まるであの夜のように
ケイは、ある一つのドアの前に立ち止まると、扉を開けた。
ここまで来ると、火の煙が漂ってきて息が苦しい気がした。
ケイは部屋の中に入って扉を閉めると、鍵を閉めた。
ここは物置部屋だろうか?小さい部屋に物が沢山置いてあった。
その中のテーブルの上の荷物を雑に床に落とすと、ケイはその上に私を座らせた。
そして私を押し倒すかのようにケイがその上に乗ってくる。
「いやっ、」
身をよじるもケイの力に勝てるわけなくて。
ケイは片手で私の両手を頭の上で押さえつけた。
掴まれた手首が痛い。
「咲季!」
もう駄目だと思ったその時。
何度もドアノブを捻る音とともに、扉の向こうから聞き慣れた声がした。
「陸!」
必死に声を張り上げるも、こちらからの声は扉の外には届かないようで返事はなかった。
その後何回か体当たりするような音がするも、扉はびくともしない。
「クソッ……ハイト、何か扉を破るものを!」
「はい!」
トウヤさんの指示に、ハイトさんの足音が遠ざかる気配。
そのやり取りに少しほっとする。
扉が壊されれば助かるだろう。
けれどケイは、追手が来ているというのに、余裕な表情で私の上からどこうとしない。
この部屋には、窓はないし出入口は入ってきたドアだけ。
逃げ道はないのに、ケイはどうする気なんだろうか。
「陸くん、君は教会から出たほうがいい。ここは危険だ」
トウヤさんの言葉に心の中で同意する。
扉の向こうは煙が充満していた。
火事は火よりも煙が原因で命を落とす場合が多いと聞いたことがある。
助けようとしてくれるのは嬉しいけど、陸に危険な場所にいて欲しくない。
けれど扉の向こうから聞こえてきたのは陸の荒ぶった叫び声だった。
「咲季を置いて自分だけ逃げるなんて有り得ない!俺がここから出るときは、咲季も一緒だ!」
「……陸」
ぽつりと名前を呟いた次の瞬間、私は顎を掴まれ唇を奪われていた。
「……っ!」
冷たい唇の感触に、あの夜のことがフラッシュバックする。
ガタガタと震えだした私に、ケイは唇を離すとぺろりと舌なめずりをした。
「ねえ咲季?咲季はさ、僕に何をされたの?」
「……ぇ」
「ある時からさ、僕への態度が変わったよね?怯えてるっていうか……」
ケイはその赤い目をすっと細めて、私の手首を拘束していない方の手でするりと首を撫でた。
その感触に、声にならない悲鳴を上げる。
「僕と話すとき、首を触るようになった。咲季も陸みたいに何か見たの?」
私の反応を楽しむみたいにゆっくりと首を撫でる手が、喉の中心で止まる。
力を入れたら命が消える場所を、ケイの手が優しく覆う。
恐怖でぼろぼろと涙を流す私の頬に、ケイが唇を落とした。
「ねえ咲季。僕と一緒に死んでくれる?」
とろりと甘く甘く、ケイが誘う。
けれどそのお誘いは私の意思など聞いていない。
その手に力を籠めれば、私の命などケイは簡単に奪えるのだから。
「僕の計画は失敗みたいだし逃げられそうもないから、一緒に死のう?僕が欲しかったのとはちょっと違うけどさ、咲季を殺せるんなら、咲季は僕のものになるってことだよね?」
逃げなくては。
トウヤさんたちが扉を蹴る音はずっとしているけど、相変わらず開きそうにない。
このまま扉を破るのを待っていたら間に合わないかもしれない。
もうこれ以上巻き戻したくない。
それに、扉を開けたら私が死んでいた、なんてもう経験、陸にもうさせたくない。
このままケイに殺されるわけにはいかない。
恐怖で停止しそうになる頭をなんとか動かしてどうしたらいいか考える。
両手はケイの手によって拘束されている。足もケイの足によって自由に動かせそうにない。頭突き……は、首を絞められそうな状態でもできるだろうか。
