異界
男がまだ何かを言っているが無視して歩き始める。
女の子に案内をしてもらいながら少し歩くと、森の中の小さな村にたどり着いた。
畑が多く、農業を営んでいる場所だと一目でわかった。
「着いたよ。運んでくれてありがとう・・・」
「いや、いいんだ。助けておいて放っておく訳にはいかない。」
村の門まで来たとき、ふと足が止まった。
同時に頭の中にある記憶がフラッシュバックする。
恐怖で泣き叫び、逃げ惑い、慈悲を乞う村人たち。燃える民家、畑、人々。
その業火の中で武器を構え佇む自分と仲間たち。
「どうかしたの?」
「あぁ、いや。なんでもない。」
あれは生前の話だ。なぜ死後の世界で思い出さなくてはならないのだ。
これが地獄というやつなのだろうか、生前に悪事を働いたときに送られるという。
なるほど、これが地獄の世界か。噂で聞いた溶岩だらけで緑が一切ない場所だというのはデマだったのだろう。
そんな事を思いながら村の中に入っていくと、人々が集まってきた。
ひそひそと声が聞こえてくるが、どうもいい印象は持たれていないみたいだ。
尤も、こんな武装をしたやつを見れば誰しもそういう反応になるのはわかりきっていることだが。
「もうそろそろ下してくれると嬉しいんだけど・・・」
「そうだったな、すまんつい考え事をしていて。」
女の子を下すと村民が一斉にざわついた。
突然、どこからともなく小石が飛んでくる。当たりはしたが、さほど痛いわけではなかった。
飛んできた方向を見ると、不思議そうな目でこちら側を見ている小さな子供たちがいた。
こんな服装のやつを見ればそういう反応もでるだろう、自分でも明らかに場違いだと思える格好だ。
奥の方から出てきた大人達が急いで子供を抱いてその場から離れる。あの子たちの親だろうか?
どうやら俺は恐ろしい何かに見えているのだろうな。まあこんなに武装していたら無理もないか。
そんなことを思いながら辺りの人々を見ていると、群衆の間を割って一人の老人が現れた。
「ずいぶん遅かったじゃないか、心配していたんじゃぞ?」
「ご、ごめんなさい長老・・・実は、盗賊たちに襲われていたの・・・」
「なにぃ!あれほど気をつけなさいと言っていたじゃろうが!」
「でも、この人が助けてくれて大丈夫だったから・・・」
「大丈夫なわけない!その人が現れなかったらどうなっていたかわからんのか!それに見ず知らずの人を巻き込んで・・・」
「故意に巻き込んだわけじゃ・・・」
「だいたいお主はいつも危機感がなさすぎるんじゃ。若い女の子が一人で森の奥に入ったらどうなるか、考えればわかることじゃろう。」
彼女の言葉を遮って話が続けられる。
なるほど彼がこの村の長老か、確かにそれらしき雰囲気は出ている。
「で、でも私は魔法が使えるし・・・」
「まだまだ見習いの癖によく言うわい。この間も同じような目にあいかけて助けられておって・・・」
あの長老はよほど話好きと見える。
これは長くなりそうだな、まあもう大丈夫だろうからサッサと地獄を巡る旅に行くか。
そう思いながらその場から立ち去ろうとしたとき、後ろから長老に呼び止められる。
「なんだ?」
「あなたがローアを救ってくださったのですな?」
なるほど、あの女の子はローアというのか。
故意に救ったわけではないが、救ったことには変わりない。
「まあ、そうだが。」
「それはそれは・・・ご迷惑をおかけしました。もしよろしければ私の家に寄っていただけませんか?この子を救ってくださったお礼をしたいのですが・・・」
「礼か。いや、別に・・・」
いや、待てよ。
地獄の話は噂程度でしか聞いたことがない。
旅をするにも情報がないと苦労しそうだ。
長話は嫌いだが、情報が得られるのだ。少し我慢するか。
「・・・わかった。寄らせてもらおう。」
「そうですか、それでは案内します。」
ローアが見つからないようにこっそりとその場から離れようとしている。
しかし、すぐに長老に見つかり長老の家に来るように言われた。
「なんで私まで・・・・」
「あたりまえじゃ!元はといえばお主が悪いのだから責任を持ちなさい!」
「はーい・・・」
自分も長老の後を追いかける
人だかりは殆どなくなっていたが、まだ残っている人たちがこちらを見ながら、まだヒソヒソと話している。
何を話しているのか気になるところだが、気にしない方がよいだろう。
そう思い、ぼんやりと村の風景を見渡しながら長老について行くと周りの家より少し大きい家に案内された。
長老というだけあって大きい家に住んでいるんだな。
中に入ると、見るからに古いものがそこら中に置いてあった。
陶器、何かの像、そしてどこかで見たことのある2丁の銃。
よく見れば、あれは自分たちも使っていたものではないか。
周りのものを見渡しながら、勧められた椅子に座る。
「飾ってあるものに興味がおありですか?」
