表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紫陽花ノ恋  作者: マヤノ
19/20

十八

 昔のことから最近のことまでいろんな話を二人で笑いながらした。懐かしくて、楽しくて、つい時間を忘れそうになる。


 でも、そろそろ帰らないといけないだろう。特にしおりは彼氏が待っている可能性が高い。


「理沙、最後に質問していい? きっと私くらいしか訊けないから」


 楽しく会話をしていた時には尋ねることができない事柄なのだろう。わざわざ帰る頃合いになってから、質問してきたしおりに私は頷いた。


 尋ねることに少し躊躇いを見せ、ゆっくりとしおりは息を吐き出す。まるで開けてはいけない扉に触れるような、そんな恐る恐るとした雰囲気に緊張してしまう。


 一体、何を尋ねたいというのだろうか。彼女にしか訊けないことってなんだろう。


長瀬ながせ先輩を覚えてる?」


 零された質問は予想していないものだった。しおりは真剣な表情の中に不安を漂わせている。その態度を不思議に思いながら、うん、と頷いた。


 初恋の人の名前を忘れるはずがない。思い出せば、切なくなる。泣きながら、写真を捨てた印象的な記憶が蘇る。諦めたくないけれど、認めるしかなかった失恋。


「最近、会ったんでしょ? 立花に教えてもらったわけじゃないけど、わかるもの。私は理沙の親友だし、なんだかんだで立花との付き合いは腐れ縁だから」


 会っていることに確信を持っているような口調で、しおりは私に疑問を投げかけた。


「会ったというか、見かけただけ。疲れていたし、お酒飲んでいたから寝落ちしたみたい。よく覚えてないの」


 隠す必要もないし、正直に私は答える。


 思い出せば、あれは会ったとはいえないものだ。向こうが私に気付いていない可能性が高いし、声なんてかけなかった。すれ違ったともいえない、ただ私が見ていただけのこと。


「そう……」


 一度うつむいたしおりは、静かに息を吐き出した。


「理沙」


「なに?」


「理沙は……まだ、長瀬先輩のことが好き?」


「先輩のこと、好きだよ」


 初めて恋をした相手のことを嫌いになれるはずがない。でも、先輩が好きだったことはもう過去のことだ。今でも気になる人だけど、きっとそれは初恋だからだろう。


「理沙」


 泣きそうな顔をする親友を安心させるために、穏やかな気持ちで笑顔を浮かべる。どうして彼女がそんなに心配するのかわからない。


「大丈夫、忘れられないだけ。私には彼氏がいるし、先輩だってきっと彼女がいるよ」


 ぐっと胸に鋭い棘が刺さったような痛みが走る。鈍い痛みが頭に響いた。


 紫陽花の咲く時期は過ぎたけれど、そこは私が安心できる場所だった。だから、私は泣きながら一人でうずくまって――……。


 脳裏に一瞬浮かんだ景色は、しおりに名前を呼ばれて消えた。


「理沙っ、ごめん。思い出さなくていいのに、変に掘り起こしたね」


「? 過去に失恋したけど、そんなに謝ること?」


 失恋した記憶は確かに楽しい思い出ではないし、苦しくて切なくなる。でもそれは、失恋した人なら誰だって感じる思いといえた。


「そうだね。……立花より私の方が理沙に訊きやすいと思ったけど、失恋の思い出は痛いでしょ」


 ぎこちない返事をしたしおりの言葉に違和感を覚えた。何もおかしいところはないのに、何か引っかかる。


「しおり?」


「ねえ、理沙。何かあったら私に連絡ちょうだい。力になれないかもしれないけど、話を聞くことならできるから」


 あまりにも不安げな彼女のお願いを断れるはずがない。約束、と笑うしおりに私は頷いた。





 長瀬先輩のことを考えると、落ち着かなくなる。忘れようと思っても、忘れることができない。叶わなかった初恋は、いつまで私の中に存在し続けるんだろう。


 夜空を見上げながら、一人で帰る道。どこか寂しくて、誰もいない隣を見つめる。立花が先輩に向けた表情、しおりの言葉――思い返しながら、歩く道は少しだけ暗い。


 過去の思い出は、掠れていく。たくさんの新しい記憶に埋もれ、忘れてしまう古い記憶たち。その中で、どうしても忘れられない出来事だけが鮮やかにふとした拍子に蘇る。


 初恋は実らない。


 ただそれだけのはずだ。片思いは叶うことなく、伝わることなく消えた。そのはずなのに、何かがおかしい。


 見つけたらいけないものがある。積み重なってしまった記憶の奥底に、何かが存在している。もしかしたら、私が自ら望んで隠してしまったのかもしれない。


 自分のことなのにわからなくて、もやもやする。立花もしおりも知っている様子を思えば、悔しさと焦りが出てくる。


 今まで気にしていなかったのに、過去を掘り起こしたい。その引き金は、いろいろ考えられる。立花の対応。しおりの質問。最近、偶然だけれど先輩を見かけてしまったこと。そして、気になってしまう私の正直な気持ち。


「……だめ、全然わからないっ」


 片手で頭を掻いて、答えの出ない難問に唸る。


 思い出そうとしても、蘇る記憶は当たり障りのない出来事だけだ。何か問題のあるようなことはなかった。彼らの反応的に、きっと何か重要な出来事があるはずなのに、さっぱりわからない。


 尋ねたら答えてもらえるだろうか? やっぱり教えてもらえないのだろうか。


 アルバムでも引っ張り出して考えるべきかもしれない。でも、よく考えれば必要な情報はアルバムにない可能性が高い。


 問題は長瀬先輩とのことだろう。それだけは確かだけれど、私にとって難問である。先輩との思い出の品なんてない。写真は捨てたから、一枚も残っていないのだ。


 はっとして、私は足を止めた。


「卒業アルバムなら……」


 写真は捨てたけれど、部活の写真が卒業アルバムに載っているはずだ。記憶を掘り起こすいい案だと思ったのに、すぐに否定が浮かぶ。


「ううん、無理だ。卒業アルバムって私のだもの。先輩の写真が載っているはずないよね」


 個人、学校行事、部活動関連――どの写真も卒業する生徒、それから下級生が映る。卒業した先輩の姿がアルバムにあるはずがない。


 他に何か方法はないか。手詰まり状態になった私は、どうすればいいか思いつく限りの方法を考え始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