生活しなければ
五月十二日、俺は宿としている家を出て冒険者ギルドへと向かった。ちなみに、スタンレーの街には宿は四軒あるが、料金が結構いい値段がするので、冒険者ギルドの紹介で民家に泊めてもらっている。いわゆる、民拍というやつだ。俺は衣服職人のゲールの家に泊めてもらっている。ゲールは五十歳、奥さんのマリーはひとつ下という、家に居候している。月額で銀貨二枚払っているが。狭い街なので、対して時間もかからずに冒険者ギルドに着く。ここの冒険者ギルドは小さく、職員が五人と支部長の六人で運営している。俺が冒険者登録したワーグナン王国東部の街は大きく、カウンターも五つあったが、ここはひとつしかない。
「おはよう、ソージ」
扉を開けて入ってきた俺にカウンターからジェシーが声をかけてくる。ここスタンレーの街の冒険者ギルドに所属する冒険者は十人ほど、なので、顔を覚えている。
「おう、おはようさん。なんか新しい依頼きてるかい?」
「相変わらずよ。今日はどうするの?」
肩をすくめながら答えてくる。
「じゃ、東側の魔物討伐かな」
「了解」
そういってファイルから書類を抜き取る。ちなみに、ここでは掲示板なんてない。そういうことで、ジェシーに冒険者カードを渡すだけで事足りる。
この街では魔物討伐といえば、ジャンピングラビットかプレーリーラット狩り、後、たまに紛れ込んでくるゴブリン、オーク、ブラウンボアくらいで、何を狩るという指定はない。目に付いた魔物を狩ってくるということになる。ちなみに、なぜ東かといえば、西に比べて魔物が少ないからだ。昨日まで、西で狩りをしていたから、今日から六日間は東側にする。これはここ半年ほど代わらないので、ジェシーや他の冒険者も知っている。そうして、日が指紋に向かう。
「おう、ソージ、今日からこっちか?」
衛兵のジェラルドが声をかけてくる。
「ああ、なんか変わったことはないか?」
俺も気軽に聞く。
「何もない、というか報告は受けてないよ」
「そうか、とりあえず、四の鐘が鳴るころには戻るよ」
「ほい、気をつけてな」
街の東門を出て北東に向かって草原、というよりも切り開かれた森を進む。このあたりは耕作地にするため、開墾されたのだが、農民が移住してこなかったので、そのままになっているらしい。だから、この辺りには害獣指定されているジャンピングラビットやブラウンボアは現れない。プレーリーラットがいるくらいだろうか。結局、この日はプレーリーラットが十匹と迷い込んだと思われるブラウンボア一頭を狩ることになった。
「おかえりなさい。あら、大物がいたの?」
ジェシーがブラウンボアを見て言った。
「迷い込んでいたみたいだな。プレーリーラットの一匹以外は買取を頼む」
「了解しました」
いつものことなので、どうして、などと聞かずに処理をしている。ちなみに、これで、銀貨五枚と銅貨八枚になる。プレーリーラット一匹はマリーに渡すものだ。
ここフォレスタ王国は小さい国にもかかわらず、百人以上の冒険者がいるようである。最高ランクはBランクであり、Cランク以上の冒険者の多くはサウスタに集中しているらしい。理由は簡単で、より高ランクの魔物が現れるからである。俺がこの国に来たとき、サウスタの街に入ったのだが、やはり、冒険者は多かった。特に、亜人といわれる、獣人の冒険者も多かった。ワーグナン王国ではほとんど見なかったにもかかわらず、である。
聞くところによれば、ワーグナン王国やノイエランド帝国は亜人排他政策を採っているようである。それらの国にいる獣人たちは奴隷として扱われているようで、だからこそ、ここフォレスタ王国に多く集るのだという。ちなみに、フォレスタ王国は奴隷を認めていない。なので、自由を求めて多くの獣人がフォレスタ王国に集り、その多くが冒険者ということになっている。今では奴隷商人が来ることは無いが、何十年か前はよく来ていたらしい。
その商人であるが、ワーグナン王国とノイエランド帝国との間が戦争状態になったことで、国内での消費が制限されたことで、武器と食料以外の商品を商うことが増えたという。また、今は表面化していないが、幾人かの職人がフォレした王国に移住してきているらしい。武器職人は今が稼ぎ時であっても、装飾品などの職人はそうではないようである。そういった理由もあって、サウスタの街は軽い混乱が起きていると聞いている。
「おはよう、ソージ、支部長が話があるって。悪いけど、支部長室へ行ってくれないかしら」
翌日、冒険者ギルドの扉を開けて入ってきた俺にジェシーはそう声をかけてきた。
「なんかあったのか?」
「私も詳しくは聞いていないわ。行けば判るでしょう」
「そうか。勝手に入っていいのか?」
「いいわよ」
そういわれた。
ということで、俺はカウンターの横にある通路を奥に向かって歩いて行き、廊下の突き当りの左手の部屋へ向かう。他の冒険者ギルドではどうか知らないが、ここはそう厳しくもなく、案内が着くことはない。俺も、この街に来たとき、挨拶に来ているし、勝手知ったるなんとやらである。
「入れ」
扉をノックすると中から声が聞こえてくる。
「入るよ」
そう声をかけて扉を開けて中に入る。
「おう、来たか。勝手に座ってくれ」
そういってきたのは四十過ぎの男であった。支部長のロイである。
「なんかあったのか?」
部屋の中央に置かれた古びたソファに腰を落としながらいう。
「呼びたてて住まんな。実はサウスタの西門を出たところに魔物が多く出現するようになったらしい。ワーグナンとの街道が危険な状態だ。で、こちらに何人か応援にまわしてくれ、とな」
サウスタの西門を出てスロープ状の街道を降りたところに、ワーグナンから山間を通る街道の合流点がある。
「なぜ俺なんだ?」
「簡単だよ。ここじゃあ、お前が最高ランクだからさ。FランクやEランクの奴は危なくて応援にはならんからな」
「やれやれ。すぐには無理だぞ、出立の準備もある」
「ああ、五日後の十二の鐘が鳴るころに来てくれ」
「判った」
結局、その日は狩りには出ず、そのまま家に戻ることになった。出てすぐに戻ってきた俺に、ゲールは不振そうに声をかけてきた。
「どうしたんだ?」
「いや、ロイからサウスタに応援に行ってくれ、そういわれたんだ」
「お前でなきゃ駄目なのか?」
「どうもそうらしい」
「そうか・・・」
「なに、すぐに戻るさ。そしたらまた泊めてくれるか」
「ああ、それはかまわんが、寂しくなるな・・・」
引越しとはいえ、俺は空間魔法が使えるので、私物はすべてそこに入れている。この家に置いていたのは、着替えと日用品だけなので、それらを亜空間庫に仕舞えばそれで事足りた。しかし、ほぼ半年以上世話になっていたので、翌日からしばらくは一緒に過ごすことにする。この世界に召還されてから、初めて深い付き合いをしたのが彼ら夫婦だったからである。そうして、ラリア暦千四百七十六年五月十五日、俺は久しぶりにサウスタに向かうこととなった。
 




