☆12話 ジュリアスくんに会いました
あっという間に門の外に送り出されてしまいました。
右手のスコップを見ます。スコップとシャベルでは大きさが違い、元の世界の日本では、東と西で言い方が逆になるようですが、この場合のスコップは小さい方です。
子どもが砂場遊びで使うあれです。
「準備これだけ?」
考えてみたら、マタゼロは女神様に連れて来られた時の格好のままでした。部屋着です。というか緑のジャージです。
足には何故か紐のついた丈夫そうな革の靴を履いてますが、これは靴下だけのマタゼロに、女神様が履かせてくれていたのでしょう。
──洋館だったからな。靴を履いていた事を意識してなかったよ。山に送られた時に履かせて貰ってたんだな。ありがとう。靴。
女神様でなく、靴に感謝します。
これから、山でギルドで売れる物を採取しなければなりません。でもどうすればいいのかよく分かりません。困りました。
「おい、おまえ」
目の前に広がる鬱蒼とした茂みや木々を見つめて途方にくれていると、脇から声がかかりました。
「ここで何をしてるの?おまえ誰さ」
声のした方に顔を向けると、そこには銀色の体毛の大きな狼がいました。何故か二本足で立って腕組みをしています。
狼と目が合いました。見つめ合います。
──これ、こいつがジュリアスじゃね?わぁ、立って喋るのかあ!
驚愕していると、狼の綺麗な蒼い目が数度パチパチと瞬きしました。
「ああ、おまえがマタゼロアホウ王か。すぐ分かったよ。たいしたアホウ面だよね。クスッ」
自己紹介要りませんでした。右前足を口元に当ててクスクス笑う声は、まだ十代の若い青年のような声です。
「マタゼロアホウ王はここで何してるの?」
再度質問されました。女神様のせいですね。呼び方が気になりますが、答えねばならないでしょう。
「山で薬草とか売れるような物を、採取しに行こうとしてるんです。でもよくわからなくて困ってる所でした。」
「ふーん、そうか。じゃあ、ぼくが案内してあげるよ。ぼくはこの山には詳しいんだ」
正直に答えると、狼が親切にそう申し出てくれました。
立って喋る狼──だから?ここは異世界です。そんなものがいてもいいでしょう。親切な狼、素晴らしいです。
「ジュリアスくん……でいいんですよね?お言葉に甘えて案内していただいてもよろしいでしょうか」
「ああ、そんなにかしこまらなくてもいいよ、マタゼロアホウ王。普通に喋ってよ。肩こるでしょ」
肩のこる狼──いえ、変なツッコミは入りません。ここはこの流れにのって、呼び方を改めて貰うチャンスです。
「そうかい?じゃあ、わたしの事をマタゼロアホウ王なんて仰々しく呼ばなくていいよ。普通に呼んでくれ」
「うん、アホウ。もう、友達だね」
──なぜ、そうなった?どうしてそれを選んだ?おまえの普通おかしくないか?
