表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/29

12 嘘と怪我の代償(うそとけがのだいしょう)

 ドクターヘリは二十五分ほどでO大学附属病院の屋上に到着した。屋上には山科医師と他数人が待機していた。蓮水は救急診療部の手術室に移され、詳細な検査が行われた。その結果、蓮水の右腎の支持組織が少し傷ついており、血腫ができていたので念の為、血腫の除去術を行った。出血はすでに止まっていた。術中、桑野緑が山科に何かを耳打ちした。桑野緑は酒井瑠美が山科医師と結婚し、引退した後を引き継いだ移植コーディネーターである。無事に血腫除去手術は終了した。創部は丁寧に縫合されたが、蓮水が手術室から出てくる事はなかった。



 手術室近くの待合室には蓮水の両親、利太、そして主税が待機していた。利太は事故とはいえ自分がついていながら大変なことになってしまい申し訳ないと蓮水の両親に謝った。蓮水の父は電線や電柱の絶縁体を製作する有名な会社の総務部長で、母親はインテリアコーディネーターをしているとのことだった。蓮水の両親は事故だから仕方がない上、利太の献身的は保護によって蓮水の命が助かったことに安堵している様子だった。主税はこの件に関して私たちにできる事はなんでもすると約束した。やがて、摘出手術を行なった山科医師が待合室に入ってきた。山科は現在の状況と蓮見は命に別状がないこと、そしてたまたま蓮水に適合する移植腎がある旨を伝えた。


 初め、有情たちは蓮見の腎のどちらかをなんらかの形で機能しないようにして移植を行い、無理やりファミリーに入れて口封じをしようと考えていた。


 いうまでもなく主税の提案であったが、取材旅行の最中に無邪気に遊ぶ蓮水を見ているうちに、若い女性の健康な腎に手を加えることに抵抗を覚えるようなっていった。


 加えて、三木と利太の強い反対があり、特に利太は自分が観察していて記事が出そうなら自分が対処するといい、また、帰国後も特に記事を書くことに邁進する様子もなかったので、強制的な腎移植は見送っていた。


 取材旅行の初めに感染症予防や万が一のためといって採血を行なったのも、いうまでもなく適合する腎を見つけるためで、採血を行なったところでデング熱が防げたり、その重症化を防いだりできるわけもなく、虫除けスプレーを使用する方がよっぽど効果的である。


 「腎はふたつある臓器で一般的にはひとつが正常に機能していれば生命の維持には問題はありません。しかしながら通常はふたつ存在して必要十分な機能を発揮する臓器です。ひとつになるとやはり食事制限や日常生活で注意しなければならない事は増えます。しかし、適合性の高い腎臓を移植することで、そのような不便はなくなります。移植コーディネーターからの情報によると今回の移植腎は蓮見さんに対して非常に適合性が高く、したがって、ほとんど拒絶反応は起こらないことが予測されます。腎移植を希望されますか?」


 まことしやかに山科は蓮見の両親に伝えた。


「ぜひお願いします。莉子はまだ社会人になってさほど時間がたっていません。これからというときに食事制限や日常生活に支障が出ればかわいそうです」


「承知しました。私は一度手術室に戻り腎移植の準備をします。諸々のことはそちらの有情主税さんと相談してください。それと移植腎が到着するまで、あと最低限三時間は要する見込みです。今しばらくお待ちください」


そう言って山科は待合室から出て行った。


「蓮水さん、先ほど紹介にあずかりました有情主税です。いくつかの書類にサインしていただきたいのですが。本来なら本人にお願いする必要があるのですが、ご息女は意識がない状態ですので、ご家族の方にお願いしたいと考えています。よろしいですか?」


「はい、お願いします」


「承知しました」


「それではあちらのテーブルの方へお願いします」


主税はテーブルにつき蓮水の両親にいくつかの書類にサインを求めた。


 その中には秘密保持契約書も含まれていた。秘密保持契約書の内容があまりにも珍妙であったため蓮水の父親は一瞬戸惑ったような顔をしたが、どうかしましたか、と主税に言われ夫婦連名で書類にサインした。


「つかぬことをお聞きしますが、ご息女の莉子さんは現在、エアロという週刊誌の記者をされていますよね」


「なぜそのことをご存知なのですか?」


蓮水の父親が聞いてきた。


「そこの利太は私の兄で、兄から多少は聞いております。そして、毎朝新聞の報道部に戻りたいとか?」


「本人はそう言っています。しかし、私どもはそのような事件や事故など、悲しいことを報道するより、もっと読者に楽しみを与えたり、夢や希望を与えたり、美しさや素晴らしさで感動を与えたり、するような記事を書いてくれればと考えております。現に毎朝新聞の社会部にいたときは取材対象となった方々に多大なご迷惑をおかけしております」


