☆14話 間違えないでよ
「神界で会議とか祭典の時に、よく、よその神様に間違えられたんだよね。『あの拘束から抜け出したのか』とか『縛られていたはずだぞ』とか『どうやってここまで来た』とか聞かれたり、右手のない変なのに『私から食いちぎった手首はどうなった』とか詰め寄られたりさ」
ジュリアスくんはそこまで言うと、フウとため息をつきました。
「『手品師じゃないから』『そういう趣味じゃないから』『歩いてきたよ』とか、いちいち答えて、変なのには『もう、ウ〇コになってるんじゃない?』って、予想を答えてあげたけど、ホント、メンドクサ~って感じなのさ。なんで皆、おっきな狼が喋ると『フェンリル』と思うのさ」
ジュリアスくんの語る声から、呆れが感じられました。
「ぼくはね。この神山の生まれなの。まだちっちゃな頃、両親や兄弟達がみんなヤバスギドンに食べられちゃって、一人だけ生き残ったの。
悲しくて、寂しくて、怖くて『おと~さん、おか~さん、みんな~』ってお空に向かってキュイーン、キュイーン震えながら鳴いてたら、女神様に会ったの。片手で鷲掴みに持ち上げられて『ホホッ、いい実験台が手に入りましたわね』と笑う、女神様の満面の笑顔を見た時は震えがピタリと止まったよ。
『いい狼に育ててあげましょう』って胸元に抱きしめられた時は『ぼく、どうなるの~?!』って、悲しみも寂しさも怖さも吹き飛んで、不安で一杯になれたよ」
ジュリアスくんは呆れたポーズのまま、顔を持ち上げ、視線を遠くに向けます。女神様との出会いを染々と思い出しているのでしょう。涙を誘うジュリアスくんの生い立ちは、女神様の登場でぶち壊しです。どんな育てられ方をしたのでしょうか。同情しながら見守っていると、ジュリアスくんが、ハッとしたようにこちらを見ます。
「……あっ、だからね。大きくて喋る狼だからって、すぐに『フェンリル』とか思わないでよ。縛られて、出てこれない筈なのにあちこちでよく耳にするんだよね。予言通りにするために、怨みを溜め込ませてる最中なのにさ。なんで間違えるんだろ」
ジュリアスくんは呆れたポーズで、肩をすくめます。
肩をすくめる狼──できてます。突っ込みは要らないでしょう。
「ぼくはこの山生まれの狼なの。あんな子よりまだずっと若いの。毛並みだってツヤツヤなの。悪い評判いらないの。ちょーっと、女神様に神改造されてる神狼で、あんなのとは違うの」
忙しなく体の前で上下する前足が、ジュリアスくんの憤りを示しています。
「ごめんね。ジュリアスくん」
確かに間違えられて、言いがかりをつけられてばかりいたら、嫌になるでしょう。
素直に謝ります。
「うん。分かってくれたらいいんだ。じゃ、ぼくはちょっと出掛けてくるよ。ちゃんと日が沈む前に戻ってきて、屋敷まで送ってあげるから安心してね」
ジュリアスくんは一つ頷くと、空を見上げ両前足を上に伸ばしました。後ろ足を少し曲げて地面を蹴ります。
──飛びました。
まっすぐ体を伸ばしたまま、空を飛んで行きました。
あんれ~?飛べたの?いや、神狼って言ってたから飛べてもおかしくないのか……。でも、あれ四つ足の動物の飛び方か?
空を飛ぶジュリアスくんの姿を見送ります。
──神改造恐るべし……
驚愕の時間を少し味わうと、気を取り直して、また採取を始めました。
「今日はありがとう。助かったよ」
「うん。いいよ。」
屋敷の門の前でジュリアスくんと言葉を交わします。日も落ちて、辺りは茜色に染まっていました。
「果物もありがとう」
ジュリアスくんは美味しそうな果物を取ってきて、分けてくれました。ありがたいです。
帰りはまたジュリアスくんの背に乗せてもらいましたが、今度は空を飛んでもらいました。無傷です。
「いいよ。アホウ。気にしないで。もう友達だからね。じゃ、またね」
ジュリアスくんは肉球を見せて、顔の前で前足を左右に小刻みに振ると、クルリと背を向けます。
二本足で歩き去っていくジュリアスくんの尻尾は、楽しそうに左右に振られていました。
「ジュリアスくーん!ありがとー!」
その後ろ姿にもう一度お礼の言葉を叫ぶと、ジュリアスくんの尻尾が応えるようにグルンと大きく回りました。器用です。
親切ないい狼でした。呼び方を変えることは出来ませんでしたが、友達になれて良かったと思います。
茂みの中に消えて行くのを見届けると、門の中に入りました。
たくさん薬草も採取出来てよかったと思いながら、屋敷の前に着くと扉を開けました。
「「お帰り……っ」」
どうして帰りが分かったのか分かりませんが、扉の側で待機していたらしいミィとリラの声がかかります。
いえ、声は詰まったように止まりました。
「どうしただか?ご主人様真っ白になってるだ」
大きく目を見開くリラと目が合います。驚愕の表情です。
「ハハッ、いや、ちょっとした手違いでね。服を白くしちゃったんだよ」
リラの驚く声に、笑って答えました。この失敗を詳しく語る必要はありません。笑ってごまかしてしまいましょう。
ハハハッと、とぼけようとしていると、眉間に皺を寄せたミィと目が合いました。
「どうやら、お気付きではないご様子。これをどうぞ」
ミィが何処からか大きな手鏡を出して、差し出してきます。なぜこんな物を渡してくるんだと訝しく思いながら、受け取ってそれを覗きます。
──真っ白でした。
頭も眉も目も肌まで真っ白な、不思議生命体がそこにいました。
──『漂白』いい仕事してました。
『フェンリル』とは北欧神話に出てくる狼でロキ神と巨人女の子どもです。『神々に災いを与える』と予言されたため、拘束され、石に縛りつけられ、口に剣でつっかえ棒されたりと、とっても酷いめにあっています。騙しに加担したおっさん神の右手を食いちぎってます。世界の終末の日に解放され、神々に復讐します。




