未来を掴むための約束
次の日から、日中の警備はジュリ、夜の警備はトウヤさんとケイ、ハイトさんという体制になった。
今後について話し合いをするために、ケイを除く五人は昨日と同じ宿の部屋に集まった。
私と陸は昨日と同じベッドに腰かけ、その前にトウヤさんが椅子に腰かけ、横にはジュリとハイトさんが立っている。
「二人には、君たちが昨日言っていたことは説明させてもらった。咲季ちゃんは前にも二人に会っているんだよな?」
「はい。ハイトさんとはあまり話せなかったのですが……。ジュリとは、仲良くしてもらいました」
トウヤさんの言葉にこくりと頷いてジュリを見る。
「また仲良くなれたら嬉しい」と言うと、ジュリが僅かに戸惑った。
初対面の相手にそんなことを言われたら、変に思うだろうか。
久しぶりに会えた友達に、つい浮かれてしまったことに反省する。
「ジュリとはこれから一緒に過ごすことになるから、よろしくな、咲季ちゃん。……で、ここからが本題だ。ケイを、どう捕まえるか」
トウヤさんがそう言うと、皆の顔に緊張が走った。
気まずそうに視線を斜め下に向けながら、ハイトさんが口を開く。
「あの、本当にケイ先輩が連続殺人の犯人なんですか?ケイ先輩って、楽しそうに町の人と話している姿をよく見かけますし、騎士団の中でも話しやすいって評判ですよね。申し訳ないですが、信じられなくて……」
「……私も、信じられません。ケイくんには、幼いころからよくしてもらっていたので」
その反応はもっともだった。
私たちは実際に目にしたからケイが犯人だと分かったけれど、それがなければケイが犯人だと言われても信じることなんてできない。
ケイと親しくしていたなら、なおさら。
この中でケイと一番親しいトウヤさんが、二人をじっと見据えた。
「二人の気持ちはよく分かる。俺もケイとは小さい時からの友人だから信じられないと思った。……でも、そんな個人的な気持ちは陸くんと咲季ちゃんを信じない理由にはならない。彼らは、勇気を出して俺に打ち明けてくれた。それを尊重したい。」
「トウヤさん……」
「それに、何十人もの人を殺めたかもしれない奴を放っておくなんて騎士としてしちゃだめだ。俺は、もう被害者を出したくはない。ケイが犯人じゃなかったら、それはそれでいい。でももしも犯人だったら、これ以上被害を出す前に、捕まえる」
トウヤさんは、はっきりと言い切った。
この国のことは知らないけれど、そんなにもの人を殺してきたのならケイとはもう二度と会えなくなるだろう。もしかしたら死刑かもしれない。
幼馴染を処刑台へ送ることになるかもしれないのに、トウヤさんの瞳には迷いがなかった。
トウヤさんの思いが届いたのだろう、ジュリとハイトさんが力強く頷いた。
「分かりました。私もこれ以上被害者を増やしたくありません」
「自分も、出せる限りの力で協力します」
「ありがとう、二人とも」
トウヤさんはほっとしたように息をつくと、今度は私たちに向き直った。
「それで、ケイを捕まえる方法を考えてみたんだ。聞いてほしい」
「「はい」」
私たちが返事をすると、トウヤさんは一呼吸おいてから話し出した。
「……俺の認識が合ってるかも併せて、確認しながら話していくな。まず、ケイが陸くんを害そうとするのは陸くんが三度目の予知夢を見たその日の夜間。日付で言うと、今日から五日後の朝、陸くんが予知夢を見たと言う。合ってる?」
「はい、そうです。一回を除いて、全て同じ日でした。護衛を増やした時は陸は三回目の予知夢を見なかったので、もしかしたら今回も見ないかもしれません。」
「その一回というのは、二回目の予知夢を報告せず、実行されてしまった時。三回目の予知夢を見る前に事件が起こってしまった、と」
