戦です。
主人公が日本から異世界に転生する話は腐るほどありますけど、異世界から転移してきたヒロインの話をヒロイン視点で書くという話はなかなかなくて新鮮なんじゃないかなーという思考に基づいて作った作品です。
皆さんはお城の上からの景色を眺めたことはありますか?
庶民の皆さんにとってはなかなかしたことのない経験でしょうが、お城の上から辺りを見渡した時、鳥が飛んでいたり城下町の人々の生活を感じることができたりして、私は好きでした。
そして今も私は石造りのお城の最上階の自室の窓から外を眺めています。
でも、そこには私の大好きな景色はありませんでした。
城下町に広がる一面の赤色、それも夕焼けの赤なら風情があるものですが、今は夜、街を覆っていたのは火……炎です。
辺境の小国である私たちの国は隣国の襲撃を受けて、滅亡の危機にありました。
ドーン!と一際大きな音がして、ワーッと喧騒が大きくなります。と同時に廊下を甲冑をつけた大勢の人がバタバタと走ってくる音がして、ガタンと音がして私の自室の扉が勢いよく開けられました。
「アイリ姫だな?城主はどこにいる?」
真っ先に部屋に入ってきた甲冑で身を固めた男が尋ねてきます。
私は持っていた本をパタンと閉じると
「父上なら私が逃がしましたけど?」
「ほう、娘を置いて逃げるとは大した城主じゃないか。とりあえず、姫には我々と一緒に来てもらうぞ。」
「嫌だと言ったら?」
「力ずくで……」
男が私に右手を伸ばした瞬間に、私はバッと手を前に伸ばしました。
男は魔法を警戒して身を引くと左手に持っていた盾を構えます。
「安心してください。私も逃げるだけですから。」
口に出すべき呪文は頭に入っています。ぶっつけ本番だが、やるしかないでしょう。私の一生のわがままを聞いてくれた父上のためにも……
「光よ、我が元に集いて天空の扉を開け!」
「……くっ、させるかっ!」
男が慌てて飛びかかってくるが、私はそれよりも少し早く呪文を唱え終えました。
「シャインゲート!」
光が辺りを包み込み……
そして唐突に消えました。
果たして脱出の魔法は成功したのでしょうか……
身体の倦怠感からして相当魔力を消費したのだと思われます。何らかの魔法が発動したのは確かですが……
いかんせん明かりもなく、辺りが暗いのでよく分かりません。
……いや、真っ暗ではありませんでした。私のいる場所にはどうやら窓があり、そこからぼんやりとした光がさし込んでいます。
暗さに目が慣れ、周囲を見渡してみると、私はどうやら狭い部屋の中にいる様でした。部屋には棚や見たこともない家具……のようなものがいくつか、そして寝台……その上には驚いたようにこちらを眺めている……人…?
「ひっ……」
思わず声を漏らした私に、その人影は慌てたように手を振り
「ちょ、ちょっと待った……静かに!」
と声をかけてきます。若い男の声でした。
私は深呼吸をして悲鳴を押し殺すと、精いっぱい落ち着いた声を出すように気をつけながら
「殿方の部屋に入ってしまったこと、お詫びいたします。もしよかったらここがどこなのか教えていただけませんか?」
と尋ねました。すると男は少し考えてから
「ここは……ニホンだけど……」
……それは、ひと通り教育を受けているはずの私でも聞いたこともない名前でした。
「ニホン……とは、国ですか?」
「そうだけど、ちょっと俺からも質問させてくれ。質問は交互にしないか?こっちも混乱してるんだよ……」
「…わかりました。」
場を仕切られるのは気分が良くないですが、今回はこちらが勝手に押し入った(?)わけですし、仕方ありません。
「うーんと、まず俺が見たことを話すぞ。寝てたら、突然部屋のここら辺が光って、慌てて起きたら君がいて光は消えた。OK?」
男は身振り手振りを交えながら話します。
「おーけーです。」
「君は何者?どこから来たの?」
「……ちょっと待ってください。質問は交互にと約束したではないですか!あなたさっき質問しましたよね?私の番ではなくて?」
私はむっとして抗議しました。昔からルール違反は許せない性格でした。困ったことに…
すると男はまた少し考える素振りをしてから
「いやでも君さっきここはどこ?とニホンって国なの?っていう二つの質問したじゃん……ってことはこっちも二つ質問しないと不公平だよね?」
……なんと抜け目のない男でしょう!しかし私はふっと笑ってから
