01:StaRtING memOrIes
今回は「EPIS・CHRONICLE〜人類史と神話が交差せし時、世界は騒乱へと誘われん〜」を御覧頂き有難うございます。
彩雅の処女作ですので拙いものとなっていると思いますが今後とも末長く読んで頂けると光栄です。
歴史は言う。日常とは何よりも脆いものだと。
だがその声は人が聞き取るには余りにも小さすぎた。
故に人は今日も『ツマラナイ』と感じて普通を過ごす。毎日が変わることが無いと信じきっていたからだろう。
___だけど、それって本当?
爆音が鳴った。
余波で人が飛んで、死んだ。
至って単純明解でたったの二行程で表せるこの現状は所謂『異常』と言うものなのだろう。
だが___そんな単純で『異常』な現状でさえ人々が理解するには難しすぎた。否、正確には理解したくなかったのだろう。
無理も無いことだ。もし、コレに冷静に対応できる者がいるとすればそれは『日常』を世間一般の言うところの『異常』として消化している輩だけだろう。
まあ、平和に溺れた世界にそんな者など居るはずも無く___人はただ恐れ、叫び、逃げ惑う。逃げる場所などありもしないのに。
「まあ結局、今回も前回と同じっていう結論に辿り着くワケかしら?」
「そうですねぇ…まぁ、わかっていたことでしょう」
秩序の壊れた都市の一角。
彼女等は実に愉快だと言わんばかりの顔と声音で呟いた。
何故、この状況でそのような呑気なことが言えるのか。また、彼女等の言う『前回』や『今回』とは何なのか。
もしもこの会話を聞く者がいたとすれば十中八九そう思うだろう。
しかしそれは結局わからぬこと。知っているのは本人たちのみと言ったところである。
「そうね。それにしても遅くないかしら?彼奴、全然来ないわよ?」
「確かに。これほど荒らされれば出てくるものだと思うのですが…此処では無かった、とか言う陳腐なオチですかねぇ?」
「あり得ないわ。だって彼奴、飽きないことに毎回初めに此処を救うじゃない?全く英雄って凄いわよね〜。尊敬しちゃうわ。」
___初めに此処を救う
まるで未来がわかっているかのような言いようの会話だ。しかしそれは彼女のセリフを最後として途切れた。
突如脳内に響いた雑音混じりの声に不機嫌さを隠さない面を見せる彼女。渋々といった様子で手を耳に当て頭に流れ込む情報に耳を傾けた。
情報が増えるに従って彼女の表情は重く、深刻なものへと変わっていく。
「はぁ⁉︎……居ない⁉︎………で、ソレは信用するに値する情報なのかしら?……………そう、で、確認は?…………は?消失?巫山戯ているのかしら?………で、どうするつもりかしら?……仕方が無いわね………ええ、その手筈で…失敗したら断頭台送りと言っておきなさい」
プツッと音を立てて通信は切れた。
不機嫌な顔を直さず彼女は青年に
「彼奴、逃げたらしいわよ?」
青年は一瞬目を見開き___そして愉快に笑う。
「厄介ですねぇ…クククッいや失礼。これまでの喜劇とは違った舞台になりそうで楽しみなんですよ。」
「何を呑気に笑っているのかしら。状況は一刻を争うのよ。何せ失敗=我々の死滅を表しているのだから」
彼女の顔に怒気が映る。
青年は茶化すように肩を竦めて、
「の、ようですねぇ…いやぁ、大変だ。まっ終わったことは終わったこと。ぐちぐちと何か言ったところで仕方ないでしょう。それに…いざとなれば、ね?」
チラッと彼女を見て呟かれた言葉に「さあね?」と曖昧な答えが返る。
先程の怒気は消え失せ、ただ不敵な表情が青年の双眸に映る。
「でも、それじゃあ面白くない…そうでしょう?一瞬で終わってしまう駄劇なんて何時でも作れるわ。
相手と身の丈を合わせた上で完膚無きまでに無様な虫螻を叩き潰す…それが面白い…違うかしら?」
小さな唇が歪んだ。
「ええ…そうでしたねぇ…僕としたことが肝心なことを忘れていましたよ」
「じゃあ、貴方も手伝って下さる?今回のプランはやる事が多いのよね。」
彼女の投げた書類は不可思議な軌跡を辿り青年の手の中へ収まった。
書類に目を通し、口角を上げる。
「御意に、マイマスター」
青年は一礼し、風に吹かれた煙のように掻き消えた。
ソレを満足げに見届け、彼女は眼下に広がる惨状に視点を切り替える。
「今回は…生き残れるかなぁ、それとも…死ぬのかなぁ♪あははははっ!」
ジュルリ。
舌舐めずりをする音が響く。
黒幕は愉快に笑う。自分が仕立てた劇をその双眸に映して___
◆
今にも雨を降らしそうな曇天が空を覆っていた。
___無くなってから大切さに気づく、というのはこういうことを指し示すのだろう___
突如始まった残酷な今の中、少女は不思議と冷静な頭で考えた。
それは、もう死にかけだったからかもしれない。もしくは、これから自分がどうなるのか想像がつかなかったから。
だか、後者は無いだろう。彼女の目の前には死が散乱しているのだから。
霞む視界には大きな血溜りと横たわる何か。
