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紫陽花ノ恋  作者: マヤノ
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 購入したお菓子を食べる。それは甘くて甘くて、どろりとした重さのあるチョコレート。美味しいはずのお菓子が、なんだか味気なく感じてしまう。というより、重く感じてもやもやとした気持ちが溢れてしまいそうだ。


 机に頬を寄せて私はぼんやり考える。


 立花優雅は本当に私の彼氏なのだろうか。都合のいい女になっていないだろうか。どうしてこんな寒けになっているのだろう。都合がよかろうが、悪かろうがどうでもいいのだけれど、疑問がわく。


「付き合うってなんだろう」


 普通の彼氏彼女に当てはめられないのはわかっている。普通じゃないのは知っている。


 先ほど目にした光景が浮かんだ。腕を組み、密着する男女。誰が見たって二人は付き合っているように見えるだろう。ただの知り合いではない、と見てわかる親密さがそこにはあった。


 私と立花は腕なんて組まない。恋人同士がする行動として当てはまるのは、キスぐらいだ。他には手を繋ぐぐらいだろうか。先ほどの女性との触れ合いの方が、恋人らしさが出ているだろう。周囲から見れば、あまりにも拙いやり取りは、大人の恋愛から離れている。


「…………」


 そこら辺の高校生にも負けるような子供のようなやり取り。添い寝はしたことがある。というより、抱き枕扱いされている。相手が浮気者だというのに、健全なお付き合い。驚くほど健全で、あっさりしすぎている。


 いろいろ考えてしまうのは、暇だからだ。退屈でつまらなくて、でもやる気なんて起きない。だから、考えても仕方のないことを思う。


 例えば、立花優雅と今みたいに付き合わず、適度な距離を保っていたら。途中で別れていたら。もっと恋人らしいことをしていたら――馬鹿みたいにもしもが溢れる。ありえない例えばを考えた。


 そうやって、もったいない時間の使い方をしていると、唐突に後ろから身体を抱きしめられた。


 びくりと反射的に身体が震えた。知らない誰かが家に不法侵入してきたのかと身構えそうになるけれど、私の身体から力はゆっくり抜けていく。


「帰ってきたの、立花」


 腕の大きさ、その温度。

 私の肩口に顔を埋める仕草。

 それから、抱きしめてくる強さは慣れ親しんだものだ。


「どうしたの?」


 甘ったるいバニラの香りは、息を吸うごとに吐き気がするほど強い。よくこんなきつい香りの相手と腕を絡め、近距離にいれるものだ。具合は悪くならないのだろうか。香水のサンプルを試し続けて、香りに寄ってしまう私には真似できない。


「彼女さんの場所に行かないの?」


 香りが移るほど近くにいた女性。その相手の家に行っていると思った。もしくはどこかに泊まるだろうと考えていた。あんなにべったりくっついていた相手を、置いてきてよかったのだろうか。また、私は巻き込まれるのだろうか。あのくだらない八つ当たりに……それはいやだ。


「やめてよ。また迷惑するんだから、今からでも彼女のいる場所に行って。誤魔化すのうまいんだから」


 いくらいやだと思っても結局、巻き込まれてしまうのだけれど、文句が飛び出す。


「甘い言葉をあげて、プレゼントの一つでも贈ればきっと機嫌直すんじゃない? それに私は香水とかつけてないから、彼女さんに誤魔化しやすいでしょ」


 今からでも間に合う。そう伝えても、立花は少しも動かない。


「立花?」


 ちゃんと人の話を聞いてる?


 そう問いかけようとした瞬間、首筋に痛みが走った。噛まれた。それも思いっきり噛んできた立花の頭を叩こうとしても、強く抱きしめられて両手がうまく動かせない。


「俺の彼女は理沙りさだよ」


「私の言葉の返事になってなっ――!」


 文句の一つでも言おうとすれば、噛んだ首筋を舐めてくる。びくりと身体が震えた。


「理沙だけが俺の彼女。大好きだよ、理沙」


 甘い毒のような言葉が耳に吹き込まれる。腰にくるほどよい低音は、反論を許さない。うっとりと聞き惚れてしまう響きを持つ。


「あの女性はなんでもない。あんな人物、知らないよ」


 一緒に仲良く歩いていた女性を簡単に切り捨て、存在していなかったように扱う。彼をどれほど想おうと、付き合うようになろうと、関係ないのだ。立花を好き、その感情を込めて腕を組み、キスをしても簡単に繋がりがゼロになる。


 本気で誰かを愛さない可哀想な人。

 愛を返されることがないのに甘い言葉に騙される可哀想な人たち。

 縋りついてしまいそうな甘い言葉に、どれくらいの女性が騙されているのだろう。


 甘い言葉によっているわけではないけれど、立花が使う「大好き」「別れたくない」「ずっと一緒だから」「俺の居場所は君だけ」という台詞を、切り捨てることはできない。ずるいな、と苦笑しながら私はその言葉を受け入れるのだ。


 本当の気持ちが隠されているのかどうかなんてわからない。その言葉が嘘だらけなのかもわからない。それでも、ここで彼を切り捨ててしまったら、壊れてしまうような錯覚に陥るのだ。それが女性を騙すための術かもしれないのに、揺れる瞳に負けてしまう。


 ただひたすらに甘い告白は、残酷な苦さを持って私の身体を満たしていく。


 いつか私もあっさりと切り捨てられるのだろう。繋がりはいつだって、脆い土台の上にあるのだから、きっと驚くほど壊れやすい。ほんの些細なことで、関係は修復でないほど破綻してしまう気がした。

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