☆20話 正式名は……ああ、アレ
「ご主人様、朝でございます。お目覚めください。」
ハスキーな声がします。でも、もう少しだけ、あと少しだけ眠りたいと毛布を被ろうとすると、ぐいっと毛布をひっぺがされ、蹴られたような衝撃が腰の辺りにきました。
「起きろって言ってんだろうがっ!」
床に転がり落ちたマタゼロに野太い声が浴びせられます。衝撃と痛みで目が覚めました。うめきながら体を起こすと、ベッドの向こう側にキャシーが立っていました。
天蓋付きベッドの白いレースのカーテンは、もうすでに四本の支柱の方にまとめられていました。夕べはあきらめて、お姫様ベッドでレースのカーテンの中で眠ったのです。
キャシーは毛布を持っています。どうやら、キャシーに毛布を引き剥がされ、ベッドから蹴りだされたようです。
「お目覚めになられたようですね。今日は『ウエーストネ王国』にお出掛けになると伺っております。もう、お支度なされた方がよろしいかと思います」
毛布をベッドの上に置いて、キャシーがニコリと微笑みかけてきます。ホントに綺麗なオネエさんです。問題なのは性格とナニかですね。
胸の前で手を組んでブツブツと何かを唱えると、こちらに手の平を向けてきます。
「……な、ばっちい、虫けらを清めよ『清浄光』きれいに消えればいいのに」
キャシーの手から放たれた光が、全身を包み込みます。あちこちの体の痛みが引いて、サッパリした気分になりました。これは洗面の必要がないと言うことですね。
うん、清らかな光です。悪意は気にしたらダメでしょう。
「ありがとう。キャシー。おはよう」
立ち上がると微笑んでお礼を言います。
「おはようございます。起きて直ぐに召し上がれるような軽い朝食を、お部屋の方にご用意させていただきました。お支度が出来ましたら、どうぞテーブルの方にお越し下さい」
キャシーが優雅に一礼して、寝室から退出します。その姿を見届けると、ベッドの脇下に置いてある靴の方に行きました。靴を履いて紐を結びます。
やぱっり、簡単に着脱できる室内履きのような物が欲しいよね。
靴を履くと、手ぐしで髪を整えて寝室を出ました。
「おはようございますだ、ご主人様。朝食はこちらですだよ」
テーブルの脇にリラが立っていました。キャシーはもういません。すでに部屋からも立ち去ったようです。
「ああ、おはよう」
挨拶をしながら、テーブルに近づくと上に置いてある物を見ました。
どんぶりにお粥が盛られ、上に大粒の梅干しが載っています。4分の1にカットされた大きさの白菜の漬け物らしきもの、ふりかけらしい小袋。
うん、予想通りだね。この白菜の漬け物なんか、ドンピシャな感じだよね~。
ヘラヘラした笑顔で椅子に座ります。
「ほうじ茶ですだ」
トンと前に湯呑みが置かれます。
「ああ、ありがとう」
「お食事が終わったら、玄関ホールにおいで願いますだ。ミィさんがお待ちしてるそうですだよ」
「わかったよ」
リラに返事をするとパンと胸の前で手を合わせました。
「スキル発動!『ザク切り』!」
白菜が光り、食べやすい大きさになりました。漬け物の大きさの説明をしても無駄なような気がしています。もう、食事のたびにスキルを使うはめになりそうな感じです。
「いただきます」
前に置かれたフォークを手に取り、食べ始めました。
◇◇◇◇◇
玄関ホールに行くとミィがいました。メイド服のままで、別に着替えたりはしていません。
「おはようございます。ご主人様。お待ち申しておりました」
「ああ、おはよう。待たせてごめんよ。服はそれでいいのかな?」
頭を下げて挨拶をしてきたミィに挨拶を返すと、服装について尋ねました。
「ええ、わたしはメイドでございますからね。ご主人様をご案内する役目の者が私服というわけにはまいりません。メイドとしての矜持を持ってお仕えいたします」
「そっ、そうなんだ。まあ、今日はよろしく頼むよ」
そう、ミィの『ご案内』『矜持』『お仕え』という言葉に関する懸念など、この場で口にはしません。愛想笑いをします。
「ところで、どうやって『ウエーストネ王国』まで行くの?ここって山奥だよね」
そうです。ここはかなり大きな山の奥深くのはずです。どうやって行くのか疑問です。スキルを使えば何とかなりそうですが、まずは何か考えがあるのかを、ミィに確かめました。
「お任せ下さい。このお屋敷には周辺三国に通ずる『転移門』があるのでございます。そこから行けば、あっという間に王国に着きます」
それはすごいです。『転移門』なんてすごくファンタジーな感じがします。
「へえー、『転移門』かあ。いいね。よし、そこに案内してくれる?」
「では、ご案内します」
ああ、初めて先導してのまともな案内かと思っていると、一歩を歩いて体をずらしたミィが、階段の下をビシッと指差します。
「そこの階段下の赤いドアでございます。ドアノブを掴んで、まず自分の名前を言い、次に行き先を言います。それからドアノブを回して中に入れば、あ~ら不思議、あっという間にその国に着いております」
ミィの指差す階段下の赤いドアを見ます。何やら魔法陣のような模様が描かれていました。占いカードの裏の模様のようなドアです。
「普段は隠されている、隠し扉でございます。起動させると、あのように視認できるようになるのでございます」
「ああ、そうなんだ」
ミィの説明に頷いて、赤いドアの方に向かいます。指差し案内、もう驚きません。
「『転移門』の使用は一人ずつになっております。わたしはご主人様の後に使わせていただきますので、まずはご主人様からどうぞ」
ドアの正面に立つと、ミィがそう声をかけてきます。
ワクワクするような、ドキドキするような、これ、大丈夫だよね?
期待と不安で心臓の鼓動が速くなります。
「マタゼロだ。『ウエーストネ王国』に行きたい」
ドアノブを掴んで、そう言ってからノブを回し……回りません!
「……ドアノブ回らないんだけど」
背後に着いてきてるミィの方を振り返って見ると、ミィは大きく頷づいてみせました。
「ああ、それはお名前が正確ではなかったからだと思います。登録されているのは正式名ですので、それ以外だと反応しません」
正式名?!正式名って、マタゼロだよね?それ以外に何があるって……。ああ……。
ミィの言葉に驚きましたが、『正式名』の心当たりがありました。また前を向いて小声で言います。
「マタゼロアホウ王だ。『ウエーストネ王国』に行きたい」
ドアノブがガチャリと、今度は何の抵抗もなく回りました。内側にドアが開き、門のような枠をくぐるとパアッと白い光に包まれました。グニャリと視界が歪みます。
ああ、やっぱり正式名って、あの名前なんだ。
憤りに近いやるせなさと空しさを感じました。穴ではなく、天に向かって叫びたい気分になりました。




