テイク4 【2時間サスペンスドラマ 3】
さてさて、タッキーこと神林隆行も成敗してやったことだし、俺達は、ここのどこかにあるだろう集合場所に行かなくてはならない。
まだ売れていない麻里愛は、お出迎えの車など出してもらえる筈もなく、必然的に現地集合、現地解散となってしまうのだ。
「で、あんたはなんでここでこんな髷結ってる訳?
今回はなんの仕事なの?」
っておい!
なにやら隆行とお話を始めてしまっている。
時間が無くなって来ていることは明らかなのだが……。
《どうせ大岡越前か、遠山の金さんだろ》
紋付き袴。
この時点で水戸黄門は却下されるし、たかだかおかっ引きである銭形平次の可能性も薄い。
「鬼平犯科帳」
《それかぁ!
それがあったか!》
まさに、盲点だった。
あの赤提灯に、海賊帽のようなヘルメットという二点の印象があまりにも濃く、火付盗賊改方のユニホームもまた、紋付き袴であったことをすっかり忘れてしまっていたのだ。
「どうしてくれんだよ……。
まだ撮影終わってねえのに……」
もはや半泣きになっている。
「股間の黄色く染まった紋付き袴でやんな」
《麻里愛さん……、そりゃまたおきついお言葉を……》
俺としても、この一言には同情を禁じ得ない。
俺達が喰らわした精神的プレッシャーにしっかりと潰れていたのだ。
「だぁれが悪いのかにゃー?
あたしなのかにゃー?
ゆーちゃんなのかにゃー?」
言うまでもなく、俺達はなにも悪くはない。
この件における責任は、十割隆行にある。
「だっておまえ、凄くいじけてたからハッパかけてやろうかと……」
「あんたがくれたハッパのお陰で、いい感じに絶望的な幻覚を見れたわよ……」
またあの中傷メールを思い出してしまったらしい。
満面の笑みを浮かべている。
ただし、やはり顔中に血管を浮かべ、引き攣り切っているのだが……。
その様子はまるで別なハッパを頂いた直後のようだ。
「さあ吐きな!
うちらのスタッフがどこに集まってるのか!」
成程、わりかし広い撮影所を探して回るよりは、うちらのスタッフより早くから現場に詰めているであろう、この男に訊くのが一番楽だし確実だと判断したらしい。
俺も探すのは面倒だから、加勢することにする。
「はかねえと……、たたるぞ〜……」
首の古傷から、血しぶきを撒き散らすことも忘れない。
すると突然右の肩口に、激痛を伴う投的を喰らった。
本来痛みなどとは無縁な筈の俺に、痛みを与える攻撃が加わる、それは則ち麻里愛以外の能力者が直ぐ側に存在することを示している。
この世界、俺が見えるやつが多いだろうことは解っていたが、まさか、能力者まで居ようとは……。
麻里愛にすら手を焼いているというのに、これではまさに針のむしろだ。
「♪うぉ〜と〜こだっとぅあらっ♪」
どこからともなく歌声が聞こえてくる。
どうやら、銭形の親分のおでましらしい。
銭形平治に鬼平犯科帳。
これに水戸黄門と大岡越前が加われば、大江戸オールスターズが勢揃いだ。
おっと、遠山の金さんと、暴れん坊将軍の吉宗を忘れるところであった。
以外とメンバーの多い、大江戸オールスターズに驚きを隠せなかったが、それを上回る驚きが、平治親分から放たれた。
「♪よっつにィくぁ〜けるぅ〜♪」
「えっ!?
そんなにあんのかよ!?」
自分が姿を消しているにも関わらず、当たり前に突っ込んでしまった。
平治親分は、無視して続ける。
「♪だれがよんだかっだれがよんだかぜにがとぅあへいぃずぃ〜♪」
「いや、呼んで無いから!
って言うか、どっちかっつうと、帰って欲しいっす……!」
気付いた時には、平治親分の歌声は直ぐ足元に到達していた。
「♪はなぁの〜お〜えど〜のはっぴゃくやぁちょお〜おおおぅおうお♪」
「いやここ、京都だから!
見た目八百八町だけど、京都だから!」
突っ込みながらも、親分の位置を確認することを忘れない。
親分は、直ぐ足元に居た。
その男の名は、門倉慶太。
いつぞや、ミリ〇ネアで見たことのある、麻里愛の兄だった……。
「けいたくん?
俺、あんたの体通したまんまで実体化するぞ?
俺もう、自分の意思で出来るんだぞ?」
余りに頭に来たため、威しを掛けてみる。
只の威しではなく、実際にやってみる気も満々だ。
とにかく機嫌が悪いのである。
「あのさ慶太くん、うちらの撮影スタッフどこに詰めてるか、知らないかな?
ちょっとはぐれちゃった気味なんだよね……」
突然麻里愛が、己の恥を晒し始めた。
《やっぱり迷ってやがったか……》
情無さ過ぎて、掛ける言葉も見付からない。
全ての元凶は、この女の方向音痴さなのである。
ここへの案内看板が出ていたにも関わらず、ここへ来るまでに八人に訊いて回っていたのも麻里愛であるし、ここへ着いてからも、既に二人に訊いている。
それより何より、一番の問題は、現地集合、現地解散なことなのである。
つまり、この女が迎車を回して貰える立場であれば、全く問題は無かったのだ。
「……、門倉の……。
オメエの目は伏し穴かい……。
オメエらのスタッフなら、すぐそこに集まってんじゃねえか」
親分調で慶太が指差すその先には、確かに、何やら慌ただしい雰囲気の人だかりが出来ていた。
現段階で、麻里愛は既に五分遅刻している。
寺前監督というのがまた時間に小煩いおっさんらしく、五分遅れた程度で慌ただしくなることも充分に有り得るのだ。
その点でも慶太の言う、あそこの連中だという言葉がにわかにリアリティーを持ち始めてくる。
麻里愛はもうあの連中であると確定してしまったらしく、
「ありがとう、慶太親分!
今度なんか、美味しいもん奢ってあげるからね!」
との礼をのべて、右手を挙げながら、猛ダッシュをかける。
その際、
「タッキーには、高級レストランのフルコース奢ってもらうからねー!!!!」
と、恨みつらみたっぷりに怒鳴り付けることも忘れない。
「おぅ、神林の。
オメエもまた……、とんでもねえ女貰っちまったもんだなぁ……」
親分が隆行にかけた同情のセリフが、おそらく麻里愛には聞こえていないだろうことは、彼にとっては幸運だったのかもしれない。
麻里愛はもう、この時点で撮影の輪に加わり、意味不明な言い訳を述べ始めていたのだ。
ここからの距離は、軽く見積もっても80mは有るだろうか。
ついこの前には、沖縄野球園の始球式で159キロという、非常識極まるスピードのストレートをブン投げていたし、この女の肉体構造は、いったいどのようになっているのか甚だ疑問である。
少なくとも、【女】という範疇からは軽く逸脱したハイブリッドな存在であることは、間違い無いだろう。
そんなことを考えながら、俺も麻里愛の後を追った。
〈続く〉