王都にて
スタンレーの街からサウスタに向かうには一度王都に出る必要がある。サウスタとスタンレーを結ぶ街道はあるにはあるが、それほど整備されていないからだ。道幅も三m程度しかなく、途中に村もないので、野営することになるからだ。王都に出る街道は整備されており、道幅も五mほどある。それに、途中に村があり、野営する必要はないからである。そういうわけで、俺はこの国にやってきてから、サウスタと王都、スタンレーは知っているが、それ以外の街には行ったことがない。
二日かけて王都に出た俺は、とりあえず、冒険者ギルドに顔を出すことにした。しかし、王都は以前に比べて人が増え、乱雑なように思われた。以前はもっと落ち着いていたと思うのだが・・・ 冒険者ギルドに入っていくと、冒険者や依頼に来た一般住民が多くいた。とりあえず、カウンターに向かうが、順番までしばらく時間がかかりそうだった。順番待ちをしていると、サウスタが危ないらしい、とか、街の東にも魔物が現れるようになった、とか、聞こえてくる。
「ソージ様お久しぶりですね」
カウンターの前の椅子に座った俺に、受付嬢がそう声をかけてきた。たしか、俺が王都で活動していたのは一月ほどだが、この受付嬢は俺を覚えていたらしい。
「久しぶりだ。で、ロイから言われてサウスタに向かう途中だが、何か聞いているか?」
俺は冒険者カード、首にかけていたタグを渡しながらいう。
「ああ、その話なのですが、キャンセルということでお願いします。代わりに別の依頼があります」
「キャンセル?」
「はい、あるグループから東のイスロンから先の魔境の調査に冒険者を、と依頼がありまして、彼らの斥候兼護衛として依頼を受けてほしいのです」
「ちょっと待て。俺はイスロンは初めてだし、その先の魔境の状態も知らんぞ!」
「はい、ですので、イスロンで活動しているDランク冒険者一人、Eランク冒険者三人とパーティを組んでいただきたいのです」
「待て待て、即席のパーティじゃ連携は難しいし、問題も起きるだろ。イスロンで活動している奴らに依頼すれば良いじゃないか」
俺は呆れながらいう。俺はソロで活動していて、パーティは組んだことがない。
「ええ、ですが、イスロンからも上位ランクの冒険者はサウスタに向かっていて、中堅どころの冒険者がいないのです。いま挙げた四人以外はすべてFランクかGランクなのです。せめて、もう一人はDランクの冒険者、もっと言えば、前衛が必要だと・・・」
「その四人はパーティを組んでいるのか?」
「いいえ、いずれもソロで活動しています」
「やれやれ、この国はどうなっているんだ? 王都は人が増えて乱雑に見えるし」
「はあ、サウスタの住民が避難してきているようですね」
「返事はいつまでにすればいいんだ?」
「できれば二日以内にお願いします。依頼者のグループが三日後にここを出立しますので」
「判った、明日もう一度来る」
冒険者ギルドを出た俺は以前定宿にしていた宿に向かった。これだけ人が多いと空いていない可能性もあったのだが、幸いにして一人部屋をとることができた。<北の防衛亭>という宿で、湯浴びができるので、日本人の俺にとっては最高の宿だ。ちなみに、この国では風呂はない。多くは湯を使って身体を拭く程度である。水浴びのできるところは幾つかあったが。
その翌日、結局、依頼を受けることに決めた。別に理由は無いが、新しいことに興味が湧いてきたというのもある。おそらく、魔物討伐をするほうが、回りの人間に気を使うこともなく、精神的には楽だろうとは思う。それに、東というのも理由のひとつだった。聞いた話だが、王都で使用している塩、岩塩、は東の魔境の山から採ってきているというので、一度はそちらに行くのも良いかと思ったのだ。
「受けることにした。詳しく教えてほしい」
冒険者キルドのカウンターで昨日の受付嬢にいう。
「ありがとうございます。依頼は王城からで、調査団は文官が五名、その護衛が四十人です。ソージ様たち冒険者に求められているのは魔境での斥候役です」
「護衛が四十人? 騎士団でも?」
「はい、騎士が三十名に、魔法師が十名です。移動は徒歩で、期間は四日間です。移動は徒歩ですが、荷馬車が一台です」
「馬車? 空間魔法を使える魔法師肺はいないのか?」