「じゃ、背中に乗って。いい場所まで連れていってあげる」
ジュリアスくんは四つんばいになると、姿勢を低くして、背中に乗るように促してきます。
仕方ありません。訂正はまた後でする事にして背中に乗せて貰うことにました。
スコップを収納にしまいます。よいしょっと背中まで登って、背中の上で正座しました。
「スキル発動!『引っ付き』!」
スキルを使うのにわざわざ声に出す必要はないのですが、こういうのは雰囲気です。お約束です。無事スキルが発動し、背中に体が固定されました。下手なつかまり方をして、ジュリアスくんの綺麗な毛並みを痛めることもありません。
「じゃ、行くよ!」
元気なかけ声が響き、頭を低くして走る体勢になったジュリアスくんが、茂みの隙間に突っ込みます。
「ガハッ」「ギヘッ」「グフッ」
背中で正座しているマタゼロに小枝が襲いかかります。ピシピシッ、バキバキッと恐ろしい事になっています。ジュリアスくんの抜けていく隙間はジュリアスくんサイズです。余計な出っ張りは攻撃されてしまいます。
──なぜ、うつ伏せにならなかった。なぜ正座した……。
激しく後悔します。ジュリアスくんは大きな狼で、背中に跨がるには股関節の柔軟性が足りなかったのです。新体操の選手でなければ出来ない、開脚難度でした。スキルに溺れて、安易に正座をしてしまった自分を本当に悔やみます。
「ゲゴアッー!」
太い枝との刹那の攻防。
──負けました。体が後方に倒れます。正座で仰向け……。新しい騎乗スタイルが生み出されました。どのハイファンタジーでも誰も思いつかなかったに違いない、動物の乗り方です。
ジュリアスくんの背中で、微妙に苦しい時間が過ぎていきます。
「着いたよ。ここには貴重な植物がたくさんあるんだよ」
立ち止まったジュリアスくんが声をかけてきます。でも、すぐに返事は出来ません。
「返事がない?!アホウ。死んでるの?」
「……いや、死んでないよ」
スキルを解除して、ヨロヨロと背中から降ります。そこは木がなく、草原のように草ばかり生えている場所でした。ぐるりと見渡すと、木々の間に開けたそんなに広くはない一角の様でした。近くに大きな湖があります。
キラキラと湖面を反射させ、木々の間に広がる湖は、神聖な雰囲気を醸し出しています。立っている所は、湖の回りでも木のない場所でした。
「いつの間に、そんなにボロボロになったの」
「ああ、なろうとしてなった訳じゃない」
訝しげに首を傾げるジュリアスくんに、溢れ出る鼻血を滴らせながら、答えます。
傷だらけです。満身創痍です。
「ゴフッ」
口から血が吹き出ます。あの太い枝との攻防は内臓にダメージを与えていたようです。
「アホウ!死にそうだよ?!」
「ゲラハフヘッ……だ、大丈夫……」
驚いて叫ぶジュリアスくんにあちこちから血を吹き出しながら、安心するように微笑んで見せました。
「怖いよ!アホウ」
ジュリアスくんが後退ります。これ以上心配させるのはよくありません。空に顔を向けると、両手を万歳のように上に振り上げました。飛び立つ時の形です。
「スキル発動!『癒しの光』!ブハアッー!」
カッコ付けて、ポーズを決めて大声を出したとたん、血が噴水のように口から吹き出しました。キラキラと細かな光が体に降り注ぎます。上に吹き上げた血も降り注ぎます。
「こっ怖いよ!アホウ」
ジュリアスくんの声が大きくなります。うまくスキルは発動しました。『癒しの光』で全ての傷は治っています。復活です。
「大丈夫だよ。ほら、もうなんともない」
両腕を今度は前に突きだし、何ともないのが分かるように手首をプラプラと振って見せます。満面の笑顔で、大丈夫アピールです。
「ギャー!怖すぎるよ。アホウ」
ジュリアスくんの体毛が逆立ってます。尻尾も大きく膨らんでいます。なぜ?と思って自分の体を見ると血だらけでした。顔を手で触るとヌルリとします。これはいけません。これでは死にそうに見えてしまいます。ジュリアスくんを、とても心配させてしまいました。腕をハの字に広げて叫びます。
「スキル発動!『漂白』!」
煙のように淡い光が、モヤモヤと全身を覆いました。これで大丈夫でしょう。大きく目を開けるジュリアスくんと、目が合います。
「……驚かない。ぼくはもう、驚かない。おまえはアホウだ」
ジュリアスくんは鼻に皺を寄せて、低い声でグルグルと喉を鳴らしながら言葉を発します。
ジュリアスくんの様子を不思議に思いながら、また、自分の体を見ます。
──真っ白でした。
緑のはずのジャージは白くなっていました。
「ここには、貴重な薬草や珍しい植物がたくさんあるんだよ。取っていくといいよ」
ジュリアスくんは何事もなかったような、落ち着いた声でそう話しかけてきました。
ジュリアスくんです。もふもふにはならないと思います。




