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ファンタジー探偵先生シリーズ

死霊使いは探偵に




 彼女と初めて出会ったあの日を、僕は生涯忘れない。


 二十一歳の誕生日は、僕の人生を百八十度変えるには十分すぎる事件だったのだから。


 




「ようラルフ、今日も書類整理か?」


 毎日のように書類に追われている僕にとってその言葉は、嫌味以外の何者にも思えなかった。もっともその言葉の主が上司のハイランドさんでなければの話だけれど。

 衛兵の仕事は色々ある。有事の際は国を衛る。一応軍隊という大きな括りの中での兵隊という扱い。まさに読んで字の如くでお決まりの制服に袖を通してはいるだが、僕の仕事は事務だった。かつて学んだ剣の代わりに僕は今日も羽ペンで他人の書類の不備を指摘している。


 さて有事の際と言ったが、暇なときはどうしているのか。もっと具体的に言えば近隣諸国とは食料や嗜好品の貿易で共生関係、二百年近く前にあったほとんど学芸会みたいな戦争以来軍隊が軍隊らしい仕事をする日は来ない。


 この国の軍隊は二百年程の暇をもてあました結果、どうなったか。


「いやあ、もう飽きて飽きて死にそうです。それとハイランドさん飲み屋で情報集めても経費渡せませんから」

「んだよ泥棒捕まえたんだから良いだろ?」

「だめですよ規則なんですから」


 僕ら衛兵の仕事は街を衛ることになった。もちろん王室付きの近衛兵が消えたわけでも、国境警備の仕事が無くなった訳でもない。ただほとんどの衛兵が街の分署に押し込まれただけ。特に仕事に不満は無い。愛国心を持って衛兵の試験を受けるのは大体国境警備に配属される。この王都ドウェイン東署の人間は大体そうだ。別に国のために兵隊になった訳でなく、仕事の不満も特に無い。そしてなによりこの王都は、ほとんど凶悪事件が起き無い平和な街なので居心地が良いのだ。


 それで、その理由だけど。


「そうそう、今日はいい加減書類とにらめっこに疲れ果てたラルフに外の空気でも吸わせてやろうと思ってな」


 無精ひげをさすりながら嬉しそうに顔を歪めるハイランドさんに僕は身の危険を感じた。それは決まって雑用を押し付けるときの仕草だったのだ。


「そろそろ外に昼食でも買いに行こうかと悩んでいたんです。僕、休憩いただきますね」

「まあまあまあ」


 席を立とうとする僕の肩を、無骨なハイランドさんの手が抑える。物理法則が彼の味方をしたせいで、僕は立ち上がることが出来なかった。


「実はな、エドの野郎が早引きしやがって……人手が足りてねぇんだ。どうだお前、あいつの仕事引き継いで先生のところに行ってきてくれねぇか」


 先生。この東署で先生といえば一人しかいない。厚ぼったい帽子と長いコートを着込んでるという探偵の先生様。ちなみに噂と書類以外で僕と接点はない。

 この人の存在そのものが、王都の凶悪事件を減らしていると言っても過言ではない。なにせその人はネクロマンサーなんてふざけた魔法を使うのだから。


 人が死にました。普通なら色々調べて犯人を特定する。だけど普通じゃない先生は、被害者の霊を呼び出して直接犯人を聞く。ものの数分で牢屋行きが決定するので、懸命な都民は滅多に人を殺さない。


