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6 天寿の才と国際犯罪者の優しさ(てんじゅのさいとこくさいはんざいしゃのやさしさ)

 翌日の午前中、三組は思い思いのところで過ごした。午後になり有情と三木が蓮水を釣りに誘った。ボートの舫いを解き二十分くらい走ったところで一旦エンジンを切った。


「この下の岩の周りに群れてるから釣ってみて。莉子ちゃん、釣りしたことある?」


「ありますよ。何メートルまで下ろしたらいいですか?」


「二十メートルくらい。一色5メートルやから」


 三木も境港出身だけのことはあってよく知っているようだった。仕掛けを下すとすぐにタカサゴに似た魚が釣れた。


「それはエサやからここの生簀に入れといて」


有情は二人に言った。


二十五、六匹釣ったところで有情は、もうええやろ、と言って、一旦、仕掛けを上げるように伝えた。


 さらにボートで十分くらい走り、魚探を見ながらやや深いところでボートを停めた。生簀から二十センチほどの赤い魚の眼窩に凧糸を通し、別の太い竿の大きな針に結んだ。


 竿を蓮水に渡し


「このまま底まで落として四、五メートル巻いて。ボートが流されて錘が上がってくるから、そしたらまた底まで落として」


と言った。


「莉子ちゃん、すぐには釣れんから待ってる間に聞きたいことがあったらなんでも聞いてくれてええよ」


 有情は三木と並んで蓮水が釣りをする姿を見ながら言った。有情は三木と手を絡めていた。


「先生と奈央ちゃんの関係を教えてください。とても仲良さそうやけど」


「先生は術者、私はオペ看」


三木が答えた。


「付き合ってたりするの?」


「私は先生のことが大好き、先生も多分そう。でもそれはないよ。先生にはれなさんていう彼女がいて、れなさんと会うこともあるし、子育てに忙しくて私とゆっくり会ってる時間もないし。第一、ファミリーの中で二股なんてありえへん」


「そのれなさんって何をしている人なん?」


「うーん、特に何もしてない。立場的に言えば加奈子さんと似たような感じ。市内の百貨店に勤めてはる」


「ファミリーって?」


「移植医療は繊細な作業や。単に臓器を右から左に移せばええいうわけにはいけへん。生理的な面だけを見ても免疫学的適合性とか、大きさとか、その他諸々の条件が揃わんかったら移植した臓器が十分にその能力を発揮できんどころか移植自体が失敗いうことにもなりかねん。せやから仕事が細分化されてるんや。それに携わる全員がファミリーや」


有情が答えた。


「何人ぐらいいてるん?」


「医療チームが二チームあって、俺んとこが三人、もう一つが五人、それと外回りのナースが一人、コメディカルが三人やからそれだけで十二人。事務方が同じくらいおるから全部で二十四、五人くらいかな。みんな真面目に仕事してるで」


「ファミリーの仕事ってこと?」


「違う、違う。国内の本業の方や。そろそろ一旦、錘をそこまで落とし直してや。そろそろ食うてくる場所や」


 蓮水はリールのロックを外して錘を一旦着底させ少し巻き上げた。


「あっ、なんかゴツゴツ動いてる」


「それは餌のグルクンが暴れてるんや。周りに大きいのがおるかもしれん。強い当たりがあって、一気に引き込まれたら思い切り巻いて珊瑚礁の中に入らんようにして」


 有情の言った通りすぐに大きな当たりがあった。


「もう上げてええの?」


蓮水が聞いた。


「まだ。ちょっと待って」


 竿先が大きく水面に刺さるかの如く曲がった。


「今!思い切り巻いて珊瑚礁から離して」


「重っ! こんなん巻かれへん」


有情が竿を支え手伝った。


「竿立てて、そんときはリール巻かんでええ。ほんで下に倒した時に巻くんや」


しばらくすると赤い魚影が見えてきた。


「アクアパッツァ、アクアパッツァ」


と水中を覗きながら三木がはしゃいでいた。


 魚が浅いところまで上がってきた時、有情の顔にあからさまに落胆の色が浮かんだ。大きなバラフエダイだった。地域にもよるが、バラフエダイはシガテラ毒という、食性により後天的に獲得した毒を持っていることが多く、特に大きな個体では珍しくない。食べて死ぬことは滅多にないが二、三日は苦しむことになる。有情はリーダーを掴み、プライヤーで針を外しリリースした。


