とあるゲーム内の傍観できてない傍観者とその片割れの話し。
毎日はおおむね平和で、私は今日も安穏とした日常を享受している。
たとえば朝は寝坊した父を叩き起こし簡単な食事を食べさせ弁当を渡し送り出したが、それはよくあることで特筆することではない。
その後のんびりと余裕を持って登校すれば、賑やかなクラスメートと他愛も無い会話を交わしては笑い、眠くなりながら授業を受けて自慢のお弁当でお腹を満たして、またひたすら眠気と戦いながら午後の授業を受ける。
事件など言う出来事は皆無で、平和で安穏とし怠惰で穏やかな一日である。
「助けてナオちゃん!!」
そう、私はいつものように平和な一日を過ごしていた、はずだった。
いつも通りに授業を終え帰りのホームルームも終わり、さて夕飯の買い物でもして帰るかとのんびり支度をしていた穏やかな時間を、聞きなれた悲鳴に破られてこの平和が終わる。
「来たの! ついに来たのよ!!」
まだ教室に残るクラスメイト達の奇異な眼差しをものともせず、騒々しく騒ぎ立てながら私の首に巻きつくのは、可愛い可愛い双子の姉、ミナ。
二卵性で似ていないのと親の離婚で私は父に姉は母に引き取られているので苗字も違う。中学の同級生もいないこの学校で私達が双子であることを知る者はいない。
そんな私たちがくっついている姿に周囲にどう映っているか理解はしているが、だからと言って無理に引き剥がせば寂しがりやの姉の暴走がいっそう酷くなるだけなので、しかたなく放置する。べ、別に懐いてくれる姉が可愛いとか、そんなんじゃないんだからね!
一部から殺気の篭った目で見られるのは心底不愉快だが、いい加減慣れた。
視線の主達にはこの対人恐怖症のコミュ障で接触が苦手な姉がくっつく私が身内だとそろそろ気づいて欲しい。
二卵性で瓜二つではないが、似てている部分も多いのだから。例えば鼻とか鼻とか鼻とか。
「ミナ落ち着いて。何が来たの?」
ぎゅうぎゅうと抱きつく姉のふわふわの髪を撫でて宥めながら促せば、母親似のくりくりとした大きな目に涙を浮かべて姉はゆっくりと話し出す。
「今日ね、うちのクラスに転校生が来て……」
それだけでピンと来た。
そうだった。
高校二年のこの年の春に彼女が、このゲームの主人公である少女が転校してくるのだ。
平和な日常に和みすぎてすっかり忘れてしまっていたその事実に気づいた私は、愕然と姉の顔を見つめた。
涙目の姉もかわいい。
頭がおかしいと言う無かれ。
私たちが存在するこの世界はいわゆるゲームの世界にそっくりで、いわゆるゲーム内転生という現象に巻き込まれてしまっているようなのだ。
どこのライトノベルだとツッコンだ所でここが現実には変わりなく、前世で散々楽しんだ事態に陥った現状はかつて茶化した物語の数々に土下座どころか地中に埋まって謝罪しなくてはいけないだろうと心底思っている。
私たちはごく普通の家庭に生まれ、特筆することも無くごく当たり前に生活し、途中両親の離婚と別離いう難関に出会いながらも仲良く育ってきた。
それなのにゲームの世界。もしくはゲームに酷似した異世界だかなんだかに生まれているとは、いったいどういう運命なんだと嘆かずにはいられない。
この学校がというかこの世界が、かつての自分が製作したゲームの中だという因果に気づいたのは、春の桜が美しい入学式の朝だった。
それまでは漠然としていた、いたいわゆる前世の記憶というのは、あの日壇上に立つ校長先生を見た瞬間に爆発するように蘇り、私の脳内を侵食した。
卒倒こそしなかったがその後不調のあまり数日間熱を出すとい事態に陥り、再婚せずに男手一つで育ててくれている今生の父親を大いに心配させた上に、入学して早々に休んだことで当初はクラスに馴染めず苦労したのは苦い思い出だ。
そんな私を心配した姉の追及に笑われるのを承知で話してみれば「え、私は知ってたよ? むしろ知っててこの学校に入ったんだと思ってた」などと、唖然とする回答が返ってきた。
何を隠そうこの姉は前世でも私の姉であり、しかも今生と同じ二卵性の双子であり、このゲームのヘビーユーザーでもあったのだ。
