邂逅
ざぁっと流れる水の音と冷たい感触によって目が覚める。
重い体を起こしながらあたりを見回すと、辺りは木々に覆われており自分の下半身は川の中に浸っていた。
どうやら自分は森の中の川辺にいるようだ。
自分は何故ここにいるのだろか、川に浸かりながら眠っていたのだろうか。
そんな疑問も意識がはっきりするにつれて、だんだんと思い出してきた。
そうだ、自分は処刑されたのだ。
理由を伝えられることもなく、突如処刑を命じられた。
自分は様々な命令を受け、その命令通りに動いてきたつもりだ。
刃向かったこともなければ、命令されたことを失敗したこともない。
それなのになぜ殺されたのか、考えてみてもわからなかった。
考えるのは後にしてとりあえず、散らばっている大自然に不似合いな持ち物を回収する。
それらをポケットなどにしまうと同時に、自分の服装を確認する。
血などは一切付いておらず、ズボンがビショビショになっていくことを除けば、代り映えしないいつもの服装だった。
本当に殺されたのだろうか?殺されたにしては綺麗すぎる。
少し考えた後、ここは死後の世界なんだと思った。
なるほど、ここが死後の世界か。思っていたよりずっと静かではないか。
ゆっくりと深呼吸すると澄んだ空気がいっぱい入ってくる。
吸い込んだ空気をゆっくりと吐き出すと、さっきまでの眠気が一気に吹き飛んだ。
硝煙と血の匂いくらいしかまともに嗅いだことがない俺にとっては新鮮すぎる空気だった。
さて、これからどうしようか。
ここが死後の世界ならば、自分を裁く者がいる筈だ。
天国だったか地獄だったかに送られるらしいが、自分はどちらなのだろうか。
未知の体験を楽しみに思いながら周囲を探索する。
植物や木々に覆われた大地、これが森というものなのか。
噂でしか聞いたことがなかったが、このような場所が本当にあるとは思いもしなかった。
自分のいた町は砂漠に囲われた場所だった為、緑はとても少なかった。
あるとすれば、近くのオアシスにある木か仙人掌くらいだ。
森の中は乾燥した砂漠と違い、程よい湿度に心地の良い風が吹く。
木々の根が張り巡っていて少し歩きにくいが、そんなことなど気にならないほど素晴らしい場所だ。
しばらく大自然に見惚れながら歩いていると、何かが動く気配を感じた。
気づかれないようにさっと木の陰に隠れて様子を見る。
こっそりと覗き見ると、1人の女の子を5人ほどの大男が取り囲んでいる様子が見えた。
息を殺し、その集団の話し声に耳を傾けると会話が聞こえてくる。
「私は大丈夫ですから。」
「いやいや、こんな森深くにいると危ないよ。」
「そうそう、だから俺たちが村まで送ってやろうって言ってるんだよ。」
「お気持ちは嬉しいですが、私は1人でも帰れます。」
「でもさぁ、危ないよぉ?そこら中に猛獣がうろついていて。」
「獣除けのお香を持ってますから。」
「そんなこと言わずにさぁ、ボスが心配して声をかけてくださったんだからさぁ。」
男が強引に手を掴もうとした瞬間、手が弾けて男はあまりの痛みに言葉にならない声を上げていた。
「こ、こいつっ!」
「おい、俺は女の子だからと言って容赦はしねぇぞ?」
今まで一歩下がって様子を見ていたボスらしき男が突然女の子の首元を掴んで持ち上げた。
女の子は必死にもがくも、力の差がありすぎて抵抗することができずにいた。
「さぁて、これ以上抵抗できないように手足を落としちまうか。」
「そんなことしたら、価値が下がりませんか?」
「大丈夫だ、手足がなくとも需要はあるもんだ。」
「さっすがボス!」
そういうと、ボスらしき男が腰に下げていた剣を抜こうとした瞬間だった。
自分の体は無意識に動いて、その集団に駆け寄っていた。
男たちは突然の奇襲に驚きつつも、手に持っている武器を構えた。