「それは媒体が変わったとしてもそのようにお考えですか?」


「と言いますと?」


「私どもは同系列の毎朝テレビに太いパイプがあります。そこでテレビであればそのような部署に移動していただくこともできるかと思います」


「本人は不服かもしれませんが、先ほど申し上げた通り、誰も傷つけたり、誰にも恨まれたりしないところで莉子が活躍できるのなら私たちはそれに勝ることはありません」


「承知しました。しかるべく対応させていただきます」


 とてつもなく長い時間待たされたように感じはしたが、概ね三時間で蓮水に適合するとういう腎が届いた。そのころ、計器の作動不良を理由にI国のS戦闘機がO国際空港に緊急着陸したことは一部の航空機マニアの間でしか知られていない。


 S戦闘機は全く武装していないこともあり、墜落されても困るということで比較的簡単に着陸を許された。


 翌日、蓮水が目覚めると両親だけが部屋の中にいた。蓮水の右側にはモニターと何か血液を循環させる機械が回っていた。両親は蓮水の手を握り、涙を流した。


「私、どないしたん?昨日は嵐山に友達と花見に行っててん。ここはどこなん?」


「ここはO大学の附属病院。あなたは花見に向こてる途中で事故に遭ったんよ。一緒にいた利太さんいう人があなたを抱えて守ってくれたん。二人で車の中に落ちて足が折れたりはせんかってんけど、運悪くどこかで背中を打って右側の腎臓がこわれてしもたん。たまたま、あなたに適合する腎臓が見つかったからいうて、あなたは移植手術を受けたんよ」


「この機械は?」


と蓮水が血液の循環している装置を指して言った。


「それは人工透析の機械。問題なかったら二、三日で外せるいうてはった」


「変なこと聞くけど、お金の話はしてへんかった?」


「なんもしてはれへんかったよ。あなたと一緒にいたはった利太さんいう人と主税さんいう、利太さんの弟さんがおらはって、山科先生いう人が手術してくれはった」


蓮水はそこまで聞くと再び眠りに落ちた。


 四日後、検査成績が順調なので透析の機械は取り外すと山科が告げにきた。


「蓮水さん、あなたに移植された腎はもうすでに正常に機能しています。ご心配はありません。念のため免疫抑制剤の投与は当面行いますが、おそらく将来的には必要なくなるでしょう」


「私の腎臓はどこの誰からもらったのですか?」


「申し訳ありません。それはお伝えできない規則になっています」


「そうですか、ありがとうございます」


山科はそっけないところはあるものの、いかにも信頼できそうは医師といった感じだった。


 その日の午後、有情と三木が見舞いに来た。


「莉子ちゃん、えらい目におうたな。でも無事でよかったわ」


三木が本当に嬉しそうな顔で言った。


「ありがとう、奈央ちゃん。久しぶりに会えてよかった。私の手術してくれた先生はそこの大先生とちごてえらい真面目そうは人やったよ」


「先生、莉子ちゃん、あんなこと言うてるで」


三木は有情に振った。


「おぅ、山科はうちのファミリーで二番目に優秀な医者や」


「えっ!あの人もファミリーの人なん。一番優秀な先生て誰よ?」


「アホか。目の前におるやないか」


三人は笑った。


「莉子ちゃんがいつまでも記事にせんから主税から預かってきたで。これがファミリーの全貌や」


有情はそう言って分厚い封筒を蓮見に渡した。


「これが知りたかったんやろ?」


「ありがとう、先生。せやけど、今回のことでも両親も悲しませる結果になってもたし、相談してもう報道部に行くのはやめにしたんや。利太さんにも迷惑かけたないし」


「そうか。これは毎朝テレビからや。それとこっちは今回の手術の請求書な」


 蓮水は慌てて請求書と言われた封筒を開けた。移植代金や特別室使用料、緊急手術手配料など、高額な金額が書かれていて小計は四千八百六十五万三千二百円になっていた。タトゥー施術料までも含まれていた。


「こんなお金、家売っても払われへんよ」


「まぁ、次のページ見てみ」


有情に言われて次のページを見るとファミリー割引と書かれ、黒の三角形の横に四千八百六十五万円と書かれていて、総計三千二百円になっていた。


「期日までにちゃんとはろてや」


 有情は四つ目の封筒を取り出してベッドテーブルの上に置いた。


「これは利太からや。自分がついときながらこないなことになってもた、言うて、えらい悔やんどった。納めたってや。それとファミリーを代表して俺からも」


有情はそう言って蓮見に謝った。


「ご迷惑をおかけして本当にすみませんでした。生身の体やよってに、ほんまの元通りには治せなんだけど、最大限の努力はしましたんでご勘弁ください」


「何言うてんの、先生。元はと言えば私が無理な取材をしたさかいにこないな事になったんや。そんなん受けとられへんわ」


「そうか、いらんのやな」


 有情は封筒を手にとり中身を眺めた。


「あー、こらえらいオシャレやな。なんやろ、犬がようけおるわ。この手前にあるんはなんやろか?俺には似合わんやろけど、莉子ちゃんやったらさぞかし似合うで。それにはなからいらん言うのも利太にも失礼やと思うでぇ。せやけど、受け取れん言うんなら仕方ないなぁ」