私と姉は前世から引き続き双子という事、揃って同じ世界に転生しその記憶を持ったままという事実は、己の因果と運命に対する恐怖を産むには充分すぎる破壊力を持っていた。
もしあのゲーム製作スタッフだった、ゲームのヘビーユーザーだったという理由でこの世界に生またのならば、私たち以外にも転生者がいそうだがそれを探るのはあまりにも怖ろしい。
好奇心は猫をも殺す。
知らない現実も世の中にはあるのだと、前世で生きた年数プラス今生の年数で充分に学んでいる。
前世から引き続き最愛の姉は私より先にこの世界の事実に気づいていたが、恐怖に慄く私と違い驚きはしたが喜んだという。
本人曰く、可愛い妹が頑張って作ったゲームを製作者側が想定していた以上にやり込むのは当然だ。そんなゲームに最愛の妹共々揃ってまた双子として生まれ変われたのは喜び以外はない。
そんな嬉しいんだか恥ずかしいんだか困るんだか解らない言葉を、めちゃくちゃ可愛い笑顔で言われた。
思い返してみれば前世の姉のゲーマーっぷりは作った側としては嬉しいと言うべきなのだろが、あまりにもあまりのやり込み様にどん引きした記憶しかない。
引きこもり気味の万年フリーターだった姉は有り余る時間を活用した結果だとも思うが、それでもさすがにどうかと思う嵌りようだった。
しかし今になって思えばそれだけ私達のゲームを大切にしてくれたのは、感無量と言うべきなのだろう。
このゲームは当時私が勤めていた弱小ゲーム会社が倒産寸前の時に、起死回生とは名のやけっぱちで作ったらヒットしたというゲームだった。
もともとは某四角ソフト社のようなゲームを作りたいと有志が集まって立ち上げた会社で、得意なのは2Dスクロールアクションかドット絵で動くRPG。
少しずつスタッフが増えて、下手ながら拘りを持たせたCGを使ったアクションRPGが主流になっていったが、出すソフトはほぼ鳴かず飛ばずで会社的にヒットしても一般的には惨憺たる結果であった。
そんな事が続けば、ただでさえ少なかった資金が底を突き始め、どうにかこうにか遣り繰りをしても赤字の連続。
増えていたスタッフも減り始め、ついには給料の支払いどころか借りているビルの家賃すら滞納という事態に陥ったときに、社長が言ったのだ。
最後の思い出に一花咲かせないか? と。
残ったスタッフに意義を唱える者はおらず、皆それまでのアレコレで疲弊していた心身を引きずったまま、死に花咲かせてやるぜェ! といわんばかりに燃え上がっていた。あれは完全に超えちゃいけないボーダーを越えたテンションだったと思う。
いくつも出た原案はバラエティに富んでいて一つに中々纏まらず「もういっそそれぞれの要素を詰め込んだ乙女ゲームでも作りませんか? 今流行ってるし」という新人なのに最後まで残ると誓ってくれたプログラマーの男の子の一言で全てが決まった。
人手も予算も無く外注などできるがずもなくて、残った数名のスタッフで企画原案、シナリオ作成にキャラクターデザイン、スケジュール管理にゲームデザイン、イラストに音楽製作、プログラムにデバック作業などなどを全て待ちまわりでこなした。
さすがにパッケージイラストやゲーム中の立ち絵などは素人である自分達ではお粗末なものしか描けない、テンションおかしくてフルボイスに拘っていたわりには演技が出来る人間もいない。私を含めたスタッフの中にそんな凄い人はいなかった。
そこで会社が出来てから繋がった僅かな人脈を駆使して安価で絵を描いてくれる人と、ネットで見つけた声の仕事を募集している人達にお願いをして、ゲームを仕上げた。
私自身やったこともないキャラクター製作や原画から起こしたスチール、立ち絵の彩色やエフェクトかけ。
モブの声やなんやらを最後の勢いでこなし、デバック作業とバグの修正で何日も寝ないで会社に缶詰になったのもいい思い出だ。二度とはやりたくないが。
そうして出来上がったソフトは、やっぱり無理を頼んで各関係業者の方々のおかげで製品となり発売された。
しかし製作に予算はほとんど流れてしまいCMを打つほどのお金が残って無い。
そこでインターネット広告やソーシャルネットワークを駆使し地道に宣伝を続けていった。
最後のやけくそでほとんど飲み会と深夜のテンションと寝不足の頭をミックスしたような勢いで作り上げた作品だ。