 つまり先生の出番ということは。


「えっと……殺人事件の付き添いですか?」


 その質問にハイランドさんはにこやかな笑顔で答えてくれた。よし、逃げよう。


「嫌ですよ僕は! だいたい現場が嫌で必死に勉強してこの椅子を勝ち取ったんですから!」


 だけど当然のように立ち上がれない。物理法則とハイランドさんの怪力のせいで僕は椅子の上で足をばたばたさせるぐらいしか出来なかった。


「まあまあラルフ、大丈夫だって。簡単な仕事だからな? どうせ部屋で書類作るか外で書類作るかの違いしか無いからな?」

「……本当ですか? 剣とか振り回さないですよね?」

「ああ、もちろんだとも」


 その問に返ってくるのは、やっぱり笑顔だ。結局僕はため息をついて、外回りの準備をする羽目になった。




 魔法。古い友人の何人かは使えるので直接それを見たことはあるが、僕自身は使えない。というのも生まれた時点で魔法が使えるかどうかは決定するのだ。母親の中から出てきた瞬間、体のどこかに模様のような痣ができる。その形によって使える魔法が決まるので、ある意味彼らも将来を選べないのではと疑問に思う事もある。といってもまあどうせ僕らの給料の五倍ぐらい貰ってるのだからその考えもすぐ消えるのだが。


 ただ事実として、魔法使いのおかげで僕らの生活はずいぶんと楽になっている。農作物は水を使える魔法使いによって安定供給されているし、王都全体が季節を問わず過ごしやすいのは火とか風とか使ってくれているから。さすがに僕らの五倍ぐらい給料を貰っているだけあって、基本的に彼らから不満が出ることも無い。魔法使いってだけでだいたい五倍ぐらい異性にもてるというのもあるけど。


 ネクロマンサーの数自体はそんなに多くない。そしてその多くは大体が葬儀屋に囲われる。なんとうちで葬式をすると故人とお話できます! という謳い文句。これがだいたい噂では僕らの十倍ぐらい給料がもらえるらしい。というわけでネクロマンサーの探偵は、そんなに多くない中でもさらに少なく五人しかいない。東西南北中央それぞれ五つの署でお抱えの五人。葬儀屋よりも給料が低い上に、葬儀屋と違って多少凄惨な死体を見に行かなければならないので人気は無い。だからだいたいネクロマンサーの探偵は偏屈な人と相場が決まっていた。たとえばこの東署担当の先生みたく、お金はあるのに集合住宅の一室に居を構えていたりする。


 分厚い木の扉をたたけば、どうぞと声が返ってきた。ゆっくりとそれを開ければ、鏡の前で帽子をかぶっている少年がいた。噂どおり長いコートも着込んでおり、背は低い。


「……ふむ、いつもの人じゃないみたいだね」


 少しもったいぶった口調で先生が言う。ただ、先生というのはちょっと皆が担いでるんだなと僕は思った。なにせ目の前にいる探偵先生は、どこをどうみたって少年にしか見えないのだから。


「すいません先生、いつもの人が風邪で早引きしたもので」

「なるほど。それで君は?」

「ラルフです。普段は事務方なんですけどね」


 右腕を彼に差し出す。けれど一瞥をくれただけで、握り返してはくれなかった。


「さて、現場に行こうか衛兵くん」


 帽子の角度を気にしながら、先生がそんなことを言う。なるほど先生というだけあってなかなかの性格をお持ちらしい。


「ラルフです。言われなくても行きますよ坊ちゃん先生」

「……坊ちゃん?」


 少し意地悪な言い方をすれば、先生が震える声で聞き返す。子供相手に大人げ無かったかなと反省すると、先生はコートの襟を整えて表情を隠した。


「なるほど、なかなか見所があるじゃないか」


 少しだけ弾んだ声で先生が僕の背中を叩く。理由はよくわからなかったが、襟に隠れたその顔は少しだけ微笑んでいるように思えた。

 


 

 ハイランドさんから貰った資料によると、事件が起きたのは東署の管轄ぎりぎりの集合住宅だった。王都は人が多いので、だいたいの人が集合住宅に住んでいるのだけれど。被害者の名前はイブ・ローレンス。職業は魔法使い。火が専門で冬場も厚着をしなくて過ごせるのはこの人の職場のおかげらしい。年齢は二十六だが、容姿まではわからない。彼女の死体は消し炭になっており、部屋の床には人型の焼け跡が残っているだけだったから。


