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紫陽花ノ恋  作者: マヤノ
7/20

 雨に濡れて帰ってから風邪を引いた。すごく不本意なことに高い熱が出て、頭が割れそうに痛くて起き上がりたくない。私の体調はかなり悪い。だというのに、同じように雨に濡れた立花は、元気そうでその姿にムカついてくる。


 元気な姿にムカつくのに、わざわざ仕事を休んで側にいてくれることが嬉しい。他の女性のところに行かないことが嬉しくて仕方ない。


 病気で弱っているからだ。一人は寂しいから、誰かが一緒にいることに安心して、嬉しくなる。相手が立花だからじゃない。


 ぐるぐる考えながら、立ち上がる彼の服を掴んだ。


「理沙?」


 弱々しく掴んだ服。すぐに抜け出せる弱さなのに、立花は振り払うことなく側に来てくれた。


「もしかして、寂しい?」


 喉が痛くて喋りたくない。声を弾ませる立花を睨んで、私は軽く咳をした。


「側にいるよ」


 安心して、というように背中をさすってくれる。ああ、ほだされそう。ずっと側にいてくれるはずがないのに、他の女性の場所に行く相手なのに、身を任せたくなる。気がゆるりと抜けて、ぼんやりと彼を見上げる。


「おやすみ、理沙」


 薬を飲んでから眠くなり始めていた私は、ゆっくりと瞼を閉じた。





 気がつけば、かなりぐっすりと眠っていたようだ。立花と会話したのが夜の七時で、今は朝の五時――寝すぎた。


 表示されている時間に驚きながら、身体を起こした。ベッドの脇にあるサイドテーブルには水差しとコップが置いてある。コップ一杯分の水を飲んで、ゆるく息を吐く。


 思い出すと消し去りたい記憶がある。具合が悪くて食べたくなかったし、身体がだるくて起きたくもなかった。


 そんな私を起こして、お粥を食べさせてくれた立花に感謝している。しているけれど、「はい、あーん」とにこにこ笑顔でされたのはよくない。すごく消し去りたい過去だ。


 薬のおかげでだいぶ体調は落ち着いているけれど、喉がまだ痛くて、アイストローチを口の中に放り込んだ。


「……帰ってなかったんだ」


 床に座り、ベッドに背中をつけて眠っている立花の姿に小さく笑みが零れた。


 簡単に嘘をつくから、約束をあっさりと破ってしまうから、私は立花の言葉を信じていなかった。


 相手が望む優しく甘い言葉を口にするのに、他の女性のもとへ躊躇わず行ってしまう。紫陽花のように、相手に合わせて色を変え、女性の間を渡り歩く。そんな人物だと昔から有名だった。


 色を変えるといっても、私に合わせているのかすごく微妙だ。どちらかというと振り回されて、合わせているのは私の気がする。


「立花、寝ているの?」


 寝ている姿を他人に見せるのが苦手だ、と口にしていたのに立花はぐっすり眠っている。


 実際、寝たふりはよくするけれど、私が起きるよりも早く目が覚めている。だというのに、今日は眠りの世界に落ちていた。疲れたのだろうか。誰かを看病するようには見えない彼には、きっと慣れないことだっただろう。


 羨ましいほど長い睫毛が端正な顔に影を作っている。起きている時に感じる色気はあいかわらず存在しているけれど、無防備な寝顔はどこか可愛らしい。


 そっと立花を起こさないように気をつけてベッドから起き上がる。


「ありがとう」


 小さく呟いて、私は立花の頭を何度かゆっくり撫でる。すると、両手を伸ばした彼に身体を包まれた。


 起きているのだろうか。確認しても寝息を立てている様子から、寝惚けて私を掴まえたことがわかる。


 狸寝入りというわけでもないようだ。無理に抜け出そうとすれば起こしてしまう可能性がある。わざわざ仕事を休んで、看病してくれた立花を起こすのは申し訳ない。抱き枕扱いされる時と同じように身体から力を抜いた。


 いつ起きるのかな。


 暇な時間を潰すために立花の顔を見つめた。いくら美形でも彼氏の顔は見飽きると思っていたけれど、意外と見飽きることがない。


 知らない表情や側面を見るたびに、美人は三日で飽きる、という言葉に疑問が浮かんだほどだ。関わりのない美人なら、確かに三日で飽きる可能性はあるけれど。


 見ていればわかる。いやになるほどわかってしまう。自分の見た目が嫌いではないし、卑下するつもりはないけれど、私と彼では釣り合わない。立花の隣に並ぶのは、雑誌に載るような女性がふさわしいと思ってしまう。


 それを自覚しながらも、やっぱり自分からは彼女という立場を手離せない。恋人という関係に執着しているわけではないのに、自ら壊すことができない。


 この関係はおかしいのだろう。おかしくて理解できないものでも、私たちの間では別になんの問題もないのだ。お互いに、何かしらの情が芽生えている可能性はある。


 青春時代のようなきらめきやときめきは存在しない関係だけれど、これでいいと思ってしまう。いつまでも続けることはできないと感じながら、今はただ側にいてくれる立花を見つめた。

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