私達のゲーム作りへの熱すぎる情熱を溢れて洪水を起こすほど詰め込んだそれは、当初記念になればイイネ、なんて温い言葉を吐いていたとは思えないほど面白い仕上がりになったと自負していた。
だからスタッフみんなでプレス会社が動いてくれなければ自分達でソフトに焼いて手売りするか、とか印刷会社が無理と言えばパッケージはこのプリンターでいいよねなんて話しつつも、しっかりとした製品になることを望んでいた。
プレス会社も印刷会社もあんなマイナスにしかならない金額で受注を受けてくれた瞬間、どうにかして売ろうという気持ちになったのは当然だろう。
製品の納入を待つ間、再びスタッフ全員で販促計画を練り直し様々な方法でアプローチしていった。
発売してから数字が全然伸びなくても、なんども挫けそうになりながらも営業に営業を重ね、時には体中を壊しながらも宣伝をみんなで続けた。
そうやって我武者羅になにかと戦っていたある日、気づいたらゲームの売り上げが並み居る乙女ゲーム大手を押しのけて上半期一位という快挙を成していた。
正直何が起こったか解らない。なにをどうやってそうなったのか、いつの間にそうなったのか、なんど思い返してみてもさっぱり解らない。
解らないまま呆然とした気持ちでこのゲームを作るにあたり没案にした内容をリサイクルした乙女ゲームをおまけ感覚で出したら瞬く間に売れ、気づいた時には赤字や未払い分の給料や各種の支払いの補填どころか黒字にボーナスの支払い、煙を吹くほど酷使した各種の機械の入れ替えなどを行えるほどの利益を生み出していた。
まさに奇跡だった。
その後出すゲームも売り上げに差はあれどそれなりの数字出し、私達の会社は乙女ゲーム業界ではそれなりに名前のうれた中堅どころとして足場を確固たるものにしていった。
一作目で協力してくれたイラストレーターさんや声優さん達もこのゲームがきっかけで名前が売れ、いつの間にか売れっ子になっている人もおり、その後も長いお付き合いをさせてもらったものだ。
そんな思い入れ深いこのゲームにそっくりな世界に、なんの因果か私は姉共々生まれ変わってしまったのだ。もう笑うこともできやしない。
ゲームのコンセプトは転校してきた美少女と学園のアイドルたるイケメンたちの織り成す、学園ベースの現代和風ファンタジー。
失われたといわれる古代の神威を宿す巫女である主人公は、何も知らないままこの本家の勧めでこの学校へ転校してくる。そこで出会う様々な攻略キャラクター達。
実はこの学校、神霊妖が跋扈し人外が実権を握る神域であり、攻略キャラクターの九割は妖怪、神、ハーフで、生粋の人間は一人だけ。
私たちのような普通の人間も数多く在籍するが、だいたいのイケメンは人外でその事実は知られていない。
そんな人外達の盛大な嫁取り物語になっており、エンディングは攻略キャラにそれぞれのベストスポットでプロポーズされるというものだ。
最終的にくっつくイケメンによってエンディングと未来が変化するマルチエンドタイプで、選択肢一つ違うだけでフラグが変化しギミックが動くという無駄に高い難易度を設定し、何週もすることで開放されるシナリオまで搭載した力作だった。
何も知らない主人公は攻略キャラ達と接触するうちに自分の力の秘密やイケメンたちの事情や内面を知って親交を深め好感度を上げていく。
もちろん個別ルートとエンディングの他、誰ともくっつかないノーマルエンドや全員と一定以上の好感度をもってエンディングを迎える逆ハーレムエンド、学園崩壊や世界崩壊エンドなどのバットエンドも豊富に揃っている。
何度も言う。
この世界は私たち製作スタッフが、勢いと熱意と暴走が滾って煮詰まって盛り込んだゲームの世界なのだ。
しいて言うなら煮詰まりすぎて焦げ付いた、やりすぎ設定目白押しなのだ。
いくらメタなアレコレを知っていると言っても、あきらかにアウトな設定が豊富なこの舞台で、主人公や攻略キャラクター、それに付随する関係キャラクターに関ることは危険極まりない。だってあいつら人間じゃないもの。
人間もいるけど人間の枠超えてるスーパービックリ超人間ばかりだもの。下手に関ったら死ぬ。絶対に死ぬ。確実にあぼる。
