テイク5 【二時間サスペンスドラマ 4】
麻里愛が、驚異の運動能力を発揮して撮影スタッフの輪に加わっていく。
「監督! ごめんなさい!」
いつもの麻里愛なら、間違い無くこのタイミングでガキ臭いアリバイ工作を始める筈なのだが……、
「あの……、わたし、時間までにここに入ってたんですけど、ニャンまげに飛び付こうとしたらかわされて……」
……、ニャンまげと来たか……。
「地ベタに這いつくばったところに、立て続けにヒップアタックとボディープレスを喰らった上に……」
……、ニャンまげの時点でもう無理なのに、まだ続ける気のようだ。なんとも逞しい(しぶとい)女である。
「トドメのパワーボムを喰らってしまって……、あの……、一時間ぐらい、意識が飛んでたんですよ……」
このアリバイが通る可能性は、亀に腹筋が出来る可能性より薄いだろう。何と言ってもニャンまげだ。
ニャンまげなのである。
おそらくは、彼女が寺前監督なのであろう。麻里愛の目の前に居る長身痩躯で茶色がかった金髪の女が、こめかみや頬をピクピクと震わせながら般若のような狂った笑みを浮かべている。
「ニャンまげは……、日光江戸村の……、はっ……、筈……、筈なんだけど……」
寺前監督は、怒りを抑えるのに必死のようだ。もはや、二の句を継ぐのがやっとの状態である。間違い無くこれ以上ニャンまげ方面でのアリバイ成立は、粘らない方が良さそうなのだが、
「いや、でもほんとに居たんですよ、ニャンまげ……」
もう無理だ。絶対に無理である。太秦映画村にニャンまげが居るなどということは、名探偵コナンの黒の組織の【あの方】が阿笠博士であるというのと同じレベルの……、いや、ジンとウォッカが【ビダルサスーン】のCMで、
「どうです兄貴! サロンのまとまり、キープしてやすでしょ?」
などとやっているのと同レベルの、あってはならないことなのだ。
我慢の限界に達したのであろう、寺前監督はこめかみと頬だけではなく体全体をプルプルと震わせ始めた。そして、地の底から沸き上がって来るかのような恐ろしい怨嗟の声を、その、薄く大きな唇の間から……、放った。
「麻里愛ちゃん……、一編死ななきゃ解らないみたいね……」
言い終わった刹那、寺前監督は力士のごとき強烈なぶちかまし(トペスイシーダ)を麻里愛に対し、敢行していた。
麻里愛はひとたまりもなく吹き飛んでいく。相手も女とはいえ、身長差は優に30cmはある。この結果も止むを得ないだろう。そして、あまりの刹那的な出来事に俺を含む、周りに詰めていたスタッフやキャスト達はみな身動き一つとることが出来なかったのだ。
寺前監督の波状攻撃はまだ続く。着地と同時に大きく跳び上がり、まだ空中遊泳中である麻里愛の腹部に座り込んで、そのまま落下し、落下と同時にまた跳び上がって、今度は、体全体で落下。寺前監督の空中殺法を受ける度に、
「ぐふっ……」
「ぁぶっ……」
とうめき声をあげていた麻里愛の頭と股間を握り込んで頭上に持ち上げた寺前監督は、そのまま力任せに地面に向かって、それを投げ付けた。
「ぎゃん!」
まるで外国人であるかのような悲鳴をあげた麻里愛は、口から黄色い泡を吹き白眼を剥いて痙攣していた……。
「おまえはもう、死んでいる」
寺前監督がオリジナリティーの欠片もない決め台詞を吐くと同時に、麻里愛の痙攣が……、止まった。
寺前監督。この女が麻里愛に攻撃を仕掛けてからここまでの所要時間、53秒。その間に繰り出した技、トペスイシーダ、ヒップアタック、ボディープレス、パワーボム。
どうやら彼女には、麻里愛に引けをとらない身体能力があるようだ。ピン芸人佐野勇気としての俺と共にに仕事をする日が……、
永久に来ない事を心から願いたい!
追伸
麻里愛は思いの外に重症だったため、キャストから降ろされてしまった。ちなみに、配役は……、
探偵だったそうだ。
〈END〉