双方異なる方向を見つめる虚ろな瞳。額から暗赤色の液体を垂れ流しており、胸のあたりには風穴が開いている。
かつて少女の友人をしていた者の屍。かなり親しい関係の。少女の冷静な脳がそう訴えていた。
しかし、不思議と何の感慨もない。「ああ、そうだった」程度の認識だ。
もうすぐ自分もこうなると理解しているからだろう。むしろ、理解するなと言われたろうが難しい現状だった。
脇腹からは多量の血液が流れ出ており、その少し後ろには靴を履いた土色の棒が落ちている。
___否、よく見ると棒ではない。それは何かの足だった。
少女の右足にはそれと同じスニーカーが履かされており、左足は欠損している。
つまり、落ちていた足は少女のものだったのだろう。
苦痛と共に発狂する時間は既に終わり、少女は死の淵に佇んでいた。
暑さも寒さも感じない白黒の世界。その奥で死んだはずの友人が手招きしている幻想が映る。
友人に会いたい。
胸の底にある思いが表に躍り出る。だが、一向にその一歩を踏み出せないでいた。
(これを踏み出せば…自分も死ぬのだろうか)
否、確実に死ぬのだろう。だが、それがどうしたと彼女は頭を振り、足を踏み出そうとする。
しかし___否、やはりと言うべきか。彼女の足は動かなかった。
「ッッぁ…ぃゃだ……」
掠れた声で呟かれた言葉が押し留めていた感情の枷を外す。
___何で死ななきゃいけないの?
___何で私は殺されるの?
___何で、何で?死にたくないよ。怖い。
脳裏に浮かぶ阿鼻叫喚の声。
無くなったと思っていた死への恐怖。死を受け入れるには若すぎたのだ。
生温かい液体が頬をつたる。
「死にたく…ない…怖いよ……」
ガタガタと小刻みに震える身体。蒼白になった顔から零れ落ちた言葉は自分自身も驚くほど力強いものとして発せられた。
その所為か、はたまたお陰か。少女に近付く足音が一つ。
その音に彼女は身を強張らせた。
思い出したのは、自分を死へと追いやろうとした殺戮者の姿。
先程の声を聞いていたのだろうか?今直ぐ、殺されてしまうのだろうか?ぐるぐると脳裏を巡る推測と焼き付いて離れない殺戮者の恐ろしい微笑みが浮かんだ。
足音が大きくなる。
鼓動が早くなるのを感じる。アドレナリンを抽出し過ぎた所為か、緊張しすぎた所為か。恐らく両方だろう。痛みは感じない。
足音が途切れる。
今、自分の背後に死が居る。
彼女は激痛と共に来るであろう視界の暗転から目を逸らすように眼を閉じた。
___。
来るはずの激痛は来ない?
ゆっくりと開いた瞼のその先には___少女を覗き込む空色の瞳があった。
三つ編みにされたプラチナブロンドは先程まで黒い雲に隠されていた太陽の光を浴び第二の太陽を彷彿させる輝きを見せている。
殺戮者とは明らかに違う風貌の者に彼女は一筋の希望を見出し___
「助け……ぇ?」
その者の足は、透き通っていた。
そして腰には光沢を見せる剣が提げられている。
この人も私を殺しに来たのだろうか。疑問として投げかけられたその言葉はその者が剣を抜くことによって確信となった。
今度こそ、殺される。
少女はギュッと目を瞑る。
伽藍、と金属の落ちる音がする。
肩を掴まれ起き上がらされた少女は驚きその目を見開いた。
恐怖が色濃く表される瞳は澄んだ碧眼と視線が合う。
「【| don't hurt you. 】」
(私は貴女を害さない)
力強く発せられたセリフは彼女の脳裏に反芻し、疑うことなく受け入れられた。
「少し、魔法をかけさせて頂きました。」
そんな馬鹿な、そう言おうとして口を噤んだ。
異常に満ち溢れてしまったこの世界ー今なら特段おかしいことではないかもしれない、そう思ったからだ。
数時間前までは御伽噺の産物だったことも、今ならあり得るものだと現状が物語っていたこともあるだろう。
(だけど、今はそういう問題じゃなくて)
何故この女性は少女を助けたのだろうか。
正義感溢れる人物、という線もあるがそれは薄い。まず人であるかが謎なのだ。少なくとも少女は足の透けた人間など生まれてこのかた見たことはない。
「貴女は、何者ですか?」
「幽霊です」
「…………は?」
間髪入れず発せられた答えに素っ頓狂な声を返してしまったのはご愛嬌だろう。
むしろこの答えにどう返せと。少女は戸惑った。
が、女性はそんなこと気に留めず話を続ける。
「さて、いきなりですが貴女はもうじき死ぬでしょう。自分でも理解は為さってますよね?」
死というフレーズに少女の身体は自然と硬直した。そして、恐怖を思い出す。
女性は気にせず話を続ける。
「これはほぼ決定事項です。ですが…幸運ですね、貴女には3つの選択肢があります。」
「3つ…?」
「ええ。
1つはこのまま多量出血で死ぬ。
2つ目は私の魔法で傷を治して生き長らえる。傷跡は残りませんのでご安心を。
ですがこの選択肢であれば誰かの庇護下に入らない限り死は免れません。