何度でも周回できるゲームとは違いこの世界は現実で、主人公の行動一つでどんな未来にも転がるのだ。
ゲームであれば筋道を作ってフラグを立ててギミックを動かしイベントを回収し、規定のエンディングまで進めれば良いが、現実は違う。
主人公の行動一つに変わりはないだろうが、その主人公だって生きているのだから、行動は周囲の人や環境に影響されるだろう。
攻略キャラクターだって基本の設定は生きているだろうが、やはり周囲によってその思考も行動も変化するだろう。
それはつまりどのルートのエンディングになるか解らないということだ。下手したら予測しているエンディングとは違うラストを迎えるかもしれない。
主人公が来て基本ストーリーのままでいけば、三月に相手が決まってエンディングだ。
危険度数は大幅に減るだろう。というか減ってください。
しかしそれまでの間に数多くの危険があるのは間違いない。
だとしたら打開する手として傍観者的な立ち位置で主人公に接触し、適切なもしくはもっとも平和なエンディングへと導くか、徹底的に関係を断ち切りモブとして背景画像からも消えつつアンテナを張り巡らせ、バットエンドを迎えそうなら早々に脱出するという方法ぐらいだろう。
私たちは相談し後者を選んだ。
仮想世界では魅力的な人外も、現実だと思うとその面倒くささとリスクがメータ振り切れぶっちぎになるのだから仕方が無い。変な者とは関らないことが一番なのだ。
現実問題として私の知っている攻略キャラクターの一部とその関係者は姉の影響で変化が見られる。由々しきことこの上ない状態だ。
前世と同様に少しばかり知恵の足りない姉は、私の忠告を忘れてトラブルを起こし、気づけば標準の攻略キャラクターどころか隠しキャラクターとも接触済みという笑えないのに笑顔になるという状況に陥っている。
好奇心に負けて傍観者を気取り、観察をしていたら巻き込まれたのだアレコレと。なんてテンプレ。
今回の主人公登場でおそらく正規ルートへの修正が図られるだろうが、なんせこの姉のことだ何をやらかしてもおかしくない。
私の繊細な胃袋が捻り切れそうに痛む。
「で、どうだった?」
姉から一通り主人公登場のアレコレを聞き、彼女のテンションがひと段落したところでそう尋ねる。
「なにが?」
「主人公はやっぱり美人だった?」
「それはもう! 画面からそのまま飛び出してきました! っていうくらい純和風美少女だった!」
「へー」
原案時には平凡顔の少女という設定もあったが、姉の反応を見るかぎり美少女にして良かったと思う。
「あ、でもだからってナオちゃん見に行ったり近づいたりしたら駄目だよ?」
ぷくっと頬を膨らませて姉は言う。
その頬が可愛いので指でつっつくと、ぷすっと間抜けな音がして、もっと可愛い。
「着色とかやってたら興味あるけど、まぁ危険地帯にわざわざ踏み込むつもりは無いよ」
イラストレーターさんが渾身の出来だと言っていた主人公。
乙女ゲームなのだから男キャラに全力を注げよと思いはしたが、男性向け専門のイラストレーターさんであった彼女の女性キャラクターに掛ける情熱が半端ないものだった。
もちろんヒットに恵まれないだけで画力に定評のあった彼女の描く男性キャラクターも充分に魅力的であったが、しかし主人公の絵に比べれば伝わる気迫が違う。
あまりにも素晴らしい美少女だったので、うっかり女性キャラを増やし選択に百合ルートを作ってしまったのも仕方が無い。おかげで男性ユーザーにも定評を頂いた。一部のスタッフからは泣き言と悲鳴も頂戴したが。
そんな主人公が生で見れるというなら、正直興味が湧く。
しかし、ただでさえ姉の迂闊な行動で攻略キャラクターの視界に入ってしまっている現状として不用意に主人公の近辺に出没をすれば、間違いなく私の命の危険度数が急上昇する。
私の危険指数が上がれば姉の危険指数も上がってしまうだろう。だって姉は可愛い可愛いアホの子だもの。
どうせ自分が係わったゲームに転生するなら、平和なラブコメ世界が良かったと心底思うが、よくよく考えると自分が製作に関ったゲームは全て死臭が漂う設定がそこはかとなく散りばめられていた事も思い出した。
