小雪の降る日
二つの世界は表裏一体。僕らの生きる文明社会と魔物や悪魔が闊歩する世界。ある日その二つの世界の境界線が曖昧になった。その日から十年後には彼ら、一般市民たちは少し前と何一つ変わらない平穏な日々を過ごしていた。数百年前から秘密裏に彼らを守る境界警備組織【Aegis】の活躍によって……
この物語の始まり、所謂プロローグはその十年前、血のクリスマスと呼ばれる惨劇にまで遡る。
***
「ほーら大和〜こっちおいで〜」
「はーい!」
小雪のちらつくクリスマスイブ、今年五歳になった橘大和は両親と共にクリスマスケーキを買いに近くの商店街へと来ていた。色とりどりの電飾や着飾ったもみの木などにつられて大和はあっちへ行ったりこっちへ行ったり、一年ぶりの光景に純粋無垢な子供、両親から見れば天使のようにはしゃいでいた。
母親の声によって大和は両親のもとへと戻り、二人の間に入って手をつなぐ。その手には手袋がはめられている。
夕陽は既に地平線に隠れ、所謂トワイライトという時間帯だ、目をこらせば既に幾つかの一等星も空には見受けられる。
商店街の中心にあるケーキ屋の手前で再びもみの木に気をとられ両親から手を離す。トテトテと駆け足で着飾ったもみの木の元まで行くと物心がついてから二、三度しか見ていないからなのか嬉しそうに見つめている。
「ほーら、大和〜ケーキ屋さんに行きましょうね〜」
父親がそう言いながら近づきその木から三メートルほど奥にある自動ドアの元まで手を引いて歩く。母親はその数歩先を歩いている。
大和はこの時のことを鮮明に覚えているが。ただ一つ残念なことに両親の顔は写真を通してでしか知ることが出来ない。それは派手な電飾やもみの木に目を奪われていたこと。また目の高さにその顔がなかったことによる。
「いらっしゃい、橘さん。あら!大和君!大きくなったわね!」
レンガ模様の壁にはどこか不釣り合いな自動ドアを抜けるとケーキ屋の店主で古くからの両親の知り合いである女主人がそう声をかける。元々地元がここであり、高校時代までは住んでいたためこの商店街の人たちとは大抵は知り合いである。
両親はその四十代後半の女店主と二言三言言葉を交わした後、父親が大和の両脇を抱きかかえケーキの並ぶディスプレイの前まで持ち上げる。
「大和〜どれが食べたい?」
「んーとねーえーとねー」
可愛らしく小首をかしげる大和を見て周りにいる大人たちを笑顔にする。その後もかれこれ五分ほど悩んだが決まらずいつものホールケーキではなくいくつかの種類のピースを買うこうにした。
「またきてちょうだいね〜」
ケーキ屋と言うのは不遇だ。固定客こそいるものの大抵は来るのは年に数回だけ、下手したら歯医者の利用回数よりも少ないかもしれない。去り際にそんな冗談を女店主が言っていた。
大和の歩幅に合わせてゆっくりとアーケードを進む。その頃には既に午後五時を過ぎておりあたりは子供一人で歩くには少々暗すぎる時間帯になってきた。
少し歩くと謎の人だかりが三人の前に作られていた。父親は何事かと近くにいた優しげな風貌の青年に問いかける。
「あの、すみません、これは、一体?」
「それですよ、それ。」
青年は大和の父親の方を向くと左手をしならせるように動かして電気屋のテレビを指した。
「総理大臣が記者会見ですか?一体なぜ?」
「俺もそれはちっとわかんないっす。」
父親が辺りの人を見渡しても同じく困惑していることに気づいた。辞任、若しくは衆議院の解散だろうか?それなら前もって何かしらの兆候があるはずだ。それとも何かの伝染病が国内に?いや、それならもっと専門家がいるはずだ。一体何が……
一分とたたずにその場所以外にはアーケードに人影はほとんど見当たらなくなった。
慌ただしく動いていたテレビ画面の向こうではついにその時総理大臣が重々しく口を開いた。
「国民の皆さん。詳しいことは私たちも把握しておりません。しかしながら国家、国民の安全を揺るがす事態が発生しました。落ち着……」
その時ドーンという爆発音のような大きな音とともにテレビ画面と辺りの電飾、電灯の明かりが消えた。
その音に驚いてだろうか大和が突然泣き出す。辺りの視線を集めると同じく混乱していた両親だったが何とか泣きやませようと抱き上げてあやす。
だかそれも虚しく断続的に続く爆発音によってそれは無意味と化した。
グウォオオーン!。いつか見た怪獣映画のような叫び声とともに空から何かが降ってきた。アーケードを突き破ると大和たちのすぐ近くに着地した。
全身はゴリラのようで、さらにそこに赤い目に黒い角、特に足の筋肉は普通のそれではない。その何かは近くにあった自転車を掴むと人だかりに向かって全力で投げ込む。
「キャー!!」