「そういえば衛兵くん、報酬については聞いているかい?」

「いえ、まだです」


 先生はコートから取り出した羊皮紙に何やら書き込みながら、そんな事を聞いている。僕がそう答えると、彼は小さくため息をついた。


「実を言えば、ぼくはあまり東署が好きじゃなくてね。あとで届けにきてくれると助かるのだけれど」


 今度は子供のお使いかとつい口を滑らせそうになる。今になってあの書類の山が僕を呼んでいる様な気分になった。


「ええ、そうします」


 だけどまあハイランドさんに頼まれた手前やらないわけに行かないだろう。どうせ仕事自体は先生が魔法でぱっと終わらせてくれるのだ。先生は膝をついて、焼け跡の上に紙を乗せる。


 地味な魔法。それが第一印象だった。


 音も無ければ光も無い。ただ静かに、ゆっくりとそれは浮かび上がる。それは当然のように人の形をしている。頭が一つ、手足がそれぞれ二本づつ。だけどそれは僕の予想と随分と違っていた。


 ――おぎゃあ。


 冗談みたいな声が響く。それが何度も。どこをどう聞いたって赤ん坊の鳴き声が僕達の耳に届く。二十六歳の女性の姿なんてどこにも見えない。


「……先生?」


 念の為聞き返す。横目で先生の顔を見ても、襟と帽子に隠れたその表情は読み取れない。

 それでも零れたため息が、予想外だった事を教えてくれた。




 何を聞いても泣き声しか返さない被害者の霊相手に、僕達が聞けることはなかった。だから僕が聞いて回ったのは必然的に近隣住民という事になる。


 僕達は当然のように別行動を取っていた。一人は屋外、一人は屋内。至極真っ当な役割分担をした結果だ。当然のように立場と制服のある僕が外回りを担当した。


 大家に上下左右の部屋、それから念の為向かいのアパート。ここまで来ると殺人以外の捜査と代わりはない。もっとも事務方の僕がそれをやると中々要領を得なかったのだが。結局聞いて回ったところで、ほとんどハイランドさんに教えてもらった事の確認作業と変わらなかった。唯一知り得たことといえば、被害者と思われていたイブさんに恋人がいたことだろうか。


「それで先生の方は何かわかりましたか?」


 部屋に戻り、引き出しの中身を調べている先生に尋ねた。どういう訳か子供の霊はそのまま彼の肩に乗っている。


「金目の物が無くなっていた程度だね」


 猫でも撫でるかのようにゆっくりと赤ん坊の頭を撫でながら、先生が答える。ただどうしても僕の意識は強盗よりも子供に意識が行ってしまう。


「もしかしてその子……戻せないんですか?」

「まさか、その気になればいつだって戻せるさ。それでも何かのヒントに違いはないと思わないかい?」

「ヒントって言っても、彼女に子供はいなかったようですよ?」

「だろうね。そういう道具はこの部屋のどこにも無かった……こらやめないか」


 赤ん坊が先生の帽子を引っ張ろうとするので、邪険に手で追い払う。もちろん霊が何かに触れるなんて事は出来ないのだが、視界に入るのは好きじゃないのだろう。


「それで先生、僕は上にどう報告すれば良いんですかね? 被害者は実は赤ん坊で犯人は目下捜索中とかですかね?」

「……もしかして衛兵くん、頭悪い?」


 嫌味たらしく訪ねてみれば、先生は嫌味を上回る哀れみの目で僕の事を凝視する。ただそれが何にせよ、僕を腹立たせるには十分だった。


「自分では良い方だと思っていますよ。勉強も必死でやりましたし、試験だって実力で通りましたから」

「そうか、なら話が早い。早速駅に行こうじゃないか」

「……駅ですか? 導車の?」

「他に何があるのかな?」


 結局頭の悪さを指摘された僕は不機嫌になりながらも、部屋を出て行く先生の後をついていくしか無かった。こんな現場まで足を伸ばしても、僕の仕事は所詮書類に文字を埋める事なのだから。





