幸せな記憶 (本編後日談陸視点)
ずっと好きだった幼馴染と両想いになった。
それはものすごく嬉しくて、奇跡のようで。
この幸せをずっとずっと大切にしようと、そう思った。
咲季を幸せにしたい。咲季の嫌がることはしたくない。
本気でそう思っている。けれど。
大学一年の冬。俺は悩んでいた。
咲季と付き合って一年半。
俺たちの仲は良好だ。たまに喧嘩したりするけれど、お互いを思いあっていい関係を築けている。
でも、それは幼馴染の延長のような関係で。
恋人というには一歩足りないような。
……つまり何が言いたいのかというと、俺と咲季は未だにハグ以上のことをしていない、ということだ。
19歳の男女が付き合って一年半経つのに、キスひとつすらしていないなんて。
俺たちは俺たちのペースで進んでいけばいい、とは思っているが、俺だって健全な男子だ。
咲季とキスやそれ以上だってしたい、と思うのは何もおかしいことではないはず。
けれどずっと幼馴染だったのもあって、なかなか良い雰囲気に持っていけない。
だから、なんとか次に進みたいと、もうすぐ来るクリスマスに張り切ってしまうのはしょうがないことだ。
クリスマスイヴ。
俺たちは一日デートをした。
水族館に行って、お洒落なカフェでディナーをして、最後に海に来た。
冬の海は吹き付ける風が冷たくて、身震いしてしまう。
二人で身を寄せ合い海岸沿いのベンチで夜の海を眺める。
「なんだかあの夜のこと思い出すなあ」
「あの世界で、みんなと海に行った夜?」
「うん」
咲季と一緒に行ったあの世界は、思い出すだけで眉をひそめたくなるような思い出ばかりだけど、それだけではない。
帰ってくる前日に見たあの海を思い出す。
あの世界は、星が綺麗だった。
日本では、あんなにも綺麗な星空は見えないだろう。
「トウヤさんたち、元気かなあ」
少し寂しそうに、咲季が呟く。
違う世界にいる、もう会えない人たち。
咲季は何度も繰り返したのもあり、トウヤさんに絶大な信頼を寄せていたし、ジュリさんと物凄く仲良くなっていた。
時が経っても尚、彼らを思い出しては切なく揺れる咲季の瞳に胸が苦しくなる。
「きっと、俺たちと同じように海を見てると思うよ」
「……ふふっ、そうだよね」
そしてまた、二人で目の前の海と夜空を眺める。
「あの世界に行ったの、もう一年以上前なのに昨日のことのように思い出せるんだよな」
「濃かったからね……。あれからもう、予知夢は見ない?」
「ああ、見ないよ。気味悪かったから、もう二度と見たくはないな……」
思い出して苦い顔をすると、咲季が小さく笑った。
予知夢は、本当に最悪だった。咲季の予知夢は特に。
けれどそれも、咲季が体験したことに比べれば辛い内には入らない。
繰り返していた時のことは咲季から詳しく聞いたことはないけれど、何度も俺やトウヤさんたちの死体を見たのだと言っていた。それは想像を絶する苦しみのはず。
「そういえば」
「うん?」
目の前の海から、隣の咲季に視線を移す。
咲季は俺の目を見ながら首を傾げた。
「この世界に帰ってきたら話したいことがあるって言ってたよね。あれ、何だったの?」
そう言われて、記憶を探る。
けれど該当するものが見つからず、今度は俺が首を傾げた。
「そんなこと言ったっけ?」
咲季は少し考えた後、しまった、と顔色を変えた。
「ご、ごめん!繰り返しの中の出来事だったかも」
慌てる咲季の頭を、優しく撫でる。
咲季の中に俺が知らない俺との記憶があるのは何とも複雑だが、きっとどの時間の中だって、俺が咲季を大切に思う気持ちは変わらない。
『帰ってきたら話したいこと』
どんな流れで俺がそれを言ったのかは分からないけれど、あの世界で俺が咲季に伝えたかったのは、きっと。
「きっと、咲季が好きだって言いたかったんだと思う」
俺がそう言うと、咲季の瞳が僅かに見開いた。
気にせず、その柔らかな栗色の髪の毛を撫で続ける。
「何度やり直しても、俺が咲季を想う気持ちは変わらないよ。…………好きだよ」
最後は囁くような小さな声になってしまった。
けれど、咲季は花が咲くように嬉しそうに笑った。
「私も、陸が好き!」
「……っ」
その言葉に全身が熱くなり、咲季を愛おしいと思う感情でいっぱいになってしまう。
雰囲気とかに悩んで、いろいろと調べたりしたけれど、いざその時が来たら体は自然と動いた。
咲季の頭を撫でていた手を降下させ、そっと頬に添えて顔を近づける。
咲季はびくりと体を固くさせると、きつく瞳を瞑った。
「……ごめん。嫌なら、しないから」
緊張してるだけかとも思った。
けれど少し震えているのは緊張だけではない気がして、俺はそっと体を離した。
咲季は申し訳なさそうに眉を下げ俯くと、首に手を当てた。
「違うの、ごめん。嫌というわけではなくて……。その、……怖く、なってしまって」
首を触るその仕草。久しぶりに見た。
普段はしないが、あの国にいる間、急に見るようになった仕草だ。
それは決まって、ケイさんと話している時だった。
どうして今その仕草をしているのか。
不意によぎった予想に、体が衝動的に動いた。
気が付いた時には、首を触っていた咲季の手首を掴んで唇を合わせていた。
軽く触れるだけの、短いキス。
やってしまった、と思った。
先ほど嫌ならしないと言ったばかりなのに。
恐る恐る咲季を見ると、彼女は目を丸くして顔を真っ赤に染めていた。
その表情が可愛すぎて。
手首を掴んでいた手をするりと移動させて指を絡ませる。
ぴくり、と咲季の体が小さく跳ねた。
どちらのものか分からない手の平の熱さに、くらくらしそうだ。
「……嫌だった?」
そう問うと咲季は更に顔を赤くさせて首を横に振った。
「嫌じゃ、なかった」
熱を持った潤む瞳は、まるで俺のことが好きだと言っているかのようで。
手を繋いでいない方の手を再び咲季の頬に添えると、咲季は恥ずかしそうにゆっくりと瞳を閉じた。
その様子に嫌悪感も恐怖心もないことを確認して、優しい優しいキスをする。
あの世界で何があったかについては無理に聞く気はないし、俺もあまり聞きたくはない。
けれど何があったのだとしても、今俺の隣には咲季がいる。
そのことをいつまでも幸せに思いながら前に進んでいけばいい。
悲しい思い出は、ゆっくりと幸せなものに塗り替えながら。俺は咲季とずっと一緒に生きていきたい。
これにてサイドストーリー合わせて完結です。
最後までお読み頂き本当にありがとうございました。
とても楽しく書き上げました!
趣味全開です。
初めての作品で拙い文章でしたが、楽しんで頂けましたら幸いです。
ケイは意外にも花言葉に詳しい男です。
二回目でトウヤが身に着けていた花 白のダリア(花言葉:感謝)
一・二・三回目で陸が身に着けていた花 黄色の薔薇(花言葉:嫉妬)
四回目でジュリが身につけていた花 かすみ草(花言葉:感謝、謝罪)
四回目で陸が身に着けていた花 マリーゴールド (花言葉:変わらぬ愛、信頼、友情、嫉妬)
五回目で咲季に用意した花 クラスペディア (花言葉:あなたはわたしの光)
IF ケイストーリー モモ (花言葉:私はあなたのとりこ 恋の奴隷)