若い女性の声が辺りに響く。片手で数えられない数の人がこの場から物理的に消し飛ばされた、自転車によって。
無事生き残った人たちは散り散りに逃げ始める。大和の父親は大和を抱きかかえて走り出す。
しかし、そのゴリラのようなものは今度はもう文字のかすれて良く読めない理髪店の看板をもぎ取りフリスビーを投げるかのように放つ。
地面はえぐれ、また片手で数えられないほどの人たちが消え去る。
「おい!立てるか!?」
大和の母親はその時の衝撃で躓き地面に座り込んでしまっていた。
「むっ…無理っぽい…私は良いから…この子と…」
「何言ってるんだ!!ほら!立て!」
そう言って無理やり母親を立たせるとそのゴリラのようなものがが騒ぎに気づいて店先に出てきた人たちの方に気をとられている隙に、無理やり引っ張って立ち上がらせようとする。
「ねぇ、だから…私はいいから…大和と…」
「バカ!何言ってるんだ!ほら!のれ!」
そう言って母親をおんぶしようとしゃがむと無理やり乗らせて走り出す、いくら元運動部で週に三日は運動しているとは言え六十キロ以上の重りをつけたままそう走り続けることは出来ない。
「来やがった!」
ゴリラのようなそれが三人の方へと迫ってくる。そのスピードは異常であと五秒と持たずに追いつかれる。
「俺が囮になる!そこの路地に隠れてろ!」
「何言ってるのあなた!」
「いいから!大和!お母さんを頼んだぞ!」
そう言ってほっぽるように二人を細い路地へと投げ出す。
「あなたぁぁぁぁ!!!」
投げ出された衝撃に驚きばたきをする前にその父親だったそれはただのタンパク質の肉片をいくらか残して叩きつぶされた。大和は幼さ故、状況が呑み込めていない。
「ガゥ?」
そんな死を告げるような尻上がりなうなり声をあげたゴリラのようなものは路地の方に視線を送る。二人を見つけると命を弄ぶかのようにゆっくりとのっそりと四足歩行で近づく。
「大和!逃げなさい!」
「ママは?」
「良いから逃げなさい!」
「なんで?ママは?」
半ば泣きやんでいた大和と押し問答をしているとそのゴリラのようなものとの距離は三歩とない距離まで来ていた。投げ出された後も這いずって何とか逃げようとしていた母親だったがもう諦めたかのように息子をかばう形で包み込む。
「ママ?苦しいよ?」
母親は何も言わず死を受け入れた。嘲るように頭蓋骨を握りつぶすそれによって。
目の前で母親出会ったものの形が変わるところをみて大和はまた泣き出した。ゴリラのようなものは一層楽しむかのように拳をゆっくりと振り上げる。
そして振り下ろそうとした瞬間……
「一式、真一文字。」
その重低音とともにゴリラのようなものの背中から緑色の血しぶきが上がる。憤慨したかのようにグォォオォォンと言う叫び声を上げるとゴリラのようなものは振り向くと同時に拳を裏拳の要領で放つ。
一般人の目には捉えられない速さのそれが振り切られるとそこには何も存在してなかったかのような風切り音が響いた。しかし素野刹那大和の目には不可解なものが映る。
体勢を崩したそのゴリラのようなものの腕と体の間から人の姿が見えたのだ。ゴリラのようなそれは同じく困惑している。
「七式、屠魔連斬。」
ゴリラのようなものの体がいくつかのパーツに分かれると、その声の主が目の前に現れた。
黒地の軍服のようなロングコート。縁とボタン、腰の辺りにあるベルトの代わりの帯、そして袖にある二重線は銀色、黒いスウェットにワイシャツ、黒のネクタイ。左の胸元には金色で盾をモチーフとしたエンブレムの真ん中に飾り文字でアルファベットのAと書かれている。
顔を見ると歴戦の戦士のような切り傷の多く彫りの深い顔をしていた。髪は短髪で銀色、髭も同じ色だった。
「大丈夫か?坊主?」
「僕大和!おじさんだーれ?」
「俺か?俺はな……」
その人が大和に名を名乗ろうとすると同じ服装をした二十代くらいの若者がやって来た。
「隊長!こんなところに居たんですか!早くこちらへ!」
「あーわったよ。今行く、そんじゃあな坊主、俺は高崎大悟、またいつか会おう。」
そう言うとその部下らしき男とともに何処かへと走り去って行った。
***
それから十年後の春、大和は曾祖父母の元でスクスクと成長していた。その家の玄関で大和は何処かへと出かけようとしている。まだ一月になったばかりで学校は冬休みだ。
「大和、本当に良かったのかい?」
「あーうん、僕がしたいことはこれだから。」
「たまには顔見せに帰ってきてちょうだいね?」
「安心してって、ばあちゃん、じいちゃん。それにまだ入れると決まったわけじゃないんだよ?」
中学を卒業した後大和は高校へと行かず就職する道を選んだ。経済的な問題があったわけではない。大学だって行かせてもらえるくらいの貯蓄はあるらしい。
