プロローグ
「香・・・・・・」
少年は、幻想の海岸に一人たった。
――人を滅ぼす物が化け物の力だ。
迷信深い科学者が一人嘯いたのを少年は聞いた。
「人を滅ぼすのが、化け物の力なら・・・・・・」
潮風が彼の髪を揺らした。
「盛大に、俺らで滅ぼしてやろうじゃないか。
なぁ、香」
刺すように、全身を満たす8月の潮の香が吐きけを催した。
あと少し、あと少し、あと少し・・・・・・。
蝉の音が耳に響く。
「俺、このまま人殺しになるんだろうな・・・・・・」
――自嘲を含んだその声は、微かな潮の音に揉消された。
――蝉の音が、不気味なほどに澄んでいた。
「そろそろ、化け物じみてきた」
嫌だって、思っても、しょうがない。
じきに、俺も『本当の化け物』になる。少年は諦め顔で呟いた。
一匹分の蝉の鳴き声が、消えた。
――夏も、終わりに近づいた。
あれほど暑いと不平を散らした日も、まるで幻想のように消え去り、あとに残るのは虚無の白だった。
やり直せたら、そんな事は何度も思った。だが、もう遅い。
「俺、もう死ぬんだろ」
悲しくはない。そう彼は思えた。あいつらと一緒に死ねるなら、何て素晴らしいことだろう。
また、蝉の音が消えていった。
「・・・・・・あんな、蝉みたいにさ」
――幼いころ、家の庭にでて必死に蝉の抜け殻を探したもんだ。
今更、そんな事を思い出しても、嬉しくはない。
「――・・・! ・・・・・・!」
誰かが、彼を呼ぶ声が聞こえた。
フッと、視界が真っ暗になった。