あなたはわたしの光 (陸視点)
嫌な夢を見ていた。
男が、女性の首を絞める。
女性は苦しそうにもがくが、数秒後動かなくなった。
その女性が、咲季に似ている気がして。
「咲季……!」
叫ぶように大きな声を発しながら、飛び起きる。
寝ていただけというのに、息は切れ、寝汗をびっしょりとかいていた。
少しの間、夢の現実の区別がつかなくて混乱していたが、だんだんと頭が整理されて先ほど見たものが夢だったと理解する。
夢だったと安心したのもつかの間、どんどんと不安が襲ってくる。
この世界に来てから、俺は予知夢を見るようになった。
一回目はただの夢だと思った。
人が倒れていたけど、死んでいるとは思わなかったし、よく分からない夢だと。
けれど次の日、夢で見た景色と全く同じ場所を見て驚いた。初めて行った場所なのに。
更にその翌日にはその場所で事件が起こったというのだ。
長年捕まらない殺人鬼の夢を見る。それがどれだけの価値を持つか。
事件解決につながる糸口があることは嬉しいことだろうけど、俺としては殺人現場を夢に見るなんて気味が悪かった。
俺は咲季と一緒に帰れるのなら、犯人が捕まろうが捕まらまいが別にどっちでもいいと思っている。
むしろ事件になんか関わりたくないというのが本音。
眩しいほどに優しい咲季がいなければ俺は、役割を放棄して帰る日までこの部屋にずっと閉じこもっていただろう。
普段は夢を見ても起きた瞬間には忘れてしまうことが多い。
だからこそ、強烈に脳裏にこびりつく妙にリアルな夢は、異様だった。
とは言ってもそれが現実になったのは一回きりで、二回目は無事防ぐことができたのか事件の話を聞いていないから、これが本当に予知夢なのかどうか怪しいところではあるけれど。
三回目の予知夢を見たのはつい昨日。
さっき見たのが予知夢だとしたら、感覚が短すぎやしないだろうか。
とりあえず汗を拭こうとタオルで顔を拭いながら、ふと思い出す。
『小さい時からずっと、陸が一緒にいるのが好き。楽しくて、安心する。これからもずっと陸のことが大切だよ』
部屋に戻る前に咲季が言った言葉。
好きだと言われて面食らっていたら、こんなことを言われた。
その言葉に、咲季の言った「好き」が幼馴染として、だということが分かって、そりゃそうだよなと思う反面、なんで咲季がいきなりこんなことを言ったのかが気になった。
まるで、一生の別れのように言うから。
疑問に思ったものの、その時は特に追及せずに部屋に戻ってしまった。
あの時、そう言った理由を聞けばよかった。
そうしたら今こんなにもうるさく騒ぐ心臓も、少しは落ち着いていたかもしれないのに。
時刻はまだ深夜二時過ぎ。
起きるには大分早すぎるけど、もう寝る気になれない。
仮にもし今見た夢が予知夢だとしても、報告して咲季の護衛を増やしてもらえばいい。
そうすれば、二回目のように犯人は手を出せないはず。
自分に言い聞かせて落ち着こうとするも、胸騒ぎが止まらない。
そうだ、外で見張ってくれてるケイさんに異常がないことを確認すれば少しは安心するだろう。
そう思いつき、ドアノブに手をかけた。
「……っ、咲季!?」
扉を開けて真っ先に目に入ったのは、壁を支えにぐったりと座り込んだ咲季だった。
咲季の他には誰もいなく、静かな廊下に俺の声が響き渡った。
「咲季、……っ」
咲季に駆け寄りうなだれた顔を覗き込む。
そして、息を吞んだ。
きつく閉ざされた咲季の瞳、そこから流れたであろう涙の跡。そして、首に赤く残った、誰かの手の跡。
それを認識した瞬間、俺はぺたりと尻餅をついた。
真っ白になってしまった思考で、俺はどうすることもできずただただ動けずにいた。
「あれ?陸、起きるの早くない?」
少しして後ろから聞こえてきたケイさんの声によって、俺の意識は現実へと引き戻される。