「無いといえば嘘になるな。あれはどうやって手に入れた?」
「あの森に落ちていたのですよ。あそこの森は得体の知れない物がよく落ちていますから。」
「私が集めてきたんだよ。」
「なるほど、よくわからない物か・・・」
「動くものもあるのですが、目的や使い方がさっぱりわからないのです。」
一般人には使い方はわかりにくいだろうが、使用目的がわからないというは驚きだ。
さっき見ていた感じでは、ここはド田舎だから戦争とは疎遠なんだろうが、それでも銃を知らないというのは不思議なものだな。
「ところで、あなたはどこからおいでになられたので?」
「それは言えない、機密情報だ。」
「はあ、そうですか・・・」
「逆に聞こう、ここは死後の世界というものなのか?」
「はっはっは、ご冗談を。ここが死後の世界のわけないでしょう。我々はちゃんと生きていますぞ。」
死後の世界ではない?なら俺は死んでいないのか?
いや、あの時確かに意識が途切れる感じがした。
それではここはなんだ?
「長老、この人の頭大丈夫なの?」
「命の恩人になんと失礼なことを言うのだ!すみません、無礼なことを・・・よろしければ、どういうことか説明していただけますかな?もしかしたらお力になれるかもしれません。」
「そうだな・・・」
俺は自分のことを簡潔に話した。
処刑されたなんて絶対に話せない為、突然意識が途切れて気づいた時にはあの森に居たと話す。
「へぇー、不思議なこともあるんだね。」
「うーむ・・・その身なりから、この世界の方ではないとは薄々感じてはおりましたが・・・」
「なるほど、異世界か・・・それで、俺みたいな奴は今までいたのか?」
「はい、森の中で骨と一緒に見たこともない服や物が散らかっていたことなら。恐らく野生動物に襲われたのでしょう。」
・・・どうやら俺は運が良かったらしい。
下手すれば俺は2度も死んでいたのかもしれない。
とっくの昔に神様には見放されたと思っていたが、そうでもないみたいだ。
「なら、教えてくれないか?この世界のことを。」
「それぐらいならお安い御用ですよ。何をお話ししましょう?」
「この世界の基本と、国、この国の地理についてだ。」
「わかりました。少々長くなりますがよろしいですな?」
「ああ、頼む。」
話を聞き始めてから数時間ほど経ったと思う。
もうある程度の情報は聞き出せたから、これ以上は勘弁してほしい。
隣に座っていたローアに至ってはすでに眠ってしまっている。
しかし、魔法があるとは不思議な世界だ。
噂でしか聞いたことがないが、やはり魔法とは便利なものなのだろうか?
もっとも、生活の一部になっていては便利かどうかなんてわからないのだろうが。
「さて、こんなものですかな。」
「ありがとう。だいたいわかった。」
「お役に立てたのなら何よりですよ。」
「ところで、魔法というのは俺たちの世界にはなかったのだが。ちょっと見せてもらえないだろうか?」
長老「お見せしたいのですが、誰でも使えるわけではないのです。そこの娘のように魔力を持った者のみが使えるのです。」
なるほど、特別な人間しか使えないのか。
そして、その特別な人間が隣にいると・・・
ローアの方をちらっと見るとまだ眠っている。
見た目も普通の女の子であるこの子が、本当に特別な人間なのだろうか怪しいものだ。
「おい、ローア。起きなさい。」
「うぅん・・・あ、長老。お話は終わりました?」
「終わったから、この方に魔法を見せて差し上げなさい。」
「なんだかわからないけど、わかったよ。」
そういうと、ローアは手を前に突き出した。
すると、すぐに手のあたりから放電しているのが見えるようになった。
なんとも拍子抜けだ、魔法というのはもっと大掛かりなものだと思っていたんだがな。
「これを飛ばしたり、何かに触ったりすると電流が流れるんだよ。」
「ほう、スタンガンみたいだな。それを無限に撃てるのは便利だな。」
「すたんがんっていうのが何か知らないけど、使いすぎると疲れて使えなくなるから無限ってわけではないんだよね。」
それでも銃よりかは遥かに便利である。
銃火器は弾や整備に莫大な費用が掛かる。しかし、話によれば魔法なら本人の疲労だけで済むではないか。
重たい武装をして移動せずとも、本人さえいればよい。
噂通り素晴らしいものだな、魔法というのは。
「この子は雷の魔法を使うことかできるんです。」
「1つだけなのか?」
「今はね。修行すればもっと使えるらしいけど、そんなに多くの魔法を使っている人は見たことがないよ。」
なるほど、便利さの裏には努力が隠されているのか。
そう考えると、銃火器は操作方法さえわかっていれば大抵のものは使える。
やはりどちらが便利かは決められそうにないな。
ただ、魔法という不思議なものは何か惹かれるものがあるな。これが浪漫というやつなのだろうか?
