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穴に向かって叫ぶ!  作者: マタゼロ
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☆38話 卑怯なやつらです

 



「お客さまあン、うちの料理に何が入ってましたのン」


 近づいた虎耳ヤロウは、鼻にかかった猫なで声で男達に話しかけます。


 男達が、一瞬、怯む様子が見えました。


 分かります。とてもよく分かります。


 迫力ある顔に、高い作り声──関わってはいけない何かだと、後悔しているはずです。


「お、おい、シチューに虫が入ってたぞ!」


 気を取り直したように、ヘビ男が、テーブルの皿を指差します。


「お、おらっちのにもだ!」


 タヌキ男も自分の皿を指差します。ちょっと、声が震えています。


「お、俺のにもだ。気分が悪くなったぞ!」


 カバ男も自分の皿を指差しますが、本当に気分が悪いのか、青ざめています。


「まあ、ほんとにゴリバエが入ってるわ」


 テーブルの皿を見た、虎耳ヤロウの高い驚き声が、食堂に響きます。背すじがゾクリとする作り声です。


「おい、詫びてもらわねえとな」


 ヘビ男は凄んで、虎耳ヤロウを睨みます。勇気があります。


「お、おらっち、具合いが悪くなりそう、薬を飲まないとなあ」


 タヌキ男は、棒読みのようにそう言って、虎耳ヤロウから、目を反らします。

 見たくないのが窺えます。


「ち、治癒師だ。治癒師にかからなくちゃな。だ、だから治療代を貰おうか」


 青ざめて、震え声でカバ男が言います。

 言っていることは恐喝まがいですが、態度は一番ヘタレています。虎耳ヤロウのような作り声のやつが、苦手なのでしょう。

 恐喝はいただけませんが、苦手な気持ちには共感できます。


「まああー、いけないわあ!」


 高い叫び声とともに、バッと虎耳ヤロウが服を脱ぎ捨て、上半身裸になりました。

 ラトミちゃんが、脱ぎ捨てた服をサッと回収します。最初に外したエプロンも持っています。


「いけないことをしてくれたな。俺の女房の料理を無駄にしやがって。覚悟はできてんだろうな」


 腹にズンと響くような、低い迫力ある声です。地声はこんな声だったのかと驚きます。


「フフ、胸にバツの爪痕……治癒魔法では消えない、超級魔物と闘った者の(あかし)だ」


 ――え、そうなの?


 隣のテーブルのオジサンが教えてくれます。超級魔物というのはよく知りませんが、とてもヤバイ魔物から受けた傷痕は残るようです。

 確かに虎耳ヤロウの筋肉で盛り上がった胸には、太いバツの傷痕がついています。


「バツの傷……ヤバスギドンの爪にかかって生き残った猛者だ。背中に傷はない。臆病者の傷はないんだ」


 ――そ、そうなのか。バツの傷はヤバスギドンなのか。背中の傷は臆病者になるのか?


 隣のオジサンの言葉に頷きながら、ハッとします。


 ――あ、亀の甲羅、使い道ある?


 あの店で見た亀の甲羅の使い道に思いあたりました。背中に傷は恥ずかしいなら、ヤバすぎるのはともかく、ヤバイのと闘う時は、有用です。

 『あれ、まずい?』と思った時は、背中を見せて堂々と逃げられます。


「ハアアー!」


 地を這うような低い声で雄叫びが響きます。迫力ある顔に迫力ある声──肉食獣の雄叫びに背すじがゾクリとします。 先ほどとは違います。さっきは寒気で、今度は怖気でしょうか。


「じきに白金カードになるだろうと言われている、金カードの二つ名持ち、『風砕拳のラトガー』の店で、騒ぎを起こすとは、身の程知らずの新参者が! 風撃に砕けて、チリとなれ! クックック」


 隣の親切な解説オジサンが、ノリに乗った口調で言った後、嘲笑います。

 自分は見てるだけなのに、『右腕が疼くぜ』とか言って、腕をさすっています。


 虎耳ヤロウの筋肉が膨れ上がり、体が大きくなります。胸の筋肉も割れた腹筋も見事です。腕も太くなっています。保健の授業ではないので、具体的な筋肉の名称はあげません。


 そう、『筋肉、すごくなって、体が二回りくらい大きくなったよー! びっくりだ!』でいいでしょう。胸元で、金カードのペンダントが揺れているのにも気づきました。


 虎耳ヤロウが、二つ名持ちで、金カードの『ものすごい』やつなのは分かりました。別に知りたくなかった、虎耳ヤロウの名前とかも分かりました。でも、虎耳ヤロウは虎耳ヤロウでいいでしょう。


