ステンドガラスに浮かぶ影
時刻は夜10時。
ジュリに手伝ってもらってバレないように上半身に鉄板を仕込んだ。少し動きづらいけれど、ケイの前では何事もないようにしないといけない。
緊張で早鐘が鳴る中、陸が強く強く手を握ってくれた。
「陸くん、咲季ちゃん。そろそろ行こうか」
トウヤさんの扉のノックの音に、体がびくりと跳ねる。
私たちは顔を見合わせて頷き、扉を開けた。
前にトウヤさんとケイ、後ろにジュリとハイトさん、その真ん中を私と陸が歩く。
城から徒歩五分と聞いているけれど、その道のりは永遠に感じた。
教会についたら、始まってしまう。陸の手を離さなくてはいけない。
一歩一歩が重たかった。
礼拝堂に入ると、月の光を受けてキラキラと輝くステンドガラスが出迎えてくれた。
こんな状況でなければ、この美しい光景に大喜びしていただろう。
感嘆の声は上げるものの、緊張が入り混じって少し棒読みになってしまった。
トウヤさんが言うには、教会の周りや中にも騎士の方が何人も隠れているらしく、いざという時にすぐ動いてくれるそうだ。
「咲季ちゃん、あっちにも綺麗な場所があるんだ」
トウヤさんの言葉に私は繋いでいた手をぎゅっと握った。
陸もそれに答えてくれた。
そして、手を離す。
陸とケイを二人きりにする作戦の始まりだ。
このタイミングで、ケイは陸を殺そうとするだろう。
大丈夫、上半身には鉄板が仕込んであるから剣は通らない。
そう言い聞かせ、私を呼ぶトウヤさんの元へと向かおうとすると。
「くっ……はははははは」
ケイが、突然笑い出した。
朝と、同じように。
まだ夏の匂いが残る、生ぬるい夜の空気が寒いくらいに冷たくなった気がした。
「あー、はは、おっかしー」
ケイはひとしきり笑った後、私たちをぐるりと見渡した。
「ねえ、何企んでるの?皆のヘタクソな演技にまだ付き合わなきゃダメ?」
「……っ」
ケイの雰囲気が変わった瞬間、トウヤさんが私の前に素早く移動した。
鋭いケイの赤い瞳から守ってくれるように。
少し離れた陸を見ると、ハイトさんが同じように陸の前に立っていた。
「……ふーん?僕が陸を殺そうとしてること、バレちゃった?」
目の前のトウヤさんが、息を吞む気配がした。
トウヤさんは腰の長剣に手をかけ、今にもケイに切りかかりそうだ。
「ちょっとー、やめてよ?幼馴染を殺す気?」
「……ケイ、お前が、連続殺人犯なのか……?」
トウヤさんの質問に、ケイは瞬きを一回した後、微笑んだ。
「そうだよ」
見惚れてしまいそうなほどの綺麗なその笑みに、トウヤさんが勢いよく切りかかった。
ケイはそれを剣で受け止める。
「……っはは、泣いてたら、犯人捕まえられないんじゃない?」
「どうして……っ!」
ケイに剣を向けながら、トウヤさんはその太陽みたいなオレンジの瞳からぼろぼろ涙を流した。
「なんで、なんでこんなことしたんだよ……!お前は、面倒くさがりで目を離すと仕事サボったりする。でも……でも、人を傷つけるようなヤツじゃなかっただろ……!」
涙を拭うこともせず、再び剣をケイに振り上げる。
ケイは平然とした表情のままそれを受け止めた。
幼馴染の悲痛な叫びを目の前にしても、その赤い瞳は揺るがない。
「トウヤ。僕はね、知っちゃったんだよ。人の命を奪う快感を。生から死へと変わる瞬間、瞳が光を失う喜びを」
「……ケイ!!!!」
トウヤさんが先ほどまでよりも強く剣を振るけども、ケイは難なく躱す。
「やだなー。僕、トウヤに殺されたくないんだけど」
「殺さない。動きを封じるだけだ。お前には、生きて、罪を償ってもらう」
「……それなら死んだほうがましだな」
しばらくの間決着のつかない攻防戦が続き、私たちはハラハラしながら見守っていた。
近くにいたジュリが、私と陸を城に戻した方がいいんじゃないかと言い出した頃、教会の扉が勢いよく開いて一人の騎士が慌てた様子でトウヤさんに近寄った。
「トウヤさん、大変です!教会が、燃えています!」
「……何?」
その騎士の言葉に、トウヤさんが目を剝く。
「時限式の爆発物が仕込まれていたようで、教会の奥から火が上がっています。爆発に何人か巻き込まれてしまい、消火も間に合っていません。ここまで火が回るのも時間の問題です。避難を!」
通路の奥に目を向けるも、火は見えない。
今外に出れば大丈夫だろう。
先ほどまでとは別の恐怖が胸を支配する。
爆発物?まさか、それもケイが……?
そんなもの、すぐに手に入るものなんだろうか。私たちの計画にいつから気付いていたのだろう。
通路を見ながらぐるぐると考えていたので、気が付かなかった。
目の前に、ケイが来たことに。
「……っ!」
視界がケイでいっぱいになる。
ケイが、私の顔を覗き込んでいたのだ。
先ほどまで少し離れた場所でトウヤさんと戦っていたのに、今は私の目の前にいる。
遠くで、焦った表情のトウヤさんが見えた。
火事の報告に気を取られている隙に、ケイを逃がしてしまったのだろうか。
「咲季。おいで」
その瞬間、視界が揺れた。
体が宙に浮く。
ケイが私をお姫様抱っこしているんだと気付いたのはされた数秒後だった。
私を持ち上げるのとほぼ同時に、ケイは教会の奥へと向かって駆け出した。
「咲季!」
「咲季ちゃん!」
後ろから陸とトウヤさんが追いかけてきてくれたけれど、ケイは私を抱っこしているにもかかわらず物凄いスピードでなかなか追いつけない。
「お……おろして」
念願のお姫様抱っこにときめきは一切なく、恐怖で震えながらもケイの胸を叩いて抵抗しようとする。
「ほら、ちゃーんと捕まってないと落ちちゃうよ?」
「……っ」
けれどそう言われてしまえば、この状態から落とされたらという恐怖が勝ってしまい、情けなくもケイにしがみついた。
「ふふ、かーわい」
そんな私を見て、ケイは口の端を持ち上げた。