前世の自分よ、企画会議に参加した時に何故反対しなかったと、何度も何度も後悔をかみ締めるも全て後の祭りという現実。
居酒屋で企画を詰めてはいけないと今なら強く訴えれる。
逃げようのないこの現実に立ち向かう為には、どこぞのライトノベル宜しく危機回避を自分で行うしかないだろう。
「ミナもこれ以上関っちゃだめだよ?」
事あるごとに念を押しておかないと、この天然姉は次々と泥沼を招いてくる。
「わかってるけど、同じクラスだし……」
「うん。だからどうしても無理だったら必ず私に言って? 対処方法を考えるから」
そう言いながら走ってきて乱れてしまった髪を整えて可愛いと伝えると、姉は嬉しそうにふにゃりと笑う。
「ナオちゃんが居てくれるから安心だよ」
猫のように私の手に頭を擦り付ける姿は本当に可愛くて、心の底から守らなくてはという使命感が湧く。
推測が正しければ、今姉と戯れる私に向かって殺意の篭った嫉妬の眼差しを向ける攻略キャラクターその1のベクトルは、完全に姉に向いているだろう。
それからアレとかソレとかヤツとかのベクトルも向きかけている。
しかも結構やっかいな設定持ち達ばかりで、姉の運が悪いのか良いのか何なのか解らないソレのおかげで下手な手も打てない。
どうしようもなくなれば製作者という裏技を使いどうにでもする事もできるだろうが、さりとてチートな力を持つわけではないただの人間である私にどこまで出来るかは不明だ。
だから姉には極力自力でフラグを回避して欲しいと願っている。
大学生になったら一緒に暮らそうと約束しているのだ。私たちのささやかな夢をめんどくさい男共に邪魔されたくない。
かつての様な穏やかで幸福な暮らしを得る為なら、私はどんな労力も惜しくはない。
そうして始まったゲーム世界に酷似したアレやコレや。
慌てふためいたところで日々は移ろい、設定されていた各種イベントが着々と消化されていく。
これが噂に聞く世界の強制力かと恐れ戦きつつも画策して奮闘する毎日。
しかし私達の願いも努力も虚しく、姉はフラグを乱立させ涙目で日々それを折る努力をしている。
だがその苦労は、攻略キャラクター共の琴線に触れるしかないらしく、予想外な方向から熱い視線を向けられているようで、姉の一連の行動は己の首を絞めているとしか思えない。
彼女はすでに一級フラグ建築士の称号を得ているのではいかと確信しているが、本人は決して認めないだろう。きっと認めてしまったら姉の中の何かが崩壊するだろうと思う。
ただのプレイヤーではなく、製作からアレコレ言えるくらい係わったこの世界。
それこそ攻略対象キャラクターの製作過程やその性格や性癖アレコレ。ネタで作っては書き出したホクロの位置だニキビの痕だなんだ。
表に出ていないアレコレやスタッフ一同で考えたエンディング後のアレコレ。スリーサイズどころの騒ぎではなく、酔った深夜のテンションで考えて設定化した恥ずかしいアレコレまで全部知っているのだ。本人達が知れば噴飯ものであり羞恥で引きこもるレベルだろう。
イラストレーターさんが遊びで描いてくれたアレコレも声優さんがアドリブで飛ばしたアレコレも強烈な印象は生まれ変わった今も印象に残ってます。脳内再生余裕です。
そんなキャラクター達。
どんなにイケメンでも、どんなにトキメク台詞を格好良くキメ顔で言われてもどうしても温い笑いしか浮かんでこない。むしろ気持悪い。
もとより私に男にトキメク趣味はない。
連中のトキメキ台詞も私ではなく姉に向かっているのだから当然だとしても、トキメかない。
もちろん手塩にかけて作り上げたキャラクター達だ。愛着なら人一倍ある。
しかしそれは親の気持ちであって、まるで子供がアレコレ隠して一生懸命粋がっているようにしか見えないのだ。たとえ今の私より年上のキャラクターであっても。
しかし姉はそれを知らない。
あくまでも私から聞きかじった当たり障りの無い裏話と、やりこんだゲームの内容とヒットに調子乗って出したムック本の内容しか知らない。
私は一切表に出ちゃいけないアレコレを収録した音源やイラストのコピーを、家に持ち帰ったりはしなかった。
