テイク12 【麻里愛の謎に迫る! 2】
しかしなぜなのだろう。本来頭が冴えている筈の麻里愛がおバカ路線をひた走る理由。
それはどうやら、デビューした取っ掛かりにあるらしい。
彼女の専属警備隊副長にして、生前は親友だった佐島七海はこう語る。
「あれはねぇ、お笑いタレントとして契約してんのよ」
「!? お笑い!?」
そう言われてみれば、解らなくもない。確かに、カメラの前では意識して笑いを取ろうとしている様にも見える。
だがおかしい。何かが腑に落ちない。
「あの顔だぞ!? 普通に女優とかやってたほうが売れるんじゃねーのか?」
そう、問題はそこなのである。どう贔屓目に見ても、美形過ぎてお笑い向きではないのだ。
「相方が居たのよ、事務所とは漫才師として契約してたわけ」
七海は二の句を継ぐ。
「あ? 相方は何やってんだよ。もうマーちゃんデビューしてだいぶ経つんじゃねーのか!?」
そんなことは聞いたためしがない。自他共に認めるお笑い通であるこの佐野勇気様が、全く知らないのだ。余程売れなかったのだろう。
七海は続ける。
「でも、その相方がデビュー半年でとっとと縁談取り纏めて、引退しちゃったわけ」
いい加減飽きてきたため、高速遊泳を中断した俺は、衝撃の余りぶくぶくに膨れて弾け飛んで消えるという、電波少年的演出をしてしまった。
デビュー半年。たったのそれだけで麻里愛さんの漫才師人生は幕となったのだ。その元凶となった傍迷惑な相方とは、一体何者なのだろうか。
人知れず現場に復帰した俺は、呆れながら七海に問う。
「誰だよ、そのやる気のねえ相方は?」
これは酷い。余りにもやる気が無さ過ぎる。どうしてもツッコまずにはいられなかった。
「しょうがないじゃん、その相方、もう死んじゃったんだし」
なるほど、それならば確かに、再結成など出来る筈も無い。
「マーちゃんとコンビってことは、俺らと同じぐらいの歳だろ? 悲惨な奴だな……」
それにしてもあの美女と並んで様になる相手、一体どんな人なのだろう。否、体力を重視して、人外を並ばせた可能性もある。例えば、マウンテンゴリラや百獣の王ライオン様。よく考えると、そういったものしか務まらないような気がしてきた。
もしかすると、絶滅危惧種だろうか。象や虎だとしたら、縁談が決まり次第即引退も頷ける。
「その象、なんて名前だったんだよ」
この推測には結構な自信がある。麻里愛程の体力娘には、スケールの大きな相方が必要だ。
「え? 象って? 一体何の話なの?」
《!》
象じゃなかったのか?
なら、虎か?
秒速三メートルの足に、ストレートMAX百五九キロの豪腕の持ち主だ。とてもじゃないが、人間の女にその相方は務まらないだろう。
「ちっ、虎だったか……」
なぜか七海は明らかに不快そうな面差しを浮かべている。そして、その表情を維持したまま、言葉を繋いだ。
「さっきから象とか虎とか、凄く失礼なことぬかしてない? その相方はね、フツーの女の子だよ、人間の!」
有り得ん。そんなことは断じて有り得ん。あの体力娘にひっぱたかれて無事でいられる女など居る筈がない。
《!》
なぜだろう。どうしてこんな簡単なことに気付けなかったんだろう。全ての元凶は、麻里愛のポジションがツッコミであると思い込んでしまったこと。
「……、ボケか? あいつ、ボケだったんだな?」
叩かれる側ではなく叩く側なら、人間の女の子にも充分に務まるのだ。
「歳はやっぱ、俺らと同じぐらいだろ? ご愁傷様なこったな、その相方」
ほとぼりが冷めたであろうと判断し、七海と共にマスター麻里愛のもとへ帰る道すがら、若くして亡くなった相方さんのことを思う。
俺は信じていた女に喉笛を掻き切られ、七海は事故死した三日後に親友(麻里愛さん)に婚約者(隆行)を寝取られてしまった。しかも、その現場をその場で目撃している。
結局思い残し(怨念)が強すぎて、二人とも成仏し損ねている。この、事故で亡くなったという相方さんは果たして無事にあの世へ逝けているのだろうか。
「相方さん、ちゃんとあの世に逝けてるといいなぁ」
「逝けてないわよ。とある女の人に物凄ーい怨みが有って、どうしても成仏出来ないんだってさ、相方さん……」
七海は髪を逆立て、歪んだ顔で笑いながら、やけに詳しい報告をしてくれた。
もはや断定してもいいレベルで情報は揃っているだろう。麻里愛さんの相方は……、
「七海、お前か……」
「ピンポンピンポーン」
そういうことらしい。
追伸
麻里愛さん宅に到着した俺達は、この日一番のサプライズを受けた。なんと、行きがけに会った慶太くんと寿春おばちゃん、結婚なさるらしい。