まあ、優れた容姿をお持ちのようなので手段を選ばず、とすれば引く手数多かと思われますよ?」
一呼吸置いて本命の提案をする。
「3つ目は…私との契約ですね。」
「契約⁇」
「ええ、身体の支配権を私に譲る代わりに貴女は魂としてこの世界に生きながらえる。これでも私は名を馳せた幽霊なのでそう簡単には死なないと保証しましょう。
ですが勿論、自分の意思で行動することはできません。私が許可すればできますが…まあほぼゼロに近いでしょう。
あ、別に普段何もできないという訳ではありませんよ。許可なくは動けませんが何かを見たり聞いたりするのはできますから。」
まあ、下半身不随のような状況ですね、と抑揚の無い声で言った。
与えられた3つの選択肢は少女の脳裏を巡る。
(1つ目は無いとしても…2つ目は言った通り庇護下に入らなきゃ死ぬ。でも望む条件で庇護下に入るのはほぼ無理だろうな。だけど…3つ目は……自分の意思を手放さなければいけない。)
命を捨てるか、自分を捨てるか、自由を捨てるか、と言ったところだろうか。
果たしてどの選択をすれば正解なのか、それは彼女にはわからない。
しかし___
「私は、貴女と、契約します。」
途切れ途切れに、しかしはっきりと意志を持った言葉で。
強い眼光が女性を見据えた。
「てっきり2つ目を選ぶかと思っていたのですが…意外ですね。」
「だって、それが一番安全そうだから。」
女性の目が険しくなる。少女はビクッと肩を跳ね上げた。しかし、負けじと怖さを隠して見つめ返す。
「それが私の世迷言であったとしても?」
「そうだとしても」
「2つ目で全て捨てずに生きられるかもしれないというちっぽけな可能性を捨てても?」
「捨てても」
少女の意思は女性が思ったよりも強いもので、少し驚く。
そして、先程とは一変し、慈愛に満ちた眼差しで、
「判りました。そこまで言えるのならば私が口を出すことはありません。これからよろしくお願いしますね。」
「こちら、こそ」
「…時間を使いすぎてしまったようですね。早めに終わらせましょう。」
女性の手が少女の手を覆った。
幽霊とは思えない暖かい手だ。少女はその暖かさに身を任せ瞼を閉じる。
女性も眼を閉じ、精神を集中する。
「【Stera, running around the sky.】」
(全天開きて星よ廻れ)
女性の下に一つの魔法陣が展開される。淡い水色に光るそれは星屑のような光を辺りに鏤めた。
「【Human made of soul and body.】」
(人を成せるは魂と身体)
今度は頭上にもう一つ、魔法陣が展開された。色は赤。鮮血に見紛う輝きを放っている。
「【On the logic, one has a soul and body.】」
(理の上で魂と身体は個に一つ)
赤の魔法陣に光り輝く文字が刻まれる。ローマ字で刻まれた言葉は先ほど女性が呟いたものと同じだった。
「【But they're lie.】」
(されどそれは偽証に過ぎず)
赤文字が刻まれると同時に文様が中心より広がっていく。
円の中心より重ね重ねに描かれる八芒星。さながら内側より咲きたる一輪の花のようである。
「【Link my soul to her soul pursuant to contract.】」
(契約に従い双魂を繋げ)
一筋の汗が女性の額を流れた。相当の精神力が必要な作業なのだろう。
その疲労の大きさに比例するかのように魔力の奔流は解き放たれた。
下から吹き出す淡い水色の魔力は赤の魔法陣に近ずくに従い赤みを帯びていき、最終的には鮮血に見紛う色となっている。
ゆっくりと目を開いた女性はその双眸に色の異なる魔法陣を映し、最後の魔言を呟いた。
「【geass】‼︎」
(神域の契約呪)
魔力の本流は荊棘と化し誰も近づけぬ牢獄へと形状を変えた。幾層にも重なったソレにより中の様子は伺うことはできない。
だか___その荊棘さえ意に返さぬ静かな閃光が辺りを覆った。
閃光の中、彼女等の御魂は邂逅を遂げ…二言交わして一つの器へと収まった。
その時どのような会話がなされたかはわからない。だがそれはきっと少女を満足させたのだろう。少女の魂は喜色に包まれていた。
光の収まった世界に先程の金髪の女性は居らず、少女の姿をした正体不明の人間がその場に佇むのみ。
身体は見るに堪えないほど傷ついている。しかしそれに反して彼女の瞳は曇り1つない、生気に満ちた目をしていた。
「…契約は成されました。まずは…身体を治しましょうか。」
いつの間にか首に下げられた黄金の硬貨を握り締め、彼女は再び魔言を呟くのだ。
「【The blade doesn't has certain sheath,andーーー】」
コレは伝説の___新たなる叙事詩の始まり。
詩人の謳う英雄譚の___誰も知らない始まりだった。
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