レア物であろうとも、あんまりにもあんまりな内容はやはり一ファンとして楽しんでくれている姉に教えるには忍びなく、その手の話しを全くしなかったのだ。
だから傍観を決め込んだ姉が攻略キャラクターに接触されて困りながらもトキメいているのは仕方が無いことなのだ。
アイツとかソイツのモザイク処理が必要な事を知らないからトキメけるんだよ。私には無理だ。
彼女は一生懸命フラグを折る努力をしているが、しかし残念、それは更なるフラグを立てる要素しかないんだよ姉。
そう注意を促してもあの姉は見事に攻略キャラクター達のフラグを乱立させ、どんどん逆ハーレム状態へと陥っていく。
誰か一人への好感度がうなぎ登りではなく、複数のキャラクターの好感度を同時に上げるあたり、さすが我が姉である。
幸いなのはなぜか私に接触してきた主人公ががよくある性格の悪い転生者というオチもなく、全て設定通りであったことか。姉には劣るがその可愛さはさすが主人公だ。
だから姉よ、頑張ってくれ。ゲームは三年生が卒業する三月までだ。そこで主人公が伴侶となるキャラクターからの告白に応えてエンディングに向かう。
それまでの間にルートによっては学校が何度か壊れるだろうが、無事にエンディングを迎えれば姉への命に係わるフラグも消えるだろう。
そうすれば晴れて自由なのだから姉は気に入ったキャラクターと一緒になればいい。同棲は認めません。
そのまま結婚されるのは私的に辛いので勘弁して欲しいが、青春の一ページとして素晴らしい思い出になるだろう。だから攻略キャラクターとの結婚だけは止めてくれ。
そう祈りながら今日も放課後に私に泣き付く姉の頭を撫で、教室の隅で睨み付けてくる攻略キャラクター達からの激しい視線を無視しつつ、明日も平和な一日であることを願うのだった。
流行のゲーム内転生で傍観者を希望しつつも巻き込まれる人を傍観する人の話しが書きたかったのに、傍観者が傍観するだけでは話しが動かないことに気づいたジレンマ。結局巻き込まれフラグを立てていただきました。
以下メモ程度の登場人物紹介。ナオとミナのみ。
【ナオ】
高校二年生の少年。前世は女性。ゲームプログラマーとして勤めていた。
現世では父親似の切れ長の瞳がクールな印象を与え、精神年齢が高いので大人っぽさも相俟って密かに女子に人気がある。自覚の無いシスコン。
告白を何度かされたことがあるが、元女性であるからというより相手のテンションが若すぎてそういう対象にはならない。愛でるのは好き。
記憶は女性だが精神は立派に男性なので可愛い女の子とは付き合いたいと思っている。
ミナ狙いの攻略キャラ達に目の敵にされることがあるが、どんなに真面目に来られても裏設定を思い出してしまい本当はあまり恐くない。
攻略キャラに何を言われてもバラしちゃいけないアレコレがあるので「ふへっ」と笑ってかわしてしまい、攻略キャラ達からは得体の知れない恐い相手という認識を持たれるようになる。
姉の立てるフラグにガクブルしつつ、なぜか主人公に懐かれるという自分のフラグ建築能力に愕然とする毎日。平和に暮らしたい。
【ミナ】
高校二年生。ナオの双子の姉。前世でも双子の姉であったのでこの生まれ変わりに運命を感じている。
前世でもシスコンの気があったが運命を感じてからはブラコンが加速して留まるところを知らない。理想の相手はナオのような人。でもナオに対しては家族愛しか抱いていない。
前世においては干からびたフリーターオタク女子であり、男性経験は皆無。
妹の作ったゲームをやりこむのが生きがいのコミュ障だった。
現世では母親似のくりっとした瞳が特徴的な可愛らしい少女で、若干挙動不審さはあるが天真爛漫な性格のため男子生徒に好意を抱かれることが多い。告白された経験はない。
ゲームの世界と同じだと気づいた時、危険だと解っていながらオタク心が疼いてついつい攻略キャラ達に係わってしまったばかりに変なフラグを乱立させてしまう。(自業自得)
主人公登場時にはなぜかダブルヒロイン的な立ち位置になってしまった。
現在はもっぱらフラグを折ることを生業としている。
将来はステキな男性とのお付き合いを夢見ているが、人間相手が良いので攻略キャラ達とは遠慮したい。イケメンは二次元に限る。