眩しいほどの青
トウヤさんがどんどん料理を継ぎ足すので、いつもより時間がかかった朝食の後、私たちは海沿いに来た。
メンバーは、いつも以上に元気なトウヤさんと、私服のケイ、陸と私。
初めての全員揃ってのお出かけに、嬉しくてつい鼻歌を歌いそうだ。
気がかりと言えば、夜勤明けのケイが休まなくて大丈夫だろうかというくらい。
本人曰く、「俺だけハブなんてずるい。夜勤はトウヤにフォローしてもらうから大丈夫」だそうだ。
「わー!きれい…!」
雲一つない青空は、まさにお出かけ日和。
視界いっぱいに広がる濃いコバルトブルーの海に、私は思わず感嘆の声を上げた。
「ねえ、陸!すごい、すごいね!」
「咲季、はしゃぎすぎ。でも、綺麗だな」
テンションMAXの私を軽くあしらうも、陸もこの景色に感動しているのだろう、声に興奮の色が滲む。
普段関東圏に住んでいる私たちは、こんなにも鮮やかな海を実際に見たことがない。
「はは、そんなに喜んでくれるなんて連れてきてよかった!今日は水着がないから全力では遊べないんだけど、タオル持ってきたから服が濡れない程度なら入ってもいいよ」
「ほんとですか!やったー!」
「あっ、おい、靴のまま入るなよ?」
「あ、そっか!ありがとう陸」
トウヤさんの言葉に今すぐにでも走り出しそうな私を陸が慌てて止める。
レジャーシートに荷物を置いてその横に靴を並べて置く。
トウヤさんは護衛のため海には入らず私たちを見守ってくれるらしい。
勤務時間外のケイは膝上までボトムスを捲り上げ、全力で遊ぶ気満々だ。
そんなケイをトウヤさんが羨ましそうに見る。
「……なあケイ、後で交代しないか?夜勤二時間代わってやるから」
「えー?ムリムリ。僕私服だし剣持ってないもん。今まで咲季たちとお出かけ楽しんでたからいいじゃん」
しょんぼりとするトウヤさんを横目に、私も靴下を脱ぐ。
「咲季ー。日焼け止め塗る?塗ってあげようか?」
ニヤリと笑いながらケイが液体の入ったボトルを取り出した。
私が口を開くより早く、ケイとの間に陸が勢いよく割り込んできた。
「俺が塗ってあげるんで結構です」
「え?」
「僕のが上手いと思うけど~?」
「ええ?」
「駄目です咲季に触らないでください」
「……あの、二人とも?私自分で塗れるよ?」
自分で日焼け止めを塗って、海に入る。
膝丈のワンピースが濡れないように気を付けないといけないのに、海水に足を入れるとどうしてもテンションが上がった。
「陸!」
「咲季?……うわっ!」
振り向いたタイミングで海水を陸に向かってかけると、思いのほかヒットしてしまった。
足元を狙ったはずが折り曲げてあるボトムスの先まで濡れてしまっている。
「……あ」
「やったな?」
ごめん、と言おうと思った時には私の足元に海水が勢いよく飛んできた。
ワンピースこそ濡れなかったもののまだ足先しか浸かってなかったのにふくらはぎまでびしょびしょになった。
「仕返し」
そうだ、陸は負けず嫌いだった。
そういう私も負けず嫌いで。二人で服を濡らさないぎりぎりを攻める海水の掛け合いが始まった。
「なになに、なーんか楽しそうなことしてるね?僕も混ぜて」
途中でケイが参戦してきて、陸に勢いよく海水をかけた。私たちが服を避けて足元ばかりを狙っていたのとは違う。容赦なく顔に。
「……ケイさん?」
顔にかかった勢いで上半身が濡れてしまった陸は、変なスイッチが入ったようだ。
私を置いて、陸vsケイの戦いが始まってしまった。
二人とも、着替えがないというのに気にせずに海水を掛け合っている。
なんだか二人の世界だし、喉も乾いたので私は砂浜のトウヤさんの元へと戻った。
「戻りましたー!」
「咲季ちゃん。はい、タオル」
「ありがとうございます」
トウヤさんからふわふわのタオルを受け取って足を拭く。濡れないように気を使っていたのにスカートの先が少し湿っていた。
あらかた拭いてからトウヤさんの隣に座ると飲み物を手渡された。有難く受け取り喉を潤す。
「陸たち、大丈夫ですかね?服も髪も濡れちゃってます」
「あはは、まあ今日は暑いしすぐ乾くだろうから多分大丈夫だよ」
「確かに……じゃあ私も、」
「あ、でも咲季ちゃんはダメだからな?風邪引いたりしたら大変だから」
「う……トウヤさん、私の頭の中覗きました?」
「分かるよ。俺だって遊びたいからさ」
そのまま二人でただ海を眺めていた。
波の音と、はしゃぐ陸たち。
そこだけを切り取るとものすごく平和で、この国が抱えている問題なんて忘れてしまいそうだ。
「事件が起こる前まではさ、この国はとても平和で、子供一人でも夜に外を歩けたんだ」
トウヤさんは、まっすぐ前を向いたまま話し始めた。
「俺はこの辺の生まれで、幼いころは四個下の妹と一緒に夜にここに来ていたんだ。ここは星がよく見えるから、波の音を聞きながら星を見るのが俺たちは好きだった。お互い成長するにつれて自然と行かなくなってしまったけど。…俺はね、夜が好きだったんだ。あの静けさが、輝く月が、星が。」
「……」
「事件が起きるようになって、俺にとって夜は安心する時間から警戒する時間帯になった。警邏で夜に外を歩くこともあるけど、空を見上げなくなった。あんなに好きだったのに、このまま嫌いになってしまうのかな」
オレンジの瞳は目の前の鮮やかな青を映しているはずなのに、まるで私と違うものを見ているかのように感じた。
そこに宿るのは、悲しみ、怒り……。もっといろいろな感情があるのかもしれない。
とても、辛そうに見えた。
「……って、はは、何弱気になってるんだろ。ごめんな、咲季ちゃん、気にしないで」
少しの沈黙の後、トウヤさんは笑った。
けれどその瞳はなんだか寂しそうで。
私はトウヤさんの手をぎゅっと握りしめた。
「咲季ちゃん?」
驚くトウヤさんに、わたしはほとんど衝動的に口を開く。
「大丈夫です、辛い夜はきっと終わります」
「え……」
「きっとまた夜が好きになれますよ。だって、私たちは『救世主』ですから!そのためにこの世界に来たんですよ!」
なんの根拠もないけれど。
任せてください、と元気いっぱいに胸をたたく。
「……」
トウヤさんはしばらく目を丸くしていたが、やがて優しく細められた。
いつもの太陽のような笑顔でも、さっきの寂しそうな笑顔でもなく、優しいふにゃりとした笑顔だった。
「ありがとう。君たちは俺の光だ」