「……はい。犯人が、犯行を阻止されたことによって陸を邪魔だと思って犯行に及んだのなら、それを止めなければ私たちは安全だ、と思ったんです。……ごめんなさい」
深く頭を下げる。
二回目の被害者が誰なのかに関しては、トウヤさんにも陸にも言っていない。
言ったところで無駄に傷つくだけだし、二回目の事件はもう起こさないから言う必要がないと思ったのだ。
あんな悲しいことは、私の中で留めておく。
「咲季……」
「咲季ちゃん頭上げて、責めるつもりなんかないよ」
隣から陸の心配そうな声と、前方からトウヤさんの少し困ったような声が聞こえて顔を上げると、トウヤさんと目が合った。
私を気遣うように微笑まれる。
その優しさに救われながらも、心の中でもう一度、トウヤさんとジュリに謝った。
「二回目の犯行を止めなくても陸くんは狙われた。つまり、ケイは最初から陸くんを襲う気だった」
「ケイさんは、咲季に好意を抱いてるんだと思います。実際に、咲季に言い寄っているとこも見ましたし。だから、幼馴染で邪魔な俺を消そうとした。……俺、三回目に見た予知夢の被害者は俺だったんじゃないかと思うんです」
皆の目が、陸に向く。
最後の言葉は私も聞いていないことだ。
「見たときは、気付きませんでした。大体全体的に靄がかかってるようではっきりと見えないので。でも、咲季の話を聞いて教会で殺されるのは自分では、と思ったんです。思い返せば背格好も髪型も似ていたような気がして。なんとなくそう思った、だけですけど」
「……なるほど。なんで教会なのかは謎だけど、ありえないとは言えない。そっか……そうすると」
トウヤさんは少しの間唇に手を当てて考え込んだ。
そして、『ケイを捕まえる方法』について話しだす。
「五日後、陸くんは予知夢を見ても言わないで欲しい。そして、俺は夜に皆で教会に行こうという。夜のステンドガラスが綺麗だからとか言って。もし予知夢が本当に陸くんだとしたら、どうやって教会に行ったか分からないし、もしかしたら殺されてから運ばれたかもしれない。だから逆に、ケイを誘き出すんだ。そして少しの間陸くんをケイと二人にする。ケイは不審がるだろうが、大体この日に事件を起こしていたんだろう?なら、殺害しようと動く可能性は高い。そこを、確保する」
その内容に、耳を疑う。
「え……、陸を、囮に使うって言うんですか?そんな、相手はケイですよ!?襲ってきたら避けることは難しいです。その日に実行するのが分かっているなら、城の中で捕まえるのは難しいんですか……?」
「咲季」
思わず突っかかってしまった私を、落ち着かせるように陸が手を握ってくれた。
その手を握り返すと気持ちが少し落ち着くようで、トウヤさんに「ごめんなさい」と謝った。
「いや、俺の言い方が悪かった。ごめんな。安心してほしい。陸くんはもちろん、教会に行く人たちにはみんな服の中に鉄板を入れてもらう。連続殺人の手口は、刃物で心臓を一突き。刃物を通さない鉄板を入れれば防げる。城で迎え撃つのは俺も最初はそう考えていたんだけど、陸くんの話を聞いて、教会のが騎士を沢山配置出来るし逃げ込める場所も少ないからケイを捕まえやすいと考えたんだ」
「鉄板……」
それなら、胸を刺されて死ぬことはないだろう。
……でも、鉄板が入っていることに気が付いて首を狙われたら?
そもそも、不審に思ったケイが別日に変えたら?
ほとんどがその日だったけど、一回だけ日付が違った時があった。
それは『予知夢を報告しなかった』時。
今回も三回目の予知夢を見てもケイに言わないわけだから、『予知夢を報告しなかった』ということになるんじゃないだろうか?
