14 孤舟(こしゅう)
蓮水は術後の経過もよく、有情が一人で見舞いに来てから2週間ほどで退院した。退院後はしばらく自宅療養することになっており、テレビ局の辞令の日付も充分に休養が取れる余裕があった。そんな折に利太から連絡があった。
「莉子ちゃん、ちょっと渡したいもんがあるから見舞いも兼ねて家まで行ってええか?」
「うん、ええよ。どないしたん?」
「まぁ、詳しいことは着いてから話するわ。ご両親にもお伺いしてもかまへんか確認してくれへんか」
「前にも親おる時に来たことあるやん。かまへんよ」
「主税も一緒なんやけど、ええか?」
「親に用事あるんか?それやったらお父さんは今ゴルフの練習に行ってるからおらんけど」
「いや、莉子ちゃんに用事や」
「ほな全然大丈夫やで」
「わかった。ほなあと一時間ほどしたら着くから」
「うん、待ってるわ」
「ほな、あとで」
そういって利太は電話を切った。
蓮水の家は千里山の住宅地にあった。家の真正面に車を停めるのは憚られたので、少し離れた空き地の前に車を停め家の前まで行きインターホンを押した。
「はいはい」
と蓮水の母親が応答した。
「お休みのところ失礼します。有情です」
「はい、どうぞお上がりください」
そう言われ門扉を開けて玄関まで行くと莉子の母である道子が迎えてくれた。
「わざわざお越しいただいてありがとうございます。あら、お二人ともスーツがお似合いなこと。さあ、どうぞ」
といって応接間に通された。
応接間からは木々に囲まれた小さな池が見えた。
「これはお見舞いの果物です。あとで、皆さんで召し上がってください」
主税は手土産のメロンを渡した。
「まぁ、ありがとうございます。ちょっと莉子を呼んできますね」
そういって道子が退室するとすぐに莉子が入ってきた。
「どないしたん、二人ともスーツなんか着て」
「近くでちょっと商談があってな」
利太が答えた。
「利太さんはわかるけど、なんで会計士の主税さんに商談があるんよ?」
「まぁ、大した意味はない。それよりな、父親がこないだC国で亡くなったんや」
「えっ!なんで?」
「心筋梗塞や」
「それはお気の毒に。なんて言うてええかわからんわ。ついこないだも一人で見舞いに来てくれたんよ」
「一人で珍しな。何しに来たんや?」
「何て、見舞いやと思うけど」
「そらまぁ、せやろけど、なんか言うてなかったか?」
「なんかて?」
「いや、それは俺らもわからんがな。普通、言いそうにないことや」
「特には言うてなかったけど、強いて言えば、これからも奈央ちゃんと仲ようしたってみたいなことは言うてた」
「まぁ、それぐらいのことはいいそうやけど。それだけか?」
「うん。他には奈央ちゃんは非常識なとこがあるからあんまり非常識なことしそうになったら止めてくれ、ぐらい」
「なんか虫の知らせでもあったんやろか?」
「それはないと思う。元気そうやったし、帰ってきたら快気祝いしよとも言うてたし」
「そうか。まぁ、ほなちょうどええわ。その奈央にな、今回の件うまいこと伝えてもらわれへんやろか?」
「いや、そら伝えるんはかまへんけど」
「頼むわ。あの子、いっつもおとんとベタベタしてたやろ。せやし、なんかおかしなことでもしでかさんか気になって、なかなか伝えにくいんや」
「確かにな。せやけど、ファミリーの中で二股はあかんて言うてたで」
主税が続けた。
「そらまぁ、感心はせんけど、うちの父親はそないなこと気にする人やない。あれには別の事情があるんや。奈央の家とれなさんの家は歩いて一分ぐらいのとこにあるんや。ほんで、奈央の斜め向かいの家がれなさんの娘さん、すみれちゃんな、まぁ、妹やねんけどな、の仲のええ友達の家やねん。すみれちゃんが小さい頃やったらわからんやろけど、その頃は送り迎えで忙しかったし。さすがに中学生になったら車見たら誰の車かわかるやろ。せやから、奈央の家には行けんかったんや。せやいうて、自分の家にはいつれなさんが来るかわからんから、自分の家には奈央呼べんしな」
「でも一緒に旅行に行ったて言うてたで、奈央ちゃん」