「はい」
それを聞いて俺は顔を歪めた。馬車があると、動きが制限される可能性があったからだ。
「イスロンの冒険者は魔法使いがいるのだろう?」
「ええ、Eランクの三人が魔法使いです。ですが、空間魔法を使えるものはいないようです。もう一人は剣士です」
「そうなのか。俺への依頼料が倍になるなら荷持ちをしても良いが、交渉してくれるか?」
「判りました。いずれにしろ、明日の八の鐘が鳴るときに出立しますので、それまでにここへ来てください」
「判った」
翌日、少し早めに朝食を取り、七の鐘が鳴る時間に冒険者ギルドへ行くと、既に調査団のメンバーは集合していた。見たところ、女性が三人、男性が二人、黒のロープを纏っているのが十人、革の鎧を着けているのが三十人といったところだった。本来なら金属鎧を着けるところだろうが、今回の目的のため、軽装にしたのかもしれない。そうして、彼らの前にはテントや食料など、結構な荷物が積まれていた。
「ソージさん、お待ちしておりました。交渉の結果、ソージさんへの依頼料は三倍に増額されることになりました。荷物はこれですが、大丈夫でしょうか?」
昨日の受付嬢がいう。
「ああ、大丈夫だ。食料は生でも可能だ。亜空間庫では時間が経過しないからな」
「それはイスロンの街で購入する。とりあえず、これだけで良い」
そういってきたのは一行のリーダーと思われる騎士、おそらくは大隊長クラスの騎士、だろう。
「そうか、俺はソージ、冒険者ランクはDランクだ。よろしく頼む」
「ああ、私はヘンリック、護衛部隊のリーダーだ。よろしく」
騎士とはいえ、それなりの人物なのだろう。俺への態度を変えることなく、そう挨拶する。
「じゃあ、仕舞っていくぞ」
俺はそういって荷物を亜空間庫に仕舞っていく。それにつれて、頭の中に、荷物の名前が浮かぶ。
「調理器具は無いがいいのか?」
「判るのか?」
「ああ、荷物の名前がな」
「なら、イスロンで購入しよう」
「そうしろ、食事は俺たちは俺たちで、そちらとは別ということでいいんだな?」
「ああ」
「判ったよ。よし、終わったな。いつでも出発できるぞ」
「隊列だが、お前は・・・」
「お前、いうな。名前で呼べ」
俺は刀に手を伸ばしながらいう。その瞬間、場の空気は一瞬にして冷える。そうして続ける。
「俺は斥候だ。最前列を行く。イスロンからも変わらないだろう。そちらはそちらで決めろ」
「判った。すまなかった」
ヘンリックは謝罪してきた。それ以上問題は起きることなく、出立となった。
イスロンまでの道中、俺は常に彼らの前方、十mの距離を保ちながら移動していった。王都からイスロンまでの間には村があったのだが、彼らは訓練ということで夜営するといってきた。俺は了承して夜営に適した場所を確保し、言われるままに荷物を取り出した。俺自身は昼食は宿で作ってもらった弁当で済ませ、夕食は途中で手に入れたプレーリーラットの肉を使った。メニューはパン、ステーキ、野菜炒め、それにお茶である。
俺たち陸軍士官学校生はサバイバル訓練も課程に入っているので、一通りの訓練は受けていた。この国に来て、韮もどきのニエラがあることを知ったのだが、ニエラは食されることはないという。まあ、食べてみて結構いけたので俺は食べることにしている。塩しかないこの国での食生活に彩りを与えていると思う。それでも、胡椒とか唐辛子があれば、とは思うのだが、それはなかった。
イスロンまでは徒歩で二日、彼ら調査団にとっては良い訓練になったのかもしれない。天幕を設置したり、食事を作ったりと、普段はしないだろうしな。ひとつ気になったのは、女性の一人がかなりの地位の人間だと思われることだった。名前はエリーゼというらしい、は他の人間に傅かれているように思う。ひょっとしたら王家の関係者かもしれない。ちなみに、フォレスタ王国は国王と王妃、二人の子供がいたはずだ。子供はいずれも女だとは聞いている。
ともあれ、俺たちはイスロンに無事に到着した。一日休息に当て、二日後に出立ということになった。その間に、俺は残りの冒険者との顔合わせを済ませる予定だ。少なくとも、俺たち冒険者の側である程度話をつめておかないと、旅程が進まないと思われたのだ。それに、連携の問題もある。
 