だか大和のやりたいことは決まっていた。十年前に命を助けてもらった境界警備組織イージスへと就職することだ。
あの日以来公となり、今までは秘密裏だった人員募集も堂々と行うようになった。それ以来警察、自衛隊に継ぐ第三の警備組織として日本を守っている。専門は対魔、所謂魔法だって使うことの出来る彼らは数は減ったものの一定数は未だに存在する異世界からの進行による被害を最小限に抑えるため日夜活動している。
大和は黒いパーカーを羽織った上から愛用のこれまた黒いワンショルダーを背負い、白地に茶色のハイカットを履く。そして大きく息を吸って振り向きこう言った。
「行ってきます!」
玄関を出ると小雪がちらついていた。首にかけたペンダントを取り出し開く。そこには幼い頃、十年以上前に取った両親との写真が入っている。
「行ってきます。」
今度は小声でそうつぶやいた。
***
幾つかの交通機関を乗り継いで約一時間半、試験会場である駅ビルへとたどり着いた。
「あ〜緊張するな〜」
本来スーツくらい着るべきと言われるだろうが、この組織は違う、見た目など気にしないのだ、メンバー一人一人のその肩には幾千の命がかかっている、見た目など二の次とのこと。(※ユニフォームを除く)
入り口を抜けエレベーターの元まで歩いていく。今この時間にここに居るのは大抵はライバル、将来の同僚たちだろう。そんな彼らとともに十七階までエレベーターでのぼる。無機質なその空間にはなんともいえない空気が漂っていた。
エレベーターを降りると長机で作られた簡素な受付が出来ていた。ここであらかじめ申し込んだ情報と照らし合わせ奥の待機場所に行くとのこと。大和はその場に既に出来ていた列のうち一番右側へとならぶ。
尚、ここに居るのは全員同い年。それ以外は別日に行うらしい。
大和の番が回ってくる。
「お名前と登録IDをどうぞ。」
「橘大和、02987です。」
受付の担当者が電子端末を操作する。
「はい。確かに、ではこちらの冊子を読んでおいてください。」
そう言って数枚の紙で構成されたリーフレットが渡された。他の参加者たちをよけるように奥の待機場へと行くとそこには既に数十人、大和のクラスよりも多くの人が座っていた。
大和は適当な場所。後ろ過ぎず前過ぎず、前から七割くらいの場所、右側へと腰を下ろした。
大和はリーフレットを開く。一ページ目はどうってことない組織の紹介だ。境界警備組織【Aegis】、存在が公になったのはつい最近だか存在自体は数百件前からありその当時からこちらの世界にやって来ていた異世界生物に対処していた。
常に最先端の技術を取り入れており世界最強の某国の軍事技術は実はこの組織から譲ってもらっているとか居ないとか。(このことはネット上での話)
二ページ目に目をやる。専門についてだ。所謂ボーダーと呼ばれる【Aegis】のメンバーには役割が存在する。その中でも今日集められたのは戦闘担当だ。
戦闘担当は魔剣等の近接武器を使ったり他のボーダーの盾となる【ナイト】。
遠距離から魔銃等を扱う【ガンナー】。
攻撃魔法を中心に戦う【マジシャン】。
回復のスペシャリスト【メディック】。
機械仕掛けの後方支援【エンジニア】の五つがあり、はじめ三つをまとめて攻撃職、後の二つを支援職と呼ぶ。大抵のボーダーは複数の専門を有しており、攻撃職と【メディック】か複数の攻撃職という組み合わせがほとんどを占める。
【エンジニア】はかなり専門的な知識が必要なため絶対数が圧倒的に少ない。
魔法はホルダーになると使い方を教えられる。それぞれの属性に適性があり、複数の属性が使える者や、一つだけの者、魔力はかなりの量があるが回復魔法しか使えない者も居る。
ページをめくり三ページ目、上半分には先ほどの続きだ。属性は【火・水・土・風・無】の五つで無属性は全員に適正があるが基本的に回復魔法や身体強化魔法で攻撃魔法はない。
下半分は謎の挿絵だ。
四ページを見ると今度はやっと面白いことが書かれていた。今までのページに書いてあったことは大抵の一般人でも知っている。しかし今度は軽いフリークでもないと一般人には知り得ないことだった。
部隊編成について、原則としては一組四人、最低でも一人は【メデイック】が含まれていることが望ましい。さらに一人以上の【ナイト】及び一人以上の【ガンナー】もしくは【マジシャン】が含まれていることを優先すべき、とのこと。
そのことはRPGなんかをしたことがあれば容易に想像はつくだろう。前衛と後衛、さらにそこに回復職。完璧だ。 大規模な任務だと数十人単位でチームを組むこともありその際は完全に回復のみを担当する【メディック】もいる。
そしてまた挿絵だ。しかし後二ページを残して壇上に誰かがやって来た。ここで一時中断だ。