「そうですね。でもそれも質問ですよ。つまり次は私の番です!」
「そっか……してやられた。じゃあ質問どうぞ。」
男は参ったというように両手を上げながら言います。
「それで、ニホンという国はどこにあるんです?」
「うーん、ユーラシア大陸の東の島国……かな!じゃあ俺の番、君は何者でどこから来たのかな?」
ユーラシア……またよく分からない単語が出てきました。が、その前に男の質問に答えなくてはなりません。
「私はエルブラン公国の姫アイリです……その、ユーラシア大陸というのは……」
「……わかった。そういうことか……」
突然男がポンと手を叩きました。
「あの!質問に……」
「ちょーっと俺の手に負えない事案みたいだから助っ人呼んでもいい?幸い頼りになる人がすぐそこにいるからさ!」
「えっ……あの、質問は交互にと……」
戸惑う私の返事も待たずに男は板のようなものを手に持つと、その板が光り始めました。
「……!?」
何らかのマジックアイテムかと思い警戒する私に構わず、男は光る板の上で指を滑らせ……
「暇人だから多分すぐ来ると思うぞ。」
「あのあの!その板はどういう……」
「あぁ、これはな……スマートフォンっていって…」
男が話し始めるや否や、ピンポンピンポーン!という大きな音が部屋の中に響き、私はびっくりしてしまいました。
「なっ、なんですかぁ!?」
「あぁ、大丈夫大丈夫!」
そう言うと男は、鍵は開いてるぞー!と叫びました。
すると
「はいどーん!不用心なやつめ!」
という声がして、ガチャンとドアが開く音がしました。
「誰ですか!?」
「うわっ!真っ暗でなにやってんの全く!」
私の声が聞こえているのかいないのか、声の主は部屋に入ってきたようでした。そして、パチッという音がして部屋が突然光に包まれます。
私は一瞬、目潰しを食らったようになにも見えなくなりました。
「目が……」
「へぇ、かわいいお姫様じゃん?ね?あっ、ごめんね。そのうち目が慣れてくるから」
「真っ暗でよく分からなかったけど、よく見たらたしかに…」
目が慣れてきた私が再び恐る恐る辺りを見渡すと、目の前に地味な男女が立っていました。彼らは何故かどちらも髪色は黒で、異様な衣装に身を包んでいます。
暗くてよく分かりませんでしたが、私のいる部屋には一面よく分からない貼り紙が貼ってありました。
「自己紹介がまだだったね。私はアキ、こっちはリュウジ、姉弟よ。」
女のほうが人懐っこい目でこちらを見つめながら話しかけてきます。
「こほん、わ、私はエルブラン公国のアイリ……です。」
「アイリちゃんっていうのかぁ、異世界のお姫様の名前は。」
「ちょっと待ってください!……異世界?」
「あぁ、さっきまでの会話から俺と姉貴は君が異世界からやってきた人間ではないかと思ってる。」
リュウジと呼ばれた男が言いました。
「どういうことでしょうか……?」
「つまり、私たちの世界とアイリちゃんのいた世界は別ものだったんだけど、何らかのきっかけでそれが繋がっちゃって、アイリちゃんがこっちに飛ばされて来た……的な?」
「そうそうそれ!」
……別の……世界ですか…。にわかに信じられませんが部屋の中にあるものといい、この人たちの服装といい、それらは確かに私の世界には無いものみたいでした。
「その……よくあるんですか?異世界から人が来るということは?」
「あるみたいだよ?」
アキと名乗った女が軽い調子で言います。
「ほんとですか!?」
「だってほら、この本だって主人公が異世界に転生するし!こっちは異世界からモンスターが……」
と言いながら部屋の中に置かれていた書物を手に取るアキ
「こら、それはフィクションだろうが。てか俺のもんに勝手に触れるなクソ姉貴!」
と言いながらアキが手に持った書物をひったくるリュウジ。
「でもでも!異世界転生は科学的に証明されてるんだよ!別の時間軸、世界軸どうしが波打っている波動で…」
「はいはい、姉貴はオタクなんだ。気にしないでくれ。」
「オタクのリュウちゃんに言われたくないぞ!」
と叫びながら壁に貼られた貼り紙を指さすアキ。
「うるせえ!ヒカリちゃんは別物なんだよ!」
よく見ると、壁には人らしき絵と、古代語の文字が書かれているようでした。その古代語は…
「い……異世界……ばけーしょ…ん?」
……無意識に声に出ていたようです。
「「読めるの!?」」
と、とても驚いた様子の二人。
「はい、古代語ならなんとか…」