 魔導列車。ある風の魔法使いが馬車の荷台を突風で動かしたことが起源だという噂もあるが、真実は定かではない。ただ確実に言えることはいくつもある。今や誰もが魔導列車の旅を楽しんでいる事や、これなしで王都の発展はありえなかった事に、魔導列車の名称が長いので誰もが導車と呼ぶこととか。料金は高いものの馬車でかかる時間と宿泊の代金を考えれば十二分に安上がりだ。


「それで、僕らは何しに来たんですかね」

「決まっているじゃないか、犯人を捕まえにだよ。それが君の仕事なんだろう?」


 駅に着いて先生に尋ねてみると、当然のようにそう答えられた。いまいち状況がつかめない事より、先生が何一つ僕に説明してくれなかった事に苛立ってしまう。


「はいはい、そうですね」

「何を怒っているのかね」


 思い切りため息をついてみる。駅を行き交う雑踏に紛れたせいで先生に届いたかどうかはわからなかったが、それでも少しだけ頭は冷えた。


「怒ってませんよ。いいから早く被害者と犯人を教えて下さい」

「頭が良い君ならわかるだろう?」

「わからないから聞いているんです」


 そう尋ねると、先生は目を丸くして驚いた。


「……ごめん、気付かなかった」


 素直な言葉が返ってくる。そのせいで毒気の抜かれた僕はもう反論する気さえ起きなかった。きっとこの人は、額面通りに僕の言葉を信じたのだろう。僕が頭が良いと言ったので、本当に頭が良いと勘違いしたのだ。人が良いのか悪いのかわからないが、どちらにせよこの人はこういう性格なんだとわかった。


「もういいですよ、さっさと説明してくれたらそれで」

「……そうか。ではまず始めに、これは殺人事件であって殺人事件ではないんだ。被害者はこの子なのだが。この国の法律なら、胎児は人じゃないからね」

「えっと……じゃあこの子は?」

「まだ産まれていなかったのさ。流産したんだ」

「でもこの霊、ちゃんと子供の形をしていますよね」

「ぼくが呼び出すのはあくまで魂だからね。この子の中ではもう、生まれてくる事は決まっていたんだろう」


 僕らの言葉を理解できない無邪気な霊は、相変わらず先生の肩に乗ってにこにこと笑っている。それが少しだけ悲しかった。


「焼け跡は恐らく偽装だろう。魔法で死体の残らない焼け方をしたって事にすれば丸く収まるからね」

「じゃあ犯人は……被害者本人ですか?」


 そう尋ねると、先生が小さく頷いてくれた。ただ、問題がそれで解決した訳じゃない。


「でも、僕達被害者の顔知りませんよ」

「大丈夫、行き先は分かっているさ」


 先生はコートのポケットから折りたたんだ新聞を取り出し僕に手渡してくれた。広げてみれば、そこには大きな広告がある。下半分を大きく使った自然の街並みの絵に、『都会の喧騒を離れ、グリーンウッドに移住してみませんか?』なんて煽り文句。


「それにこの子も、活躍する時が来たと思わないかね?」



 

 先生が言うには、子供というのは大抵親というものが本能的にわかるらしい。だから僕は子供の霊を抱えてそれらしき年齢の女性にひたすら声をかけるという若干変質者じみた行為をしなければならなかった。すみません、この子に見覚えありませんか? と聞いて回るのは制服が無ければ通報されているだろうなと素直に思う。