必死に考えを巡らせていると、ケイの顔がどんどん近付いてきた。
キスされる。
何度も経験したその感触に、顔を背けて避けたくなるけど、ケイがそれを許してくれるはずもない。
啄むようなキスを受けながら、最低な考えを思いつく。
キスに夢見ていたころの私からしたら、有り得ないほど最悪で最低だ。
けれど、私にはこれしかないかもしれない。
「……っ」
口を開いて、ケイの口に舌を押し入れた。
ケイは私の行動に驚いたように目を丸くしたけれど、すぐにとろりと嬉しそうに笑った。
「……んっ、は、っ……」
慣れないキスが苦しくて、必死に息継ぎを繰り返す。
首に手を当てられながら激しいキスをするなんて、あの夜の再現みたいだ。
「……ふ、咲季、かわいい」
何度も舌を絡ませるうちに、ケイは私の両手を拘束していた手を放して私の体に指を這わせた。
両手が自由になる。
今しかない、と思った。
意を決して、私はケイの舌に思いっきり噛みついた。
「……っつ!?」
ケイが怯んだ隙に、勢いよく身を捩ってテーブルから降りる。
着地に失敗して足を少し捻ってしまったけど、なりふり構っていられなかった。
必死に扉まで行き、鍵を開けた。
舌を嚙まれたことに驚いたのか、ケイはテーブルの上に座ったまま、追いかけてこなかった。
扉を開くと、目を丸くした陸とトウヤさんがいた。
その後ろには斧を持ったハイトさんがいて、今から扉を壊そうとしていたのかもしれない。
「陸……!」
ほっとして陸に抱き着く。
「咲季!よかった……」
抱きしめ返してくれる陸の胸元は、鉄板が入っているから硬くて。でも、安心するぬくもりに顔をうずめた。
「咲季ちゃん!よかった。でも、一刻も早くここから出た方がいい。ハイト、ジュリ、二人を頼む」
「はい」
火がすぐ近くまで来ているのだろうか。
煙が通路に充満していて、空気が熱い。このままここにいたら危険だろう。
陸から体を離し、先頭を歩くジュリに付いていく。
後ろからはハイトさんが。トウヤさんは、ケイを連行してきてくれるのだろう。先ほどの部屋の前でケイに向かって話しかけていた。
「さーき」
出口に向かって歩き始めると、後ろから名前を呼ばれた。
その声に体が硬くなる。
恐る恐る振り向くと、両手を拘束されたケイが微笑んでいた。
「またね」
そう言うと、ケイは腕を掴んでいたトウヤさんの手を振り払って、出口の反対側に向かって駆けていった。
「ケイ!!」
トウヤさんが慌てて追いかけるも、ケイが向かった先は火の中。
大丈夫なんだろうかと心配で二人が消えた方を見ていると、ぐい、と背中を押された。
「火が回る前に外に出ましょう」
「は、はい……」
ハイトさんに急かされながらも教会の外に出る。
夜だというのに、教会から上がる火で周りは明るかった。
この世界に消防車なんてない。騎士の方たちが必死に消火活動をしているけれど、火は燃え広がるばかりだった。
陸と手を繋いで、燃えていく教会をただただ見つめていた。
どれくらい経っただろうか。
火が上がり続けている教会から、トウヤさんがよろけながら出てきた。
「兄上……!」
ジュリが慌てて駆け寄る。
それに続いて私と陸も駆け寄る。
トウヤさんは私たちの姿を見てほっとした表情をした後、地面に膝をついた。
「トウヤさん!!」
そのまま芝生の上に倒れこんだトウヤさんは、咳込みながら意識を失った。
救護のため城に運ばれるトウヤさんを見送った後、周りを見渡す。
「ケイ、は……?」
教会から出てきたのはトウヤさん一人。
火の中に駆けていったケイの姿は、なかった。