「……古代語だって古代語!ニホンゴが古代語だよ!?」
「どうなってんだ……」
「と、とにかく文字が読めるなら話は早いや!考えてみれば普通に会話もできるしね!」
「そ、そうだな。」
うんうんとうなずき合う二人です。
「とりあえずお腹すいてない?アイリちゃん?腹ごしらえしてからゆっくりお話聞くから。」
アキが尋ねてきます。どうやらこの二人は悪い人ではなく、私に協力してくれるようでした。それに……
「はい、実はしばらく何も食べてなくて……ご馳走になります…」
「あははっ、わかった!ちょっと待ってて!」
と言いながら部屋の外に出ていくアキ。
「……マジかよ姉貴……料理するつもりか…」
するとすぐにアキが
「リュウちゃん!レイゾウコの中に何もないじゃん!」
と言いながら戻ってきました。
「…レイゾウコ?」
「あぁ、カップメンかコンビニベントーしか食わないしな。」
「そんなんだからいつまで経っても彼女ができないんだよ!」
「余計なお世話だ死ね!」
「はぁ……愚弟がダメ過ぎてカップメンしかないけど、アイリちゃんそれでいいかな?」
「はぁ……そのカップメンというのは…?」
「これだよ」
と言いながらリュウジが出してきたのは、何やら白っぽい円柱状のものでした。
「これがカップメン……」
リュウジからカップメンを受け取って眺めて見ると、円柱の上の部分にどうやら食し方が書いてあるようでした。側面にも何やら模様が書いてあります。文字にも見えましたが私にはよく分かりませんでした。
「ふーん、英語は読めないのね……」
とアキ。
「これは、蓋をめくって、お湯を入れればいいのですね?」
「そうそう!お湯沸かすね?」
「あっ、大丈夫です。私出せますから。」
「えっ、もしかして魔法とか使えるの!?」
「はい、一応ひと通りは…」
「すごい!流石異世界のお姫様!じゃあやってみてよ!」
「わかりました。……あの」
「……ん?」
私はカップメンを縦にしたり横にしたりしながら
「蓋のめくり方が分かりません!」
「あっ……」
「こうするんだよ」
リュウジが横からカップメン上部に貼られている紙のようなものをめくります。
「すごい……繊細な作りですね…」
今度は私が驚く番でした。
「あの、この中に硬い塊が入ってますけど、これ本当にお湯を加えるだけで食べられるようになるのですか?」
「なるよー?すごいよね!」
「なるほど……ではお湯を…」
私はカップメンに手を添えながら
「水よ、湯となりてこの器を満たせ!」
と唱えます。するとたちまちカップメンの中がお湯で満たされました。
「へぇ……ほんとに魔法だ…」
「すご……」
感心した様子の二人。
「これで3分待つんですよね?」
「そ、そうだよ。」
カップメンの完成を待っている間、私は二人にここに来た経緯を話しました。国が滅びようとしてたこと。城の人を逃がしたあと、自分も覚えたての魔法で脱出しようとしたこと…
「それだな」
「それだねー」
「それとは?」
「だから、脱出の魔法が世界軸に干渉しちゃったんだよ。」
「そ、そうだったんですか……私の魔法が未熟だったばかりに…」
「いや、それは分からないけど…」
「あの、どうすれば元の世界に……」
「それはちょっと…」
「うん…」
申し訳無さそうに悩む二人。
「ま、まあ、カップメン食べながら考えよう?腹が減ってはなんとやらっていうでしょ?」
アキが切り替えるように言う。そのことわざは私も知っていた。
「腹が減っては戦はできぬ、ですね。」
「そうそう!ふふっ…」
と笑いながら、私に箸を差し出すアキ。
「あっ、お箸使えないよね?」
「いいえ、使えますよ?」
「ほんとっ!?」
「なんかあれだな……結構俺たちと似てる文化の国なのかもな…お姫様の国は」
私は箸を持ってカップメンの中を覗きました。カップメンの中には茶色いスープに浸かった麺の様な料理が出来上がっていました。
「いい匂いです…」
私は麺を箸でつまんで口に運びました。
「これは!丁度いい塩加減で、美味しいです!」
「それは良かった!」
「……このお姫様、引きこもりの素質があるぞ」
リュウジがそういうと、二人はあははと笑った。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
前書きにも書きましたがこの作品は連載の長編(の予定)です。
宜しければまた続きを読んでいただければと思います。