目が覚めた先で
目が、覚める。
「……っ!」
見慣れた客室に、『戻ってきたんだ』と理解する。
何度繰り返しても、無理やり繋ぎ合わせたような巻き戻しに慣れそうにない。
寝起きのように少しぼんやりする頭を上げたら、前方に座るケイと目が合った。
ケイは、微笑むように赤い目を細めた。
心臓がどくりと大きく跳ねる。
無意識に首に手を伸ばす。今もなお、首を絞められているかのように呼吸が浅くなった。
ケイが、犯人だった。
その事実は彼に殺された後だというのに上手く吞み込めそうにない。
ケイは、私を手に入れたい、と言っていた。
そして、首を絞められながら幾度も繰り返された獣のようなキス。
思い出しても、胸が高鳴るどころかぞわりと恐怖で背筋が凍る。
ケイは、私のことが好き……?
そんな考えが浮かぶけれど、好きな相手にあんな真似できるだろうか?
とは言っても相手は何人も殺してきた連続殺人鬼。
無害な顔で私たちを護衛し、躊躇いもなく殺す。そんな彼が考えていることなんて私たちに分かるはずがない。
殺される前、ケイは私に糾弾されるのが楽しみだと言っていた。
その時点でもう何を言っているか分からないが、これから知り合いを追い詰めるということにじくりと胸が痛む。
きっと、説得なんていう生易しい手段は通用しない。
ケイは三年間、何十人もの人を殺してきた。陸を、何回も殺した。
話し合いで解決するなんて、夢物語だ。きっと話し合おうとした瞬間に、殺されてしまう。
ケイを糾弾するしかないんだ。
無意識に首を触っていた私は、ふと周りが静かなことに気が付いた。
いつもなら、この時点に巻き戻った後陸が心配そうに顔を覗き込んできたはず。
今回は、それがない。
不思議に思い隣に座る陸を見ると、ばっちりと目が合った。
陸は呆然とこちらを見ていたが、やがてその瞳から涙が零れ落ちた。
「え……っ、陸!?」
驚く私を、陸がぎゅっと抱きしめてきた。
「陸?」
陸は無言のままだ。
テーブルを挟んで、トウヤさんがおろおろしているのが横目で見えた。
私を抱きしめる陸の腕は力強くて、少し痛い。けれど、震えていて。私は安心させるように陸の背中を優しく撫でた。
やがて落ち着いたのか、陸は私からゆっくりと体を離した。
なんか同じようなこと前にもあったな、と内心思う。
今回はトウヤさんとケイが見てる前だけど。
「……陸くん、大丈夫か?」
「よっぽどショックな予知夢でも見たの?」
トウヤさんとケイに、陸は何も言わなかった。
けれど、代わりにケイの事を不信感を孕んだ目つきで睨んでいた。
……もしかして。
ある可能性が浮かび、私は陸に小声で耳打ちした。
「ねえ、夢の内容、私が伝えてもいい?」
私がそう言うと、陸は目を丸くさせた。
陸が何も言わないのを肯定と受け取り、私はトウヤさんとケイに向き直る。
「陸が見た予知夢、私が代わりにお伝えします」
「え、咲季ちゃん先に陸くんから聞いていたのか?」
「はい、さっき聞きました」
「そんな時間あった~?」
不思議そうな二人に陸が二回目に見た夢の内容を伝える。
もしも私の予想が当たっていたら、陸は今混乱の真っただ中だろう。
今がいつかも分かっていないかもしれない。
そんな状態で予知夢の話なんか出来るはずがない。
けれど、この予知夢は絶対に今トウヤさんに伝えないといけない。
ジュリを殺さないために。
もう、繰り返さない。今回で必ず犯人を捕まえるんだ。
話を終え、私たちは夕食まで一緒に過ごす、と言って私の部屋に陸を呼んでいた。
まだ夕方だが、トウヤさんは港の警備を増やすよう動いてくれているため今の護衛はケイだ。
前と同じように、扉からできるだけ離れて小声で陸に話しかける。
「……ねえ、陸はもしかして、『覚えてる』の?」
巻き戻ってから今まで陸は何も発さなかった。
かつて陸が見た夢の内容を私が話し、トウヤさんとケイが新鮮な反応をしても戸惑っていたが何も言わなかった。
もし、今までの巻き返し後の陸ならば誰にも言っていない夢の内容を私が話し出したことに「なんで知っているんだ」と言うはず。
それに、陸が泣き出したのは今までと明らかに違う流れだ。
私が行動して変えた流れとは違う。予知夢を見てショックを受けたんだとしても明らかに不自然なタイミングの涙だったと思う。
だから、私は思った。もしかしたら、陸も巻き戻し前の記憶を持っているんじゃないか、と。
「覚えて……?」
「私はね、この一週間くらいをずっと繰り返してる。今から一週間後、陸が三回目の予知夢を見た次の朝。そこからずっと戻ってるの」
「そ、れって……」
陸の瞳が大きく揺れた。
「それって……、咲季、が……」
ああ、やっぱり覚えてるんだ。
小さく震える陸の体を、今度は私から抱きしめる。
陸は先ほどとは真逆の、弱い力で私の背に腕を回した。
「ごめんね。悲しい思いさせて」
大切な人の死を見るのがどれだけ辛いか。
それは、何度も陸を失ってきたから痛いほどに分かる。
何度繰り返しても、毎回感じる、悲しみと絶望。
肩口が濡れるのを感じながら、陸の頭を撫でる。
「俺……っ、咲季にもう会えないと思っ……」
「うん」
「大事な、時に……っ、そばにいてやれなくて、ごめん……っ」
「ううん、陸のために、頑張れたんだよ」