「……他にやり方は無いんですか?」

「直接呼び出せば逃げるだろうからね」


 先生に尋ねると、随分と冷静な答えが返って来た。言葉の上では納得出来るが、やる方としては身がもたない。


「お前……そんなに両親に会いたいのか?」


 子供を抱き上げ、聞いてみる。


「そんなに良いもんじゃないぞ、家とか結婚とか、煩く言ってくるし」


 けれど返事が返ってくる筈もなく、ただ無邪気に笑うだけ。赤ん坊というのはそういうものなのだ。


「衛兵くんのところもそうなのかい?」


 独り言のつもりだったが、先生の声が聞こえてきた。


「もってなんですか、もって」

「すまない、ぼくも似たような事言われているからね」

「やっぱり、家業は葬儀屋なんですか?」

「まあそうなんだが、そっちは兄が上手くやってくれているんだ。問題はもう一個で、母が色々煩くてね」

「なんだ、次男なら良いじゃないですか。こっちは長男で親父は怖いし身を固めようにも彼女なし……やれいつまで書類と遊んでいるつもりだ、いい年だから女を知れ……冗談じゃない、僕はああいうのが嫌で必死に勉強して事務の仕事を貰ったのに。それにね先生知ってます? 僕今日誕生日なんですよ。二十一ですよ二十一」

「……それはまあ、おめでとう」


 どういたしましての代わりに、本日何度目かわからないため息をつい漏らしてしまう。先生のせいじゃない、自分の惨めさが余計に引き立ったからだ。辺りを見回せばそこにある、幸せそうな人の山。家族とか恋人とか、そういう類の集まりばかり。かたや僕は急な仕事でこんな事をするはめになっているのだから、愚痴ぐらい零してもいいじゃないか。


「……あっ、エドさんだ」


 ふと、人混みの中に知り合いの顔を見つける。僕に仕事を押し付けた張本人が何故か駅の中にいた。


「誰?」

「誰って、先生の担当の人ですよ。名前覚えてないんですか?」

「顔を見ればわかるのだが……」


 人と人の隙間から、その理由が姿をあらわす。エドさんのその手は、誰かの手を握っている。彼の横に並んでいたのは、金色の髪の女性だった。


「あー、そういう事か」


 一人で頷いていると、先生が僕の袖を引っ張り不思議そうな顔で僕を見つめる。こういう所は鈍いらしい。


「ほら先生、見覚えあるでしょう? サボりだったんですよあの人。いいですねえ、そういう相手がいる人は」


 そんな冗談を飛ばしている時だった。抱えていたはずの赤ん坊の霊が宙に浮き、そのままゆらゆらと進んでいった。這うような速度で向かった先は、エドさんの隣の女性だった。


「衛兵くん」

「わかっています」


 僕は走る。人波をかき分けながら、真っ直ぐエドさんに向かって行く。霊に気を取られていたエドさんだったが、直ぐに迫ってくる僕に気付いた。流石現場を回っているだけあって、勘が良いのだろう。


「ラルフ! 何で事務のお前がここにいるんだよ!」


 彼は逃げる。女性の手を引きながら、ただ離れるために走る。


「馬鹿な先輩の尻拭いですよ! もう無駄ですから、大人しく捕まって下さい!」


 追いつこうとする度に、人が邪魔になっていく。埒が明かない。だけど僕はこういう時に、どうすればいいかもう知っていた。


「こっちには事情があるんだよ! ……だいたい何だよあの霊は!」

「何だって、決まっているでしょう」


 地面を強く蹴り、跳んだ。人の頭を全部乗り越えられるぐらいに高く。

 魔法じゃないただの身体能力だ。鍛えられた、育てられた。ただこの腰に下がる、時代遅れの物を振り回すために。


 剣を抜く。その使い方はもう知っている。どこをどうすれば殺せるのか、どこをどうすれば足止め出来るか。

 着地と同時に、エドさんの急所を外して斬りつける。狙ったのは足首だ。ほんの少し、血がにじむ程度の傷であってもエドさんは思い切り転んでくれる。それぐらいは簡単だった。


