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紫陽花ノ恋  作者: マヤノ
8/20

 抱きしめられながら、思い出す。

 付き合うきっかけは忘れたけれど、鮮やかに記憶に残る出会い。


 女子に好かれ、たくさん告白される。スカウトの噂はよく流れたし、モデルに興味はなかったみたいだけれど雑誌に載ることもあった。素材がいい立花は、当たり前のようにスナップ写真を撮られたのだろう。それでますますファンが増えていくのだ。


 彼の周りに人がいないということはなかった。騒がしい毎日を過ごし、楽しんでいるように見えた。モテまくりの立花の青春時代は、男子にとって羨ましく妬ましいものだろう。


 そんな羨望と嫉妬、恋の熱に溢れた周囲に囲まれている立花は、傘を手に持たず、雨に濡れながらどこか寂しそうだった。


 段ボールに捨てられ、雨に濡れる子犬のように悲しみに打たれる姿は今でもはっきり思い出せる。


 興味なんてなかった。関わったら面倒だと思っていたのに、なぜか放っておけなかったのだ。きっと彼を慰める人はたくさんいる。彼を甘やかす恋人はいる。それがわかっているのに、無視することができなくて後ろからそっと傘をさした。


 鮮やかで艶のある紫陽花の色は、瞼に焼きついてしまった。そこにいた彼の姿も同時に思い出してしまうのだから、困ったものだ。裏庭に咲く青紫色の紫陽花がとても綺麗だった。


 今まで私が見た中で、あの日見た紫陽花が一番美しいと思う。それは今でも変わらない。いつか立花と別れることになっても、あの鮮やかな紫陽花と立花の姿は記憶から消えないだろう。


 ふと思い出した記憶を閉じると、眠る彼の様子を眺めた。手を伸ばし、そっと優しく立花の髪に触れる。目を覚まさないか少し不安になったけれど、起きる気配はない。


 あなたは今、少しは満たされているの?


 それは声に出せない問いかけ。聞きたくても口にできない言葉。


 記憶が彼の悲しく寂しげな姿を浮かべてくる。いろんな女性と時間を過ごし、付き合っては別れ、誰かを傷つけながら生きている立花は、私のもとに何度も帰ってくる。別れを切り出されたことは今のところない。それがとても不思議だった。


 甘えたいなら他の優しい彼女の場所に行けばいいし、わざわざくっついてくる理由が私にはわからない。もしかして、私が彼女が何人いようとどこで何をしていようと放置するからだろうか。縛られずに自由でいたいのなら、彼女なんて作らなければいいのに――……。


 いや、愛されないと生きていけない立花には無理か。


 愛情が欲しいのか、他人に必要とされたいのか。理由はわからないけれど、彼には恋人が必要だ。浮気相手もきっと必要不可欠なものだろう。


 彼が本当は何を思っているのか私にはわからないけれど、昔と今では変化はあったようだ。その変化を教えてくれたのは、立花の友人だった。


 確か……立花の浮気の意味が変わったとか。そんなよくわからない説明をされた。詳しく聞くことはできなかったし、その人は苦笑して呆れた眼差しを立花に向けていたことだけはしっかりと覚えている。


 まあ、どんな心境の変化でも、行動に大きな変化は見えない。どうしようもない馬鹿な人だ、と実感することばかりだ。仕方のない人だと思う。


 周りから理解されにくい恋愛模様を繰り広げる立花は、満たされようと必死なのかもしれない。同性からは嫌われそうだけど。


 そんな彼女としてどこかおかしい考えは、暇な時によく浮かんでくる。私は無防備な立花の寝顔を見つつ、ほっと息を吐いた。


 あの日、立花から感じた寂しさも悲しさも、今のところ見えない。よかった、と思いながらふと疑問が浮かんだ。


 あれ、これって彼女としての気持ちというより、母性本能的なものじゃないだろうか。こんな困った大きな子供は遠慮したい。どうしようもない彼の事情を把握して、見守りながらも叱れる人じゃないといけないだろう。立花の母親であるあの人を思い浮かべ、自分には荷が重い気がする。


 かすかに動いた立花を静かに見つめていると、彼は瞼をゆっくり開いていく。まだ寝惚けて少しぼんやりした立花の瞳が、私を視界に映す。珍しく見ることのできた寝惚け眼の彼が珍しくて、ついつい凝視してしまった。


 無防備な様子に、いつもの落ち着いて飄々としている姿が嘘みたいだ。好きなように、自由に動いている彼の警戒心のない寝起きは、自分以外の他の誰かに見せたくないと思ってしまう。


 質問に素直に答えてくれる彼の言葉を信じるのならば、誰かの側で眠ることがいやで警戒心をたっぷり持っているそうだ。


 今の姿を見ると疑いたくもなるけれど、基本的に眠る姿を見せない彼の今までを振り返ると嘘だと断言することができない。


 立花のこんな姿を知らないであろう彼女さんたちにちょっとした優越感を持ってしまう。考えると馬鹿らしいことだけれど、なぜか自慢したくなるのだ。


 恋をしているわけでも、愛しているわけでもないのに、それがとても不思議で仕方がない。自分には理解できない心の奥底には、意味の分からない気持ちの答えはあるのだろうか。

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