そうだ、何をぼんやりしているんだろう。咲季はまだ生きているかもしれない。助けなければ。
大事な時にいなくて、咲季を守れなかったケイさんに対して、怒りよりも咲季をどうにか助けてほしいという縋るような思いが強かった。
ケイさんが来てくれたなら、きっとどうにかして咲季を目覚めさせてくれるはず。
そんな期待も、振り向いてケイさんの姿を見るまでだった。
そもそもケイさんが、動かない咲季と、尋常でない雰囲気の俺を見ても普段通り話しかけてきた時点でおかしいと気付けたのに。
ケイさんは、その手に黄色い花を持っていた。
「ケイ、さん……?」
動揺して声が掠れる俺に、ケイさんはいつも通り飄々とした調子で言葉を紡ぐ。
「いやー、陸の花は準備してたんだけどさ、まさか咲季の分もいるとは思わなくて探し回っちゃったよ。いい花がなくて、花壇から抜いてきちゃったんだけど、綺麗だと思わない?クラスペディアって花で、花言葉はー……」
「っ、ケイ、さん、が……?」
それ以上は言葉に出来なかった。けれど俺が何を言いたいか分かったのか、彼は口元だけ微笑んだ。
「そうだよ」
その言葉を聞いた瞬間、目の前が真っ赤になった。
今まで力なく座り込んでいたのに、気が付いたら立ち上がってケイさんを殴っていた。
じんじんと拳が痛む。
殴られたケイさんは、少しよろけて「いてて」と赤くなった頬を抑えた。
「まーまー、咲季にはまたすぐ会えるよ」
「……は?」
何を言っているんだろう。
死んだ人間は生き返らないというのに。
咲季を殺したのはお前なのに。
……そういえば、さっき俺用の花がなんだとか言っていた。
俺のことも殺すから、天国でまた会えるという意味なんだろうか?
「……なあ、剣、貸してくれないか」
俺がそう言うと、ケイさんは一瞬瞠目したけれど、すぐに面白そうに目を細めた。
「いいけど、僕を殺す気?でも陸って剣使ったことないでしょ?素手でも負ける気しないなあ」
そして何の躊躇いもなく腰にかけていた剣を俺に手渡す。
ケイさんは俺が自分を殺すために剣を欲しがったと思っているようだが、そうではない。
確かに殺したいほど憎いという言葉では生易しい程の感情があるのは確かだが、コイツを殺したところで咲季が戻ってくるわけではない。
俺は、咲季がいない世界で生きていきたくなんかない。
俺は剣を持ったまま咲季の隣に座った。
痛々しく赤くなった首の痕をそっと撫でる。
「ごめんな、一人にして」
小さいころからずっとずっと咲季の隣にいたのに、肝心な時に傍にいてやれなかった。
怖くて、苦しかっただろう。
大丈夫、これからは一人にはしない。
俺がすぐ、そっちに行くから……。
汗ばむ手で剣を握り直し、自分の首に当てる。
「っく……は、っ……」
首の横から剣を入れる。
おそらく少ししか切れていないのに、物凄い痛みで手が止まってしまう。
「陸。そんなんじゃ痛いだけで死ねないよ?大丈夫だよ、僕が一瞬で殺してあげる」
そう言うケイさんを無視する。
ケイさんはきっと、咲季にしたようには殺してくれないだろう。
今までの被害者は、全員刃物で殺されたと聞いた。
夢で見たのも、一人目はよく分からなかったけど、二人目三人目は胸から血を流していた。
それじゃ、ダメなんだ。
首を絞められてからどれくらいで気を失うのか知らないけれど、心臓を一突きされるよりは長い時間苦しんだだろう。
ならば俺も、咲季と同じように首を切って苦しんで死にたい。
俺だけ楽に死ぬなんて、許せない。
横から首を切ることを諦め、今度は正面から喉を思い切り刺す。
「……っ」
声も出せないほどの痛みに目の前が歪む。
剣を抜くと、周りに血が飛び散った。
首からどくどくと血が流れるのを感じる。
ああ、これできっと死ねるだろう。
どんどん暗くなっていく視界で、咲季の手を握ろうと最後の力を振り絞る。
それが間に合ったかどうか、確認する前に意識は途絶えた。




