一
紫陽花がとても似合う彼を知ったのは、いつだったのか実はよく覚えていない。
幼馴染みなのは確実だけれど、深い関わりなどなかった。
ただ家が近いから挨拶をするくらいの仲だ。よくある漫画や小説、はたまたドラマみたいな幼馴染みとの恋は芽生えることがなかった。
遠くから鑑賞用として見るのはいいけれど、ファンクラブまである彼と関わりたくない。
見た目がイケメンといえる彼の名前は、立花優雅。芸能人顔負けのイケメンだからこそ許される派手な名である。
実際、そこらの芸能人よりも美形の立花はスカウトされたことがあるらしい。街角イケメンの特集にでかでかと載っていたのだから、周囲の女子が騒ぐのは仕方ないことだった。
そんな高嶺の花といえる位置にいる芸能人的な立場にいる彼と、周りと比べて自慢できるような女子力の低い私の接点は、挨拶だけ――そう挨拶だけだった。
それが変わったのは偶然。
雨の降り続く梅雨の時期、傘を忘れた立花を見つけたせい。ファンの誰かが貸せばいいのに、彼を好きだと口にする女子がその姿を見つけたらよかったのに――なぜか私が見つけたのだ。
裏庭に咲く紫陽花を見に行ったのが原因である。紫陽花なんて見ずにさっさと帰宅していたらよかったと思うけれど、立花という存在にいつかは巻き込まれる気がする。
それが遅いか、早いかの違い。何かの拍子に巻き込まれ、自分から抜け出せなくなる。そんな気がしてしまうのだ。
過去を振り返りながら、私はぼんやりと自分を抱きしめる相手を見つめる。
なんでこうなった。
どうしてこうなった。
いつの間にか流されるように立花と付き合い始めた。きっかけがなんだったか曖昧な高校時代よりもぐっと大人の色気が溢れる彼は、相変わらず無駄にモテる。迷惑なくらいモテる。
まあ、立花がモテるのはこの際どうでもいい。見た目イケメン、声はエロボイス。うん、仕方ない。
神様というものが本当にいるのなら不幸だ。そう思うくらい立花優雅は恵まれていて、腹が立つくらい自由で、気ままな毎日を送っている。
束縛する気なんて皆無だから、彼女という位置にいるけれど立花が勝手な行動をしても気にしない。
デートの約束をすっぽかされても、よくあることですませてしまう。記念日を忘れられようと、私もしっかり覚えていないからどうでもいい。
これって本当に付き合っているのだろうか。
知り合いに尋ねたら、驚いた顔をして固まったなあ。だから、つい冗談だよと誤魔化した。
友人に聞いたら、苦笑いされた。半分は嘘かもしれない彼氏事情だよ、と軽く笑った。
親友には呆れた顔をされた。誤魔化す必要もないから、普通に立花との話を隠さずに言った。
彼氏彼女ってなんなのだろう。
本人たちが認識しているだけではだめなのだろうか。よくわからない。私には恋愛って理解できない。なのに、なぜか立花と付き合っている自分がおかしかった。
彼が浮気者だということは有名で、私を心配してくれる人がいる。立花に恋をして、嫉妬から向けられたこともある。
――別れないの?
何度聞いたかわからない台詞が頭に響く。そのたびに私は何度も考えて、答えを見つけれずに瞳を閉じる。
なんでだろう。
どうしてだろう。
立花優雅と別れられない。
自分から別れを切り出せない。
私が立花優雅を好きだから? 愛しているから?
そんなことはない。それは違うと否定できる。恋愛感情は芽生えていないけれど、嫌いじゃないと断言できた。
やっぱりわからない。
深く考えても答えは出ない。
おかしくて歪な関係を、いつまで続けていくんだろう。流されて、流れて――時間だけはどんどん目の前を通りすぎていく。
束縛しない私。
自由で気ままな彼。
普通の彼氏彼女の関係に当てはめることができない。それでいい気がした。
とりあえず、私を抱きしめてくれる腕の温かさは本物で、なぜか安心するのは確かなのだから。