アクセサリーか何かと思い蓮見は言った。


「いや、やっぱりもらう。封筒かして」


「おぉ、それがええで。勿体無いし」


有情は見ていた紙を戻して、封筒を蓮見に渡した。蓮見は有情が見ていた一部を取り出した。


「はっ、なにこれ?」


蓮見は絶句した。紙片にはCGと実写の合成で描かれた(仮)蓮見マンション完成図というものが描かれており、土地面積に対して控えめに建てられた瀟洒な5階建ての建物と手前の駐車場に停められた淡いブルーの小型車が写っていた。


「莉子ちゃん、俺らの仕事はグレーな仕事や。莉子ちゃんに危ない思いまでさせて付いて来てもらうつもりはない。そうなると莉子ちゃんのファミリーからの収入がないがな。それはそれで問題があってな。ないとは思うんやが、なんかポカやらかして仕事辞めなあかんようになって生活に困るいうたらファミリーの名折れや。せやからマンションの管理でもしてもらおか思てな。封筒の中の冊子は権利書や。建物の方はまだ未完成やから、出来上がったらそっちも渡すわ」


「マンションの管理なんてでけへんで」


「大丈夫や。ややこしいことは皆、利太がしおる。莉子ちゃんは家賃の振り込まれる通帳だけ眺めてたらええだけや。各階、六軒ずつあるから一軒あたり十万の家賃でも年間二千八百八十万の収入や。確定申告忘れたらあかんで」


「計算早いな」


「実は俺、天才なんや」


「嘘ばっかり」


三木が口を挟んだ。


「莉子ちゃん。それはほんまやで」


「なんでそんなんわかるんよ?」


「そら、十年以上も一緒におったらわかるがな」


「ふーん。そうは見えんけど」


有情が笑いながら言った。


「相変わらず失礼やな」


「ほなまぁ、そういうことにしとくわ。ところで、このブルーの車は?」


「あぁ、そのあたりはバスしか通ってないから、足ないと不便なんや。おまけみたいなもんや。小排気量やから税金も安いで。多分、新しい分、俺と奈央のミニより速いはずや。事故おこさんように気ぃつけて乗るんやで」


「うん、大事に乗るわ」


「それなぁ、親御さんから書類はもろて名義は莉子ちゃんになってるんやけど、任意保険は自分で入りや」


「なんでそこだけ?」


 奈央が言った。


「私もミニ、こないだの白い車な、あれもろてんけど、任意保険は自分で入れ言われたで。理由はいまだにわからんわ」


「請求書に気ぃ取られて忘れてたけど、この毎朝テレビの封筒は?」


「あぁ、それな。莉子ちゃんは気に食わんかもしれんけどな、主税がご両親と話しした時に、莉子ちゃんが報道みたいな辛いことや悲しいことが多いところよりも、いろんな人に夢や希望を与えるような仕事をしてほしいいうて言わはったんや。せやよってに、ご両親と話しして勝手に決めさせてもろたで。あいにく、新聞の方には顔きかんかったから、テレビになってもたんや」


蓮水は封筒から一枚の厚めの紙を取り出した。


 表題には辞令と書かれ、毎朝テレビ 本社 情報局 情報部 勤務を命ずる、と記されていた。


「うん、私も親に言われた。平和で無害なところで仕事してほしいて。きっちり拝命するわ」


「それがええ」


「せやけど、なんか現実感がないわ。先生、奈央ちゃん、何から何までありがとう」


「いや、礼を言われる筋合いのもんやない。俺らの失態や。ほんまにすまんかった」


 そう言って有情と三木が辞去しようとした時、振り返って三木が言った。


「せや、莉子ちゃん。莉子ちゃん、ファミリーの研修受けてないよな。元気になったら研修があるで。多分、利太さんが担当すると思う。莉子ちゃんもその方が気楽やろし。私なんか主税さんが担当やったからえらい目に遭うたわ。その点、利太さんなら優しいと思うし、プロやからうもなるんも早いはずや」


「研修て何するん?」


「そんときなったらわかるわ。説明するんが難しい」


「なんやの、もったいぶらんと言うてや」


「危機管理と莉子ちゃんが使う道具の選定や。大仰に考えんでもええ。誰でもできることや」


有情が言った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