「……っ。ケイのやつ、ぜったい、ぶっ殺す……っ」
「ふふ。殺しちゃダメだよ」
しばらくして陸が泣き止んだ気配を感じ、体を離す。
私が手を離すと、弱弱しく抱き返してくれていた腕はあっさりと離れた。
泣いて赤くなった陸の瞳をじっと見つめる。
「私、このループを抜け出して陸と一緒に元の世界に帰りたい」
「……うん」
「そのためにはケイを捕まえないといけない。ねえ、陸。協力してくれる?」
陸がこくりと頷く。
陸には辛い思いをさせて申し訳なく思う気持ちもあるものの、記憶を共有できる頼もしい仲間が出来たことに嬉しくも思う。
腕を伸ばして陸の頭を撫でると、陸は不満そうに唇を少し尖らせた。
「……撫ですぎ」
「ごめん、陸が可愛くて、つい」
「……」
私がそう言うと、陸は私の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
髪が一気に乱れてしまう。
「もー!陸ー!」
「はは、仕返し」
抗議の声を上げると、陸は眉を下げて笑った。
目尻に涙が溜まったその笑顔は、嬉しそうな、そしてほっとしたような、そんな笑顔だった。
「……じゃあ、本当は俺が殺される予定だったのか」
少し落ち着いた後、私たちはこれまでのこととこれからについて話し合っていた。
先ほどと同じく、扉から離れた場所で、小声で。
「うん。陸が教会の夢を見た次の朝、陸が亡くなっているのを見つけた。最初の三回はそうで、四回目は予知夢を言わなかったから流れが変わったのか、もっと早いタイミングだった。そして五回目で犯人の姿を見ようと思って……」
「咲季が狙われた、ってことか……」
「うん……」
「……あいつは、咲季は殺すつもりじゃなかった、みたいなことを言っていた。俺用の花は用意したけど、咲季の花は用意してなかったから探しに行ったって」
「それは、私が巻き戻してることを話したからだと思う。陸が殺されたら時間が戻る、って言ったから。そしたら……」
「そしたら?」
「……ねえ、ケイって私のことが好きなのかな?」
「……はあ?」
陸が訝しげな眼差しで私を見る。
あの夜のことは、陸とできるだけ共有してケイを捕まえる算段を立てたいところだが、話すのは少し恥ずかしい。
キスのことは絶対に言えないから、それ以外のことを話すことにした。
「ケイにね、陸を殺しても私が手に入らないなら、私を殺そうかなって言われた」
「……」
「時間が戻って、私に糾弾されるのが楽しみだって言ってた」
「……」
「……ちょっと陸、聞いてる?」
ぼうっと考え込む陸の目の前に手をひらひら振る。
陸ははっとしたように顔を上げると、私と目を合わせた。
「ごめん。ちゃんと聞いてた。……咲季が殺された方法について考えてたんだ」
「殺された、方法?」
「ああ。今までの事件は、刃物で心臓を一突きだって聞いた。日本ではそんな殺し方を続けたらいずればれるだろうけど、ここでは防犯カメラもない。周りに人がいないことと、返り血にさえ気を付ければ、それが一番楽な殺し方だったんだろう。だけど、咲季は首を絞めて殺した。咄嗟のことで犯行用の刃物が無かったのかとも思ったけど、あいつは俺を殺す用の花を準備していた。俺のことも絞殺する気だったんなら話は別だけど……」
「……今まで、陸は胸から血を出して死んでいた。刺殺する気だったと思う……」
「だよな?なら、凶器は持っていたはず。それなのにわざわざ絞殺したのは、咲季の言う通り、咲季に何かしら特別な感情があったのかもしれないな……」
「……」
「なあ、トウヤさんは俺たちの味方だよな?ケイさん側ってことはないよな?」
不安そうな陸の問いに、目を瞬かせる。
トウヤさん。
彼はケイの味方ではない。むしろ、被害者だ。
ジュリが殺された後の、光を失った鋭いオレンジの瞳を思い出す。
もう彼が、復讐に染まるところなんて見たくない。
「うん。トウヤさんは、ケイの味方じゃない。信用していいと思う」
私がはっきり言い切ったことで、陸がほっと胸を撫で下ろす。
「よかった。トウヤさんもそっち側だったら人間不信になる」
「ふふ。トウヤさんは、大丈夫。だからね、明日、トウヤさんにこのことを相談してみるのはどうかと思うんだけど……」
「うん、いいと思う。俺たちだけじゃ太刀打ちできないし、トウヤさんに協力してもらおう」
「じゃあ、明日どこか出かけた先で、かな。城の中じゃいつケイに聞かれるか分からないし」
「そうだな」
話し合いが終わると、陸は私の頭を優しく撫でた。
「陸?」
「……ごめん。泣き喚いたりして。咲季の方が、沢山辛い思いしてるのに。今まで、気付いてやれなくて、ごめん」
その黒い瞳が、痛々し気に揺れている。
私を気遣う気持ちと、申し訳なさが入り混じったような表情だった。
確かに回数でいえば私の方が多いけれど、それでも大切な人を亡くしたという悲しみは変わらないはずなのに。
自分の傷もまだ深いのに、他人の心配をする。
それが、私が大切に思う幼馴染の都築陸だ。
「ううん。今回、一緒に戦えることがすごく嬉しいよ。覚えていてくれていて嬉しい……っていうのは酷いかもしれないけど、ありがとう」
陸の心の曇りを少しでも取り除けるように、と私は満面の笑みを浮かべた。