「それは最近の、年いってからの話や。だいたい、父親は出不精やから滅多にそんなことせんのや。その上、ルーティーン以外の行動を嫌うし。ほんで、奈央ちゃんとは物理的にそういう関係にはならんかったんや」
「なんでわざわざそんな近くの家に住むことになったんよ?」
利太が言った。
「そら、おとんかて三十八も歳の離れた女の子がまさか自分に、他の男に興味なくすほど惚れる思うてなかったんやろな」
主税が口を挟んだ。
「まぁ、父親と奈央の今までのことはええわ。ちょっとこれ見てくれへんか」
そういって主税は一枚の写真を見せた。
「携帯で撮った写真をプリントしてるからちょっと見にくいんやけどな。よう見てくれへんか」
写真には
「野辺に散る なもなき花も 是また趣なり」
と
「なおさわだらn」
の二行が写っていた。
nの文字は終わりの線がズルズルと長く引かれていた。
「上の方は多分、辞世の句や。この下のはなんや思う?なおは奈央のことやろうとは思うねんけど、この「さわだ」いうのがどこの知り合いにもおらんのや」
「そんなんわからんわ。主税さんらがわからんのやったら、最近知り合うたばっかりの私にわかるはずないやん」
「いや、父親が一人で見舞いに来たいうてたやろ。それは普通ありえんことなんや。あんまり深う知らん気やすさから逆になんや大事なこと言うてるんやないかな思てな。たまに実家にも帰ってくるんやけど、一旦、帰ってきたら、たとえ近いところに行くにしても、連れ出すんがほんまに難儀でな。射撃には行くんやけど、直行直帰や。確かに銃持ってウロウロするんは違法やけど、射撃場に銃を預けてきてるからどこに寄っても構わんねん。せやのにどこにもよらんと、外食もせずにまっすぐ家に帰ってくるんや」
「取材旅行に行ったときは積極的にいろいろしてたやん」
「そら病気やないんやから、いっぺんどっかに行ったらそこで楽しみはするがな。病院でも定時には帰るけど、人並みには仕事はしてたみたいや」
「せやけど奈央ちゃんもなんでそんな人が好きになったんやろか?」
「そんなこと知らんがな。れなさんにしてもそうや。父親とは全く生活も仕事に対する姿勢もちゃう人や」
「れなさんてどんな人なん?」
「一言で言えばでかい女の人や」
「太ってるん?」
「いや、太ってはない。陸上のフィールド選手みたいな体型や。背も高い。百八十近うあると思う。その上、でかいの除いたらかなりの美人や」
「へぇ、奈央ちゃんとは全く違うタイプやな」
「全然ちゃう。奈央は今でこそ垢抜けて、外国人みたいやけど、初めはもっと太ってて、田舎から出てきましたいう感じやったんや。もともと顔が日本人離れしてるしな」
「不思議やな。先生は普通のお爺さんにしか見えんけど、あっちの方がよっぽどええんかな」
「気色悪いこと言わんといてくれ。父親が百八十cmもある女の人と乳繰り合うてるん想像してまうやないか。奈央とイチャイチャしてるん見るだけでも大概気持ち悪いのに。奈央がきれいになった分マシにはなったけど。まぁ、そんな話はええわ。とにかく奈央には上手いこと伝えといてや。それとこれが追悼会の招待状や。体調が良かったら参加したってや。間違うても喪服なんか着てきたらあかんで。みんな普通の格好でくるし、立食パーティやからな。くれぐれも奈央を刺激せんように頼んだで」
「そら私かてそない努めてはみるけど、自分らが出来んいうことをよう病み上がりの私に頼むなぁ。奈央ちゃん、ちょっとエキセントリックな気がするし」
「せやから莉子ちゃんにお願いしてるんや。俺らが伝えたら、あんたらが邪魔になったから殺したんやないか、とか言いかねん」
「さすがにそれはないやろ。伝えてはおくわ。招待状は渡さんでええんか?」
「そんなん形式だけのもんや。無うても問題ない。とにかく上手いこと言うて、会場まで来させてくれたらそれでええ。呼ばんいうことも考えはしたんやけど、それはそれであとがややこしそうやし、奈央の顔も立たんやろからな」
二人はそう言って蓮水家を辞した。