ぐるぐると不安に駆られてしまう。
そんな私に気が付いたのか、陸は手をぎゅっと握ったまま私の顔を覗き込んだ。
「咲季、俺は大丈夫だよ」
「……うん」
「即死はないだろうし、ケイが動いたら騎士の人たちがすぐ捕獲してくれる。大丈夫、トウヤさんたちを信じよう」
「……うん。ねえ、陸」
「ん?」
「死なないで」
私がそう言うと、陸は悲しそうに瞳を揺らす。
けれどすぐに優しい笑みに変えた。
「大丈夫、死なない」
私は陸に向けて小指を突き出した。
目の前が滲んできてしまい、それに気付かれないように少し俯く。
陸は笑いながら私の小指に自分の小指を絡めた。
「……嘘ついたら、駅前のクレープ全種類奢ってもらう」
「それは……、死ぬわけにはいかないな」
「もし、また巻き戻って陸がこの約束忘れても私が覚えてるから」
「大丈夫、もう巻き戻さない」
「……ぜったいね」
「うん、絶対」
強く強く手を繋いだまま、もう片方の手の小指を離した。
★
それからの数日はあっという間に過ぎた。
あの日、計画を細部まで決めて、その後はみんなで集まっていない。
敏いケイに気付かれないために密会はこれきりにしようと話したのだ。
なので昼勤のジュリとは沢山話すことができたけど、トウヤさんとハイトさんとは食事の時くらいしか話す機会がなかった。
もちろんその場にはケイもいるから、いつも通りの何でもない会話しかできない。
計画についてはジュリを通してとのことだけど、大体のことはあの宿の部屋で決めてしまったから前日に最終確認をするくらいだった。
「なあ、今日の夜、教会に行ってみないか?」
朝食の席。トウヤさんのその言葉に私は咀嚼していたパンをごくりと飲み込んだ。
ついに、計画が始まったんだ。
「教会~?なんでまた?てかトウヤ、夜に外出ちゃダメって忘れちゃった?」
「そうですよ。夜に出歩くなんて危険です」
訝しげな声を出すケイに、陸が同調する。
これは、陸の演技。
初めのころ、昼間に出かけることさえ渋っていた陸があっさり夜の外出を受け入れるはずがない。
トウヤさんの提案に反対したほうが自然だ、というトウヤさんの案だ。
少し棒読みが気になるけど、セリフの短さからなんとか気付かれないだろう。
「まあまあ。聞いてくれ。城の西門から徒歩五分の場所に教会があるんだ。夜に行くとそこのステンドガラスが月夜で輝いて綺麗だと昔から評判でさ。君たちももうすぐ元の世界に帰るだろう?せっかくならこの世界の夜の記憶をいいものにしてあげたいな、と思ったんだよ。本当は海に連れていきたいところだけど遠すぎるし、教会なら近いし皆で行けば大丈夫だと思ってさ」
トウヤさんの自然な演技に感心しそうになる。
けれど私も演技をしなくてはいけない。
トウヤさんの提案に食いついた私が、渋る陸を説得する、という流れなのだ。
「行きたい、行きたいです!夜の教会なんて素敵ですね!」
「でも、咲季……」
「大丈夫だよ、すぐ近くらしいし皆で固まっていれば。私、教会行ったことないから行ってみたいなあ」
「……しょうがないな、少しだけだからな」
普段であれば拍子抜けするくらいあっさりと陸が夜の外出を許可する。
「じゃあ、行くのは陸くん咲季ちゃんと、夜勤の俺とケイとハイト。あ、あとジュリも行くか?咲季ちゃんと仲良くなったんだろ?」
「はい、行きます」
サクサクと決まっていく夜の予定をケイは黙って聞いていたが、話が一段落すると突然声を上げて笑い出した。
「ふは……はは、ははは」
驚いて誰も声を出せなかった。
何も面白いことなんてないはずなのに。
まるでケイを捕まえるための計画を嘲笑うかのようなその様子に、背筋が凍る。
「……ケイ?」
声が掠れながらもトウヤさんがケイに声を掛けた。
ケイは笑いすぎて濡れた目尻を指で拭いながらトウヤさんに答えた。
「ごめんごめん。あー、なんだっけ?『この世界の夜の記憶をいいものに』だよね。うん、いいと思う。……『悪いものに』ならないよう、気を付けないとねー」
そう言って、ケイは「じゃあ僕は寝てくるね」とダイニングを後にした。
残された私たちの間に沈黙が落ちた。
「……ケイ」
沈黙を破ったのは、トウヤさんの悲しそうな呟きだった。