「……あなたの子供ですよ」


 剣を収め、エドさんに手錠をかける。金属音と子供の笑い声だけが、その時確かに聞こえた気がした。






「いやーっ、聞いたぞラルフ。流石代々王様直属の剣術師範を務めるレガンス家の長男様、八面六臂の大活躍だったそうじゃないか」


 衛兵を引き連れてやって来たハイランドさんが、僕の顔を見るなりそんな事を言い出した。そう、そうなのだ。この人は心の底から僕が現場で捕物でもしてくれれば良いと願っていたのだ。レガンスの刃は魔法使いすら錆にするとまで謳われたその剣を、自分の駒にしたいと常々思っていたのだ。


「あのですね、僕はもう金輪際こういうことをしませんからね」

「まあそう言うなよ、大手柄は間違いなしだ」

「手柄といっても、エドさんは先輩ですから」


 ため息は漏れなかった。代わりに言いようのない靄のような感情だけが心の中で燻った。


「……どうしてこんな事したんですかね」


 言葉がつい零れてしまう。きっと書類を睨んでいるだけなら、生まれてこなかった言葉だろう。その答えを、ハイランドさんはくれやしない。


「駆け落ち、だそうだ。さっき彼女から聞いたよ」


 教えてくれたのは先生だった。


「まあ魔法使いは良い暮らしは出来ても自由じゃないからね。ぼくもわからない気持ちじゃないよ」

「生まれは選べないってやつですかね」


 僕の愚痴を、先生が鼻で笑う。少しだけ腹を立てて先生を睨んでみたら、何故か嬉しそうに笑っていた。


「でも、生き方は選べるじゃないか。ぼくらみたいにね」


 その笑顔が、何故か僕は誇らしかった。きっと僕らは似ているのだろう。そんな風に素直に思えた。


「なるほど、中々様になってるな二人共」


 そして急に間に入るハイランドさん。もう魂胆は読めている、このままなあなあにして僕を現場に回すつもりだ。


「なってませんよ」

「良いじゃないの良いじゃないの。レガンスの長男と美少女ネクロマンサー探偵がこの街の平和を守る! どうだ良い煽りだろ?」


 本日最後のため息が出る。全くひどい煽りもあったものだ。


「良くないですよ語呂悪いし」


 レガンスの長男と言ったって僕は事務だって決まっている。それに美少女ネクロマンサー探偵っていくらなんでも語感が古過ぎる。美少女って。


 美少女って。


 美少女って、誰のこと?


「えーっと……先生は男性ですよね?」


 恐る恐る尋ねてみると、ハイランドさんが人を可哀想な生物を見る目で見下してきた。


「嬢ちゃん先生は嬢ちゃんなんだから女の子に決まってるだろ。お前目ン玉ついてるのか」

「え?」


 先生の顔をじっと見る。コートの襟と帽子で表情が隠れていたので上手くそれを読み取れない。だから迷わず帽子を奪う。そのまま高く掲げると、先生の顔がよく見えた。


 小動物のような大きな目に、吸い込むよな黒い髪。恥ずかしそうに僕を見上げるその顔は、どこからどう見ても女の子だ。それもその、なんというか。古い言い方をすれば美少女で。


「か……かえしてよ、それ」


 何も言わずに、僕はそのまま先生に帽子を手渡す。深くそれをかぶり直して、先生が背中を向けた。


「決まりだな、エドの後はお前が引き継げ」


 ハイランドさんがなにか言っているが、いまいち頭に入らない。


「全く」


 先生の声だけが頭に響く。それは間違いなく事件だった。一目惚れなんて冗談を、僕がこの身を持って体験するなんて。




「だから東署は嫌いなんだ」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 大変楽しめました。 失礼ながらファンタジー探偵先生シリーズは目を通していなかったのですが、単独でもきっちり楽しめる探偵ものに仕上がっていました。 [気になる点] 書き出しのセンテンスが「二…
[良い点] 待ってました! 坊ちゃんと言われて上機嫌になる探偵先生が可愛い。 衛兵君がポンコツ系かと思ったら天才剣士で吃驚しました。 こういうボーイミーツガールも良いですね。 次回も期待しております!…
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