「これ、毒あるから食べられへん」


有情は蓮水に伝えた。


「また流すからもっぺんやって」


 そう言って先ほどと同様に餌を用意して、針がついたまま生簀の中に入れた。ボートを再度、元の位置まで走らせ仕掛けを投入させた。


「なんで俺のとこに取材に来たんや?」


有情は唐突に今回の旅行の本題を聞いた。


「有情さんていう人が腎移植の仲介してるって噂を聞いてん。そいで調べてんけど、珍しい姓やからほとんど出てこんかった。有情 AND 医師で検索したらヒットして、M市民病院の外来担当表が出てきて、それに載ってたからダメもとで取材に行ってん」


「噂の出元はどこや?」


「それははっきり分かれへん。単なる噂」


「そんな不確実性の高い取材はさすがにせんやろ?」


 蓮見の後ろにいた三木が蓮見のタトゥーの黒猫の頭を撫でた。蓮水は一瞬ビクッとして振り返った。


「黒猫、かわいいね」


と言って三木が微笑んだ。


「いや、ほんまに知らんねん。うどん屋さんらしいけど、名前は知らんねん」


「そうなんや。取材したのは自分自身のため、それとも社会正義のため?」


「自分自身のためです」


そう言って照れくさそうに笑った。


「あっ、そろそろ錘落とし直して」


「えっ?」


「いや、もう一回床取って、さっきみたいに。頑張ってアカジン(スジアラ)釣って。奈央がアクアパッツァ食べたいみたいやし」


「あぁ、うん」


 蓮水が大した情報を提供したわけでもないのに有情は取材の件についてはそれだけしか聞いてこなかった。ただ、有情にとってはこれだけの情報があれば噂の出所を特定するのに十分だった。また、取材の目的について、正直に自分のためと答えたところに好感を持った。そのままでは会話が途切れてしまうと思い話題を軽いものに変えた。


「莉子ちゃんは付き合うてる彼氏とか、パートナーはおるんか?」


「大学時代にはおったけど、今はおらんよ」


三木が口を挟んだ。


「私もおらんで」


「えぇ、奈央ちゃん、美人で可愛いのにお医者さんにモテたりせぇへんの?」


「あ、医者はあかんねん、私」


「なんで?」


「つい比べてしまうんや」


「誰と?」


「そこの有情先生とやがな」


「はぁ?」


 そう言って蓮水は有情の方を見た。疑問が顔に現れていたようで有情が言った。


「なんやねんな。莉子ちゃん。不思議なもん見るような顔して。人の好みはそれぞれやがな。失礼やな。一回巻き上げて。場所変えてもう一回流すから」


「うん、わかった」


 そういいながら蓮水はリールを巻いた。有情はボートを動かすために運転席に移動した。移動するためにエンジン音が大きくなった時に小さな声で蓮水は三木に尋ねた。


「奈央ちゃんと有情先生が仲ええのは見てたらわかるけど、親子ほど歳離れてるやん。まだ、付き合うてるいうんやったら理解はできるで。せやけど、それはないて言うてたし、他の先生と比べてどこがよかったん?」


「手術する人とそれに着く看護師の話やから説明するんが難しな。簡単にいうたら息があうんや」


「そもそもどないして知り合うたんよ?」


「莉子ちゃん、うちの病院知ってるやろ。そこともうちょっと東側にある精神病院があるんや。その病院とうちの病院が相互診察の取り決めをしてるんや。うちの病院に精神科がないから、そういう患者がうちに入院してきて問題行動を起こしたら見てもらう感じやな。十年ほど前の話やけど、たまたま先生がうちの病院に来たんよ。その日は近所で車の多重衝突事故があって救急が忙しかってん。外科系の先生はみんなそっちのほう手伝ってたわけ。運の悪い作業員のおっちゃんがおってな、割れたガラスの上に転けて右腕をズバーって切ってなかなか血ぃが止まらんかってん」


「有情先生が止めてくれたん?」


「いや、まぁ、最終的にはそうやねんけど、最初は目もむけんと知らん顔して帰ろうとすんねん」


「それのどこが魅力的なん?」


「まだ途中や。私も看護師なってちょっとなれたかなぁぐらいの頃やって、手伝ってください言うて引き留めたんよ。ほな、血ぃ止めたらいいですか言うてな、脇の辺りを指で押さえたら簡単に出血とまってん」


「へぇ」


「私もそれができるんやったら縫合処置もできるやろ思て、縫合もしてくださいって頼んでん。そしたらなんて言うた思う?」


「普通に考えたらいいですよっていう思う」


「それも最終的にはそうなった。まだあるんや。高っかそうな時計指さしてな、そんなことしてたら終業時間すぎてまう言うねん。結構ようけの人が見てる前で平気でそう言うんや。信じられへんやろ?」


「せやけど、脇押さえてたら時計指さされへんやん?」


「そんなん止まったん確認したらそばにおった医者にすぐ交代したよ。交代する時にまたピュー血ぃ飛んでな、さっさと押さえろ言うてた。しまいにその医者の指掴んで押さえさせたよ」


