焼きたてのパイと嫉妬
救世主として召喚されたものの、特にあれをしろ、これをしろといったことは命じられていない。
なんとも連続殺人が起こるまでイルシオンはとても平和な国で、救世主を召喚すること自体何百年ぶりで、過去の記述がほとんどないらしい。
救世主がいるだけで戦争が終結した、救世主を召喚したらずっと降らなかった雨が降った、とかそんな記述しかないとのことだ。救世主に何をしてもらえばいいのかみんな分からないのである。
私は名探偵サキ のごとく事件を推理して「犯人はお前だ!」と名指しする気満々だったのだが、陸から危ないからやめろと止められた。
まあ実際騎士団がずっと調査しても尻尾を掴めないような犯人だ。東やら西やらの高校生探偵ではない私たちが犯人を見つけ出せるとは思えない。
国王も、好きに過ごしていいよとのことだったのでトウヤさんとケイさんに付き合ってもらって観光することにした。
そんな呑気でいいのかとは思うけれど、観光する内になにか分かるかもしれないから、とのことだ。私たちが召喚されたのも気休め程度のおまじない的なものだろうし、そんな緩めの感じでいいんだろう。
召喚された翌々日、私と陸とトウヤさんは町を見に行くために馬車に揺られていた。
交代で護衛をしてもらっているので、ケイさんは休憩中だ。
トウヤさんは恐らく20代前半くらいだろうか。
明るい茶髪にオレンジの瞳と整った容姿の彼は、その色彩通り、明るい性格で親しみやすい。
「大丈夫なんですか?殺人鬼がいるっていうのに呑気に観光なんかして」
私の隣に座っている陸が前の席のトウヤさんに問いかけた。
これから行く場所は、国の中でも栄えた町だそうだ。
栄えた町というのはそれだけ人が多いわけで。
観光しているうちにうっかり殺人鬼の目に止まってしまうのではないか、という陸の不安が伝わってきた。
「平気だよ。この3年間、犯行は夜中に行われてるんだ。昼間には出ない。犯人は夜行性なんじゃないか?」
「そうなんですね、じゃあ夜出歩かなければ安心ですね」
「それがそうとも限らない。最初のころは夜中に出歩いてた者が殺されていたが、今では家の中にいても殺されてしまう。ドアや窓を開けて入ってくるんだ。もちろんしっかり施錠されていても」
トウヤさんは悔しそうに眉を寄せた。
昼にしか出ないなら夜は外に出なければいいのでは、という淡い期待は打ち砕かれた。
施錠しても入ってくるなんて、ピッキングとかでもして入ってくるのだろうか?
ちなみにこの世界には魔法はないらしい。
私たちを召喚した時点で魔法では?と思ったけどそれは儀式で召喚したのであって魔法ではないらしい。私には違いが分からないけれど。
「君たちが危険な目に合わないようしっかり護衛するから。そこは安心してほしい」
トウヤさんは私たちを安心させるように太陽のように笑った。
この人についていけば大丈夫、そう思ってしまうような笑顔だ。
「はい、よろしくお願いします」
「トウヤさん、ありがとうございます!」
その後も三人で話をしているうちに馬車が止まった。
どうやら目的の町に着いたようだ。
馬車から降りると、そこに栄えた町並みがあった。
露店がいたるところに並び、人も多く賑やかでなんだかわくわくしてしまう。
昼時ということもあって美味しそうな匂いで溢れている。だからしょうがない、私のおなかが豪快に鳴っても。
「あ、はは……おなか、すいたなー」
恥ずかしさを誤魔化すように言うと、陸が揶揄うように笑った。
「本当よく食べるな、咲季は」
「う……」
「あはは、俺も咲季ちゃんの2倍は朝食食べたけど、もう腹ペコだ。何か食べよう。この町でおいしいのはー……」
トウヤさんは私の失態をあっさりと流して、彼おすすめのお店に向けて案内してくれた。実にスマートなジェントルマンだ。
その後ろを歩きながら、トウヤさんに聞こえないよう陸に話しかける。
「陸、わたしが食いしん坊みたいなこと言わないで」
「え?急にどうした?いつもそんなこと言わないだろ」
「……トウヤさんに食い意地が張ってるって思われたら恥ずかしいから」
「…………ばーか」
「いたっ」
べちん、と鈍い音と同時に額がじんじん傷んだ。
陸にデコピンされた額を大げさになでる。
そんな私たちの様子を見て、トウヤさんが微笑ましそうに目を細めていた。
「二人は本当に仲がいいんだな」
「幼馴染なんです。家が近所で」
「へえ。俺とケイも幼馴染なんだ。同じだな」
「……気に食わねえ」
トウヤさんとのんびり会話していたら、陸がぽつりと呟いた言葉が上手く聞き取れなかった。
「ごめん陸、もう一回言って」
「…なんでもない」
なんでもないと言いながらも陸はまた私にデコピンをしてきた。
「えっ!?なんで!?」
そうこう言い合っている内にトウヤさんが包みを3つお店の人から受け取り、ひとつずつ私たちに渡してくれた。
少し熱いそれを受け取り見つめていると、トウヤさんが先に包みを開いて中身を見せてくれた。
「これはラム肉のパイ包みだよ。そんなに大きくないから1個食べても他の物食べれると思う」
トウヤさんに倣って包みを開くと、パイ生地とラム肉のかぐわしい香りが鼻孔をくすぐる。
美味しそう。元から空腹だったおなかが、更に空腹を主張する。
サク、と音を立てながら食べると、バターが効いたパイ生地が口に広がる。その中から出てきたラム肉が舌の上で溶ける。
「んんー!!!」
なにこれ、美味しすぎる。何個でも食べられそう。毎食これがいい。
空腹だったのも相まって、ぱくぱくと夢中で食べ進める。
あっという間に食べきってしまい、無くなったことに寂しさを覚えていると、横から手が伸びてきた。
え、と思った時にはもう誰かの指先によって私の口元は拭われていた。
その先を見るとにこにこと微笑んでいるトウヤさん。
「~~~~~~っ」
春川咲季 17歳。今まで彼氏などいたことがない。
初恋は幼稚園の時の若い先生だった。私からプロポーズをして軽く躱された記憶がある。
その後も何度か恋をしたが、実ったことはなかった。
友達は、いつも一緒にいる陸と付き合えばいいんじゃないかと言ってくるけど、陸とは本当に物心ついた時くらいから一緒にいるので今更そんな風にはなれない。
それに、陸だって嫌がるに決まってる。好きな女の子にデコピンしたりするはずがない。
つまり、そんな恋愛の免疫のない女が素敵な男性に少女漫画的に口元を拭われたらどうなるのか。私の場合は固まってしまった。顔が一気に熱くなる。
「あ!の!咲季は子供じゃないので自分で拭けます!」
「え?ああ、ごめん。つい妹にやるみたいにやってしまった」
なんとか顔の熱が引いたころには陸がものすごい顔でトウヤさんを睨んでいた。
トウヤさんは申し訳なさそうに眉毛を下げている。
「え?え?どうしたの?」
突然の険悪な雰囲気に慌てると、陸が私の手首を掴んで歩き始めた。
「えっ、ちょっと陸?」
「なんでもない。ほら、行くぞ。」
「ごめん、俺が悪かったから。……っておい、どこに行くんだ?」
「二人で散策してくるのでトウヤさんはここにいてください」
「待て、俺を撒こうとするな。てか君たちお金持ってないから何も買えないだろ!」