「さて、お礼をお渡ししたいのですが、生憎この村には財宝と呼べるものがありませんので・・・」
「いや、金品ならいらない。そんな物はあっても仕方がない。それより、あの壁にかかっている2丁の銃がほしい。」
長老が目を丸くする。
お金より使い道もわからない壁飾りがほしいと言い出すのだから無理もない。
「いいんですか?あんな得体の知れないもので。」
「いいんだ。あれは俺にとっては実用性のあるものだ。問題ないか?」
「ええ、まあいいですよ。あなたも物好きですね・・・」
そういいながら長老は壁にかかっている狙撃銃と突撃銃を外して渡してくれた。
手に取って確認してみると、正しく自分が使っていたものと同じ型だった。
これなら替えの弾倉を2つずつ持っているから使える。
ただ、この世界に銃が存在しているのかどうかわからない以上、弾を無駄にはできない。
「よかったね!えーっと・・・・そういえば名前まだ聞いてなかったね。あなた、名前は?」
「俺か?俺は・・・そうだな・・・ツィール・ハウンドだ。」
「なんか変な名前だね。」
「余計なお世話だ。これが俺のコードネームなんだからな。」
「こーどねーむ?」
「いや、今言ったことは気にするな。」
首を傾げてこちらを見てくるローアから目をそらす。
この名前がコードネームだと軽々と口にするのはよくないな。
これでは本名が別にあると言っているようなものだ。
幸い、コードネームの意味を知らないようだから良かったが。
「ふーん。私はローア・フリーデン、ローアって呼んでね。」
「そうか、よろしくなローア。」
ローアの方から目を反らした際に、ふと窓から空が見えた。
もう日が沈みかけているのか、燃えるように赤く染まっていた。
お礼も受け取ったことだ、そろそろ行かなくてはならないな。
「さて、そろそろ失礼させてもらう。」
「どこかに行かれるのですか?」
「いつまでも世話になる訳にはいかない。」
「もうすぐ日が暮れますぞ。村の外の夜は危険です!」
「大丈夫だ、夜営の心得はある。今まで何度もしてきたことだ。」
「それでは全然休めないでしょう。あまり騒がしくしなければ迷惑にはなりませんから、どうか村で休んでいってください。」
遠慮すると言おうとしたが、やっぱりやめた。
この長老のことだ、俺が滞在するというまで止めるつもりだろう。
それこそ夜営するより厄介なことだ。
「わかった。一晩だけ世話になる。」
「話も纏まったし、私はもう帰るねー。」
「なにを言っておる。ローアが泊めて差し上げるのだぞ。」
「えっ、私が!?」
「当たり前じゃ。助けてもらった本人がお礼もしないとはなにごとか。」
「確かに、私がお礼をしたいって言ったからついてきてもらったんだけど。泊めるのはちょっと・・・私だって年頃の女の子だし・・・」
「いつまでも年長者に迷惑をかける年頃の女の子がどこにおるのだ。」
「うぐぐ、それを言われると反論できない・・・」
迷惑をかけている自覚はあるみたいだ。
長老の話から察するに、もう何度も迷惑をかけているようだ。
自覚があるだけマシなのか、いや迷惑はかけないに越したことはない。
「はぁ・・・わかった。じゃあ私の家に行くよ、ハウンドさん。」
「ツィールでいい、堅苦しいのは嫌いだ。それと長老、世話になったな。」
「とんでもない。むしろ感謝すべきなのは私の方ですよ。」
長老が立ち上がって深々と頭を下げる。
俺は軽く会釈だけして、足早に長老の家から立ち去るのだった。