☆21話 『ウエーストネ王国』へ
グニャリとした歪んだ視界、絞られるような感覚、浮遊感、それが治まると回りが木立に囲まれているのに気づきました。
あれ、林?森?まだ、山の中なのか?ここはどこなんだ?
首を捻っていると、ドンと体に衝撃を感じました。突き飛ばされるように体が地面に転がります。
「ウギャッ!」
「あっ、ご主人様」
転がった体に小さい影が走り寄ってきます。
「大丈夫でございますか?転移したら、その場を少し移動してくださいとお願い申し上げるのを忘れておりました」
衝撃をくらって、痛む体を擦りながら体を起こします。どうやら転移は同じ場所に出現するようになっているようです。押し出されるように、転がる程度でよかったです。
これ、下手したら合体生物の危機とか、空間密度から爆発の危険も有ったんじゃないかな?
ものすごく大事な事を言われなかった事に憤りを感じますが、今はいいでしょう。
「ああ、大丈夫だよ。で、ここはどこかな?」
ぶつかったような気がしましたが、ミィは平気そうです。出現場所の邪魔ものが弾き飛ばされるだけの様です。立ち上がり、パンパンと体についた土埃を払いながら尋ねました。
「『ウエーストネ王国』の王都広場にある林でございます。この一角には特殊な結界が張ってありますので、他の生物は入れないようになってます」
「へえー、そうなんだ」
グルリと回りを見渡すと、木立に囲まれたこの一角には、確かに何の生物の気配もありませんでした。
「広場を抜けて、大通りに出ましたら冒険者ギルドはすぐ見えます。どうぞ、こちらへ」
ミィがそう言って、先に歩き始めます。今度こそまともな案内の様です。
林を一歩抜けたところで、とたんに回りの空気が変わるのが分かりました。人の気配がします。話し声、足音、水の音、様々な音が耳に飛び込んで来ました。
石畳の広く開けた場所には、中心に大きな人物像が設置され、その左右に噴水もありました。回りに花壇もあり、様々な花が咲いています。屋台のようなものもあり、あちらこちらを歩く人々の姿が目に入りました。
ベンチのようなものもあり、そこに座ってお喋りする人や、物を食べている人の姿も見受けられました。
女性は膝下のワンピース、男性はチュニックのような物に、足にフィットしたズボンのような物を見に着けている人が多い様です。足元はブーツの様な物が目につきます。
鎧や猟師のような格好、よく分からない特殊なコスプレのような格好をしている人もいます。あの辺が冒険者なのではないかと当たりをつけました。
すごいです。人々の格好が違います。近そうな格好の人はいましたが、パッと見たところ漫画の登場人物はいません。コスプレ会場に迷い混んだわけじゃなさそうです。異世界です!感動です!
「ご主人様?」
感動に打ち震えていると、前を歩くミィが足を止めて振り返ります。着いてこないのを不審に思ったのでしょう。ハッと我に返ります。
「ああ、ゴメン、ゴメン。異世界だなあって、感動してたんだよ」
「そうですか。迷子にならないよう、お気をつけください」
そっけない返事をして、ミィがまた前を向いて歩き始めます。ミィの対応には慣れてきましたが、迷子は嫌です。
そうでした。マタゼロはまだ、右も左も分からない異世界初心者……。『おうちに帰りたいよ~』と泣いていても、ここの人々が相手にしてくれるかどうか分かりません。慌ててミィの後について歩き始めました。
広い通りに出ました。土の道ではありません。石畳で舗装されています。道の両端には石造りの建物が並んでいます。ビルのような背の高い建物はありませんでした。
「ここは王城通りです。あちらに行くとお城に、こちらに行くと貿易港に着きます。『ウエーストネ王国』の王都は国の中心より海辺の方に近い所にあるんですよ」
あちらと言われた方を見ると、確かに遠くの方にお城のような物が見えます。こちらと言われた方も見ますが、残念ながら海は見えませんでした。
「お城の近くには貴族街がありますが、この辺は庶民の街ですよ。貿易港区ほどではありませんが、外国の方も多く出入りしてますね」
トコトコと歩きながらミィが説明してくれます。この通りはお店のような物が多い様です。商店街なのではないでしょうか。
ショーウインドウのようなものはありませんが、建物には文字の書かれた看板や札がついています。窓や扉が開けられ中の様子が窺えたり、ワゴンのような物に品物が積まれていたり、店先に飾られた物で何の店か分かりやすくなっているようです。
建物内に野菜のような物が並べられた八百屋のようなもの、扉が開けられ中の棚にパンが並べられたパン屋、通りの方までテーブルや椅子が置かれ、何かを飲み食いしている人々がいる食堂、広い窓のようなところから串焼きのような物を売っている店もありました。賑やかな様子ですが、食べ物屋から漂ってくる匂いが堪らないです。
美味しそうです。
とても美味しそうですが、今は一文無しなので何も買えません。
「あっ、ここが『ウエーストネ王国』のギルド本部です」
食べ物屋にあちこち視線をやりながら、歩いていると、ミィの声がかかりました。
ハッとして前を見ると、大きな石造りの建物が目の前にありました。木製の両開きの扉は大きく、上方に飾り文字のような異世界文字で『ウエーストネ王国・冒険者ギルド本部』の看板。
建物の脇の軒には、上方に剣と槍、下方は弓矢と斧が交差した、中心に盾が描かれたプレートのような物がぶら下がっています。冒険者ギルドのマークでしょうか。
通りに並んだ建物の中でも大きく立派な建物です。異世界定番の冒険者ギルドです。どんな所でしょうか。
「ご主人様。中に入って登録をいたしましょう」
ウキウキと建物を眺めていると、ミィの促す声がかかりました。にやけてくる表情を引き締めて、扉を開けて中に入ります。
入ったとたん、中にいる人からの視線を浴びました。
広い部屋です。部屋の脇にはボードか幾つか立てられ、貼り紙がたくさん貼られています。壁にも貼り紙があります。壁の貼り紙を読む人達。ボードの前で何かを物色している様子の人達。奥の方にはカウンターらしきものがあり、受付らしい女性の姿が何人か見えます。彼女らと何かを話している人達もいます。
右左奥には階段がありました。左の階段上は壁で仕切られておらず木の柵の向こうにテーブルや椅子があり、そこに座って飲食する人の姿が見えます。どうやら二階に食堂のようなものがあるようです。柵近くのテーブルに座った人達が柵越しに下を覗いてきます。
室内にたむろする人々から、一斉に視線を向けられました。みんな暇です。
こっこれは……お約束の難癖をつけられるパターンでしょうか?
「なんだありゃ、珍奇な緑の服って……ぷっ」
「変な奴がきたよな、ククッ」
「面までおかしいや……ハハッ」
ドッと笑い声が湧き上がります。
難癖です。難癖を囁かれています。ここはこちらから、つっかかっていかねばならない所でしょう!
「お……!」
『おい』と叫ぼうとした所で、スッとミィが前に出ました。
とたんに笑い声が止みます。
「あっ、回転蹴り!」
「コマ回しの……!」
「サヨナラの……!」
人々が驚愕の声を上げて青ざめていきます。
「さあ、ご主人様、受付で登録を済ませてしまいしょう」
しんとなった部屋の中で、ミィがこちらを振り向いてニコリと微笑みました。
──不気味です。