「奈央ちゃんの話聞いてたら最低の医者にしか見えへんで」


「ここまではな」


 ボートのエンジン音が小さくなり有情が言った。


「ここでやってみ。なんか大きい魚が魚探に写ってたわ。それとさっきからなにコソコソ話してるんや?」


「莉子ちゃんが先生とどないして知り合うたんかいうて聞くから説明してんねん」


「ああ、それはな、奈央が、ひとが帰ろうとしてる時に無理やり救急患者の処置させたんや」


「相当、抵抗したらしいね」


「そらそや、そんときは近所の精神病院に勤めてたから、よその病院でそんなことでけへんがな。莉子ちゃん、餌おろして」


 蓮水は言われた通り前回同様、一旦、底まで落とし少しだけ巻き上げた。


「奈央ちゃん、それからどうなったん?」


「そうこうしてるうちに作業員のおっちゃんが誰でもええから早よ縫うてくださいて言うてな、結局、この人が折れたんよ」


「縫合はうまくいったん?」


「それは完璧やった。破れた血管もちゃんと修復してたし、筋膜も皮膚もきれいに縫うてた」


「それだけ?」


「言葉にするとそうとしか言われへん。特別、作業が早いわけでもないねん。丁寧ではあったけど。緊張しそうなところでは冗談言うたり、そうでないところでも軽口叩いたり、なんせ、心地よかってん」


「へぇー、そんなんがあるんや」


「うん、まぁな。それが縁でファミリーにスカウトされてん」


「スカウトってどんなふうにするん?」


「人によって違うと思う。私の場合はその救急処置が終わってしばらくした頃に、そんときは寮に住んでてんけどな、寮の前に主税さんの車が止まってて、酒井さんていう移植コーディネーターしてた人から声かけられて、車の中で私の来歴についていろいろ聞かれた。ただな、聞く言うても全部知ってて、これであってますか、みたいな感じ。私、親が農家で裕福でもなかったから、大学は奨学金借りて卒業してんけど、その残高まで知ってた。ほんで、今の経済状況に満足してますか言われて、不満はないけど、奨学金を返すとそれほど余裕はないて答えてん。それから料理屋さんに連れて行かれたんや。そしたらそこに先生が先に来てて、小遣い稼ぎに海外での仕事せんかて。奨学金の返済はもうこないだの処置の介助のお礼に返しといたから言われてな。私は公務員やから副職は禁止やからて断ったんや」


「嘘つけ。最初から乗り気やったやないか」


有情が口を挟んだ。


「せやかて、ようけ残ってた奨学金返した言われたら無碍に断れんやん」


三木が続けた。


「そしたら秘密保持契約書にサインさせられて、今に至るって感じ」


「もしかして、その秘密保持契約書って、見ざる、聞かざるってやつ?」


「なんで知ってるん?」


「ここ来る前に私のところにも送られてきた」


「まだ使うてるんや、あれ。懐かしいわ。そんなん見えるもんは仕方ないし、聞こえてくるもんもそうやし、言うても誰も信じてくれへんし、バレたら自分の身の破滅やん」


「身の破滅って大袈裟ちゃう?」


「いや、莉子ちゃん、空港からA国の軍用機に乗ってきてA国軍の基地で飛行機乗り換えてって誰かに言うて信じてくれるか?それにどこの国のパスポートでここに入国した?そんなん人に言えるか?バレたら大事になるで。莉子ちゃんは日本国内ではなんの違法行為もしてないけど、空港で輸送機に乗った瞬間から国際犯罪者やねんから」


「それは計算ずくでしてるん?」


「それはないな。いつもそうやから。まぁ、輸送機には乗らんけどな」


「なら、安心してもええ?」


「うん、大丈夫や」


三木がニッコリ笑って言った。


「さぁ、莉子ちゃん。今から本番やで。糸繰り出して床とって」


有情が言った。


「オッケー」


 蓮水は先ほどやった通り錘を着底させ、少し巻き上げた。しばらくすると餌のグルクンが暴れ出し、一度大きな当たりがあった。先ほどと違い二度目のあたりはなかった。


「あれ、逃げたかなぁ?」


「いや、アカジンちゃうか。アカジンはいったん横から食いついて弱らせてから頭から飲み込むから。もうちょっと待って」


 有情のいう通りもうしばらくすると一気に竿先が水面に向かって突っ込んだ。


「よっしゃ、食うた。さっきの要領で床きって巻き上げて」


蓮水は全身を使ってポンピングし、床をきった。先ほどの魚より抵抗が強かった。


「もうゆっくり巻いても大丈夫やで」


 いったん、水底から離された魚はさほど抵抗せずに上がってきた。再度、赤い魚体が見えた。



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