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紫陽花ノ恋  作者: マヤノ
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「飲み会、宮部くんは行かないの?」


 誘われていたはずだ。なのになぜこんな場所にいるのだろう。


「先輩が行かないのなら、行く理由がありません」


「……宮部くん、どうして私が返事に困ることを言うかな」


「すみません」


「謝らないで。なんだか宮部くんは私のことを好きみたいだって、勝手に考えちゃう私が悪いんだから」


 甘い毒のような立花と違い、優しい甘さのある宮部くんの言葉は私を困らせる。毒を孕む言葉なら慣れているから聞き流せるのに――……。


「誰にでもこんなこと言っているわけじゃないですよ」


「だから、そういうのやめて。私に彼氏がいるの知っているでしょ? ただの言い訳じゃなくて、本当にいるんだから」


 真摯な瞳から視線をそらして、私は言葉を続けた。


「どうして困らせるの? 今はあいつのせいでいっぱいいっぱいなの。昨日も意味わからなかったし」


 急に噛んできた立花。誰か隣に女性を並ばせていれば、私の家には来ないのにやって来た。


 つい首筋に手を当てる。今もまだ噛まれた場所が少し痛くて、なぜか熱を持っているように感じる。


「……先輩」


「今は何も聞きたくない。立花の相手でもう精一杯なの」


「いつかきちんと聞いてくれるんですか?」


「…………」


 雨音が響く。空間を満たす音は、どこか泣きそうな宮部くんの気持ちに呼応するように悲しい響きがする。


 立花という彼氏がいなかったら、宮部くんと付き合っていたかもしれない。そう考えながら、想いを受け止めることができない私は、直接伝えられていないからと彼の気持ちを知らないふりをする。


「先輩、俺は――」


 まだ逃げることができる場所にいるから、宮部くんの瞳に浮かぶ想いを見ないことにする。


「またね、宮部くん」


 向けられる熱から、逃げ出してしまう。ずるい女だと自覚しつつ、ぱしゃり、と足を雨の中に踏み出して私は笑みを浮かべた。


 傘を差し出そうとする相手を無視して走る。慌てた声に応えることなく、ただひたすらに足を動かした。全身を濡らす雨がひどく冷たい。


 しばらく走っていると腕を引かれる。まさか宮部くんが追って来たのかと一瞬だけ思った。


 けれどすぐに私を包む腕と香り。それから体温でわかった。


「立花、濡れちゃうよ?」


 乾いた立花の服を、水分をたくさん吸った私の服が濡らす。髪や袖からぽたり、ぽたり、と雫が落ちていく。


「今さらだよ」


「まあ、そうだけど……」


 気にする私を見かねてか、立花は片手に持っていた傘を折り畳んだ。


 傘という雨を防ぐものがなくなり、立花の乾いた服の色が深い濡れた色へと変わっていく。


「ほら、これで気にならない」


 雨に打たれて、無駄な色気が倍増した立花の姿に頭が痛くなった。雨に濡れようとイケメンはイケメンだ。水もしたたるいい男である。実際は、つやつやとして色気のある姿、みずみずしい美しさの形容だから、水に濡れないといけないわけじゃないのだが。


「ばかなんじゃないの?」


 雨に思いっきり濡れた私の身体は冷えている。水分を吸った服が重い。


「そう?」


 お互いに全身ずぶ濡れ状態で、抱きしめられるとひやりとする。手慣れたようにいつの間にか腰に回された立花の手を叩く。雨に濡れ続ける趣味はない。風邪を引いたらどうしてくれる。


「早く帰りたいんだけど」


 睨みつければ、立花はなぜか満足そうに口端を持ち上げた。


 端正な顔が近付いてくる。ああ、綺麗な顔をしているなと思っていれば、止める間もなくキスされた。


 いつもより冷たい唇。

 浮気者の彼にぴったりの温度のない口付け。


「理沙」


 掠れた声に名前を呼ばれ、キスをされるたびに全身が熱くなる。その熱を雨が冷やしていく。


 視界の端に走り去る誰かの後ろ姿が映る。雨で視界はぼんやりと霞んでいようと、今の状況を思い出せば羞恥が溢れた。


 見られた。

 誰かに見られた。


 雨に濡れながら口付けを交わす恋人って――ああ、もうすごく恥ずかしい。晴れじゃない分、視界を遮ってくれる雨だからマシだけど、外で何をやっているんだか。


「もう帰る。帰りたい」


 私は恥ずかしくてたまらないのに、平気な顔をしている相手に腹が立つ。


 立花の胸を押して、距離を取る。すぐに手を掴まれて、恋人繋ぎされた。


「……立花」


「うん?」


 落下した傘を拾う彼氏の名を呼ぶ。忘れたらいけない。流されたらいけない。大事なことを思い出した。さすがに殴ると決めていたが、拳でするわけにもいかず、平手で立花の頭をすぱん、と素早く叩く。


 目を白黒させる立花を置いて、雨の中を走る。結局、目的地は同じだけれど、少しでも距離を取りたくなる。誰かに見られた可能性があるのに、恥ずかしがりもしない立花と私は違う。できることなら、穴を掘って隠れてしまいたいくらいだ。


 後ろからついてくる足音に追いつかれないように、私はスピードをあげる。雨の冷たさはいつの間にか気にならなくなっていた。

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