「なんだお前!」
そういいながら剣を振ってきたが、軽く躱して一気に女の子のほうに近づく。
他の男たちも槍や斧で攻撃してくるが、すべて見切っていく。
ボスらしき男に殴りかかろうとすると、男は女の子を放してパンチを避けた。
自分はすぐさま体制を立て直し、木に凭れ掛っている女の子を背にして戦闘態勢を整えた。
「あ、あなたは・・・」
「ただ通りがかっただけだ、気にするな。」
「なんだ?あの変てこな奴は。」
「そのお嬢ちゃんを守ろうっていうのか?」
「別に守ろうと思ったわけじゃない。体が勝手に動いただけだ。」
「へっ、格好つけやがって!」
そういった男がこちらに向かって走ってくるのを見て、こちらも迎え撃つために距離を縮める。
相手が振り下ろした剣を避けるのと同時に、上着に挿してたナイフを抜いて振る。
予想通り、自分の振ったナイフは相手の手首を捉えて両断していた。
剣を持った男の手が宙を舞う。
切断された男は、あまりの痛みに耐えきれず腕を押さえたまま気絶してしまった。
一瞬の出来事に男たちは驚き怯んだが、仲間の敵と言わんばかりにこちらに突っ込んでくる。
それらを流れるように回避しながら、自分の切りやすい部位を的確に斬っていく。
腕、足、脇腹と斬っていくと辺りに血が飛び散り、地面が紅く染まった。
周りの男たちを全員倒すと、目の前に男たちのボスが出てきた
「貴様!よくも俺の子分を!」
大声を上げて剣を構えて突撃してくる男の腕を掴み、捻りあげて骨を折ってその場に投げ飛ばす。
男はなんとか立ち上がったが、骨折と地面に叩き付けられた痛みでフラフラしておりすぐに地面に倒れこんだ。
「お前も、子分たちも重症ではあるがすぐに手当てをすれば死にはしない。さっさと子分たちを持って撤退しろ。」
「わ、わかりました。い、命だけは助けてくだせぇ!」
「それは俺が決めることではない。」
そういいながら女の子の方をみる。
すこし混乱しているようだったが、殺さないでいいという返事が出たため血を拭ってからナイフをポケットに挿し込んだ。
「よかったな。殺してくれと言われていたらお前は死んでいたぞ。」
「は、はい・・・」
俺は再び女の子の方へと歩いていき、大丈夫かどうか尋ねた。
女の子は大丈夫だと答えて笑顔をみせた。
そして、お礼がしたいからついて来てほしいと言った。
特にすることがなかったため、俺はついていくことにした。
歩こうとした瞬間、ボスがいきなり立ち上がって骨折していない腕で剣を持ちながら突撃してきた。
「馬鹿め!無暗に情けをかけるとこうなるんだよぉ!!!」
立ち上がった瞬間、俺は腰に挿していた拳銃を抜くと同時に2発撃った。
狙い通りどちらも太腿を打ち抜き、男はその場に崩れ落ちる。
男の奇襲と銃声に驚いた女の子は腰が抜けて地面にへたり込んでいた。
「大丈夫か?」
「うん・・・少しビックリしただけ。」
「そうか、驚かせてしまってすまない。」
「ううん、また守ってくれてありがとう。」
そういうと女の子は立ち上がろうとしたが、力が抜けてうまく立ち上がれないようだった。
「あ、あれ?」
「腰が抜けてしまったか。仕方がない。」
「え、あの、ちょっと」
俺は女の子を抱えて持ち上げる。
すると、女の子は顔を紅くして慌て始めた。
何か言っているが、気にしないことにする。
「さて、案内はできるだろう?」
「うん・・・」
何かを諦めたのか、急におとなしくなった。
再び歩き出そうとすると、後ろから声が聞こえてくる。
「ちょっと待ってくだせぇ!一生のお願いですから助けてください!」
助けを乞うた男の顔をじっと凝視する。
俺は呆れて男に向かって言い放つ。
「お前は一度与えた慈悲を無駄にした。二度目などあるはずない。」