「…………ゲッ」

「…………ウソォ」

「…………オォ」


 三人の男達は、大きく目を見張っています。ヘビ男もタヌキ男も真っ青です。カバ男は逆にちょっと、顔色が戻りました。


「三人とも表にでな! メシをダメにしたことを反省してもらうぜ!」


 虎耳ヤロウが、迫力ある顔と声で怒鳴ります。これはビビります。チビりそうです。あの三人に、紙オムツを売りつけたいです。


「…………」

「…………」

「……ク、クソ!」


 他の二人は声もでない様子で、後退りしているのに、カバ男は吐き捨てるように、そう叫ぶと、素早い動きを見せました。


「キャア!」


 食堂の脇の方に控えていたラトミちゃんに、一気に駆け寄ると片腕で抱えるように引き寄せます。

 悲鳴を上げたラトミちゃんの足下に、持っていた虎耳ヤロウの服がバサバサと落ちました。


「ラトミ!」

「ラトミちゃん!」


 虎耳ヤロウと同時に叫んで、立ち上がってしまいました。


「ぐうう、幼い女の子を人質にするとは、何という卑怯もの!」


 解説オジサンの悔しそうな声が聞こえます。同感です。なんて卑しくて腐った心根の、顔が長四角な男なのでしょうか。憤りで手が震えます。


「よくやった」

「さすがだぜ」


 元気になった他の二人が、ニヤニヤとカバ男の方に近づきました。側に行くとヘビ男は、腰にあった剣を抜いて、虎耳ヤロウに向けます。タヌキ男は、大きなナイフを懐から取り出すと、ラトミちゃんの首もとに当てました。


「お、お父さん」


 カバ男に抱えられている、ラトミちゃんの顔が歪んで、大きな目に涙が浮かびました。震える声で、虎耳ヤロウを呼びます。


「へへ、少ーし、治療代を多く貰うようだな。子どもにかけなくて済む分を、上乗せしてもらおうか」


 ヘビ男が下卑た笑いを浮かべます。


「早く治療代を貰わないと、おらっち、手が震えてきちゃうなあ。あ、この子も治癒師にかかるようになっちゃうかもな」


 タヌキ男もタヌキな笑いを浮かべます。

 間抜けそうに見せかけて、人を油断させる狡猾な笑いです。目の下の隈をうまく利用しています。


「へへへ、へへ」


 カバ男は『へ』しか言いません。さすが、悪人です。イヤらしい、クサい笑いです。


「ぐうう、ラトミ! 卑怯な!」


 虎耳ヤロウが顔を歪ませてグルグルと喉を鳴らします。猫の甘えたグルグルではありません。押さえきれない憤怒が、音にこもっています。


「サッサッと寄越さないと、手が滑って可愛いお顔に、傷がついちゃうかもなあ」


 タヌキ男が、ナイフの腹でラトミちゃんの頬をペタペタと叩いて見せます。


「へ、へ、へ」


 笑い声を上げるカバ男に抱えられたラトミちゃんは、プルプル震えています。ペタンと伏せられたお耳が、可哀想です。

 いたいけな、可愛い少女を抱えるカバ男、いたぶるタヌキ男──許せません! 絵面的にも許せません! 頭も腹もカッと熱くなります。


「スキル発動! 『必中』!」


 ポーズを考える余裕はないので、頭の上でパーと手を広げた後、トレイにあったスプーンをタヌキ男に投げつけました。

 キンと金属のぶつかる高い音を立てて、タヌキ男の手からナイフが弾かれて飛んでいきます。


「びゃっ!」

「へーんしん!」


 タヌキ男の上げる驚声とほぼ同時に、腕の防具を触れ合わせます。


「スキル発動! 『身体強化』!」


 パーと顔の両脇でウーパールーパーのように手の平を広げた後、たぶん疾風と呼ばれるに違いない速さで、ラトミちゃんの方に駆け寄ります。


 タヌキ男の腹に肘鉄を食らわせ、カバ男の顔を掌底で打ちます。

 

「ガハッ」

「グフッ」


 タヌキ男は腹を押さえて跪き、カバ男はラトミちゃんから、腕を外して後方によろめきます。


「アアッ!?」


 側で虎耳ヤロウに剣を向けていたヘビ男から、頓狂な声が上がりました。


「何だ、てめえ!」

「きゃっ!」


 ヘビ男が叫んで、こちらに剣を振りかざします。素早くラトミちゃんを引き寄せると床の上に押し倒しました。

 ラトミちゃんの口から悲鳴が上りましたが、覆い被さって庇います。そう、背中ならどこでも『どーぞ、どーぞ』です。


 ヘビ男が剣をこちらに振り下ろす気配がしました。

 



今日は一話です。


押し倒して覆い被さって庇うマタゼロ……。頑張ってます。え? 変態? 全然